牛丼一杯にかける0.1秒の戦い 第2話:究極の、おたま
作者のかつをです。
第十七章の第2話をお届けします。
今回は、牛丼チェーンの強さの秘密の一つ「おたま」に焦点を当てました。
当たり前のように使われている道具の、その当たり前ではない進化の歴史を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
牛丼一杯の提供時間。
そのボトルネックとなっているのは、どこか。
開発チームが厨房の動きを分析した結果、すぐに一つの核心にたどり着いた。
それは、「肉を盛る」という工程だった。
店員は巨大な煮込み鍋からおたまで肉とタマネギをすくい上げる。
そして、丼に盛られたごはんの上へと移す。
この一見単純な動作の中に、いくつもの無駄と非効率が潜んでいた。
まず、すくう量。
並盛、大盛、特盛。
それぞれの規定の肉の量を、毎回正確にすくい分ける。
それは長年の経験と勘がものを言う、まさに職人技だった。
新人アルバイトには到底真似ができない。
量が多すぎれば店の損失となり、少なすぎれば客からのクレームとなる。
そして、汁の量。
「つゆだく」「つゆぬき」。
客の好みに合わせて、微妙な汁加減を調整しなければならない。
これもまた、熟練の技を要求された。
「この最も重要な盛り付けの工程を、標準化、マニュアル化することはできないだろうか」
チームは、まず道具そのものにメスを入れた。
「おたま」である。
彼らが開発したのは単なるおたま、ではなかった。
それは科学の粋を集めて作られた、究極の牛丼専用おたまだった。
まず、容量。
並盛用、大盛用、特盛用。
それぞれ一回すくうだけで、ほぼ規定量通りの肉がすくえるようにその大きさが緻密に計算されていた。
そして、その形状。
鍋の底の隅々まできれいに肉をすくい取れるように、先端の形が鍋のカーブに合わせて設計されている。
さらに、最大の発明はそのおたまの側面に無数に開けられた、小さな「穴」だった。
この穴こそが、革命だった。
鍋から肉をすくい上げ丼に移すまでのわずかな時間。
その間に余分な汁が、この穴から自然に滴り落ちるのだ。
これにより、誰がやってもごはんが汁でべちゃべちゃになることなく、常に最適な「汁加減」が実現できる。
「つゆだく」を注文された時は、鍋の中でおたまを少し傾けて汁を多めにすくえばいい。
それも、マニュアル化された簡単な動作だった。
たった一つのおたまの改良。
しかし、その効果は絶大だった。
これまで熟練の職人にしかできなかった神業のような盛り付け。
それがこの魔法のおたまを使うだけで、入ったばかりの新人アルバイトでもその日から完璧に再現できるようになったのだ。
味のばらつきは消え、提供スピードは格段に向上した。
それは、厨房のオートメーション戦争における最初の、しかし最も重要な勝利の一つだった。
小さな道具の革新が、巨大なチェーンの品質を根底から支える礎となった瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この穴あきおたまは吉野家が開発したものですが、そのあまりにも優れた機能性から後に多くの牛丼チェーンで同様のものが採用されることになります。まさに、業界標準を作り上げた発明でした。
さて、盛り付けの標準化には成功した。
しかし、彼らの0.1秒へのこだわりはまだ止まりませんでした。
次回、「秒速の、フォーメーション」。
厨房内の人間の「動き」そのものに、科学のメスが入ります。
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