黒の異端
「ほい。それじゃ頑張って来るんじゃぞ」
「はい、ありがとうございます」
タイタンを取り出しにキャリオスへと向かう背中を眺めながら受付の初老の老人は小さく息をついた。
「あいつは今年で5回目じゃったか、、、」
試験官歴40年。毎年受けに来る人もいるこの試験では、もはや顔馴染みとなっている人もそれなりにいる。
「はて、これで今年の近接部門は終わりかのう?」
700人近い試験生の列を捌き終え、フィールドの見える位置に移動しようと腰を浮かす。
「そういや一人来なかった奴がいたっけのう」
とその時目の前に小さな影が現れた。
「はぁ、はぁ、すいません!621番なんですが、、、!」
「おぉ!これで全員じゃ!試験用紙を見せてみぃ──タイタンは自分のを使うんじゃな、ではあそこのキャリオスから持っていけ。そしてあそこの列に並ぶんじゃ。それで....」
「わかりました!ありがとうございます!」
大きく頭を下げたその少年は次の瞬間にはキャリオス置き場に向かって駆け出していた。
「なんと、、、試験内容も聞かずに行きおった。あの顔から見るにこの試験は初めてじゃのにのう」
そうぼやきながら老人は毎年と同じ、近接部門のフィールドが見える位置まで席を移した。
近接部門の試験内容は至ってシンプル。武装は貸出の訓練用剣のみ。学園でも選りすぐりの教官と立ち合うというものだ。無論教官に勝つ者などおらず、タイタンの動きや戦い方を第二者、第三者が見て成績を出す。
「今年の相手役はフィリップじゃったか。あいつ、いつもやりすぎなんじゃよ」
フィールドを見ると、ついさっき上がった試験生が頭部に一撃を叩き込まれ、試験終了を告げられていた。
「だからいつも近接だけ終わるのが早いんじゃ」
老人はフィールドから待機列へと目を移した。近接部門はその試験内容からか、学園貸出の標準近接機体─ヴァルカンに乗っている試験生が多い。
そもそも試験生側がヴァルカンなのに対し、試験官側が王国軍最新のグラディウスに乗っている。ハナから試験生が負ける前提なのだ。
「む?あれは....」
その中の一機に目が止まった。 の灰色の中で一際目立つ─漆黒。しかもそのタイタンは列の最後尾に並んでいる。
「あの小童なのか、、、?」
フィールドでは変わり映えのない景色が流れ、いよいよ残すところあと一機となった。
フィールド上に黒いタイタンが上がった。そこに置かれた訓練用剣を手に取った瞬間、老人の背筋がヒュッと冷たくなった。
「なんじゃ....?」
双方剣を構え、試合開始を待つ─いや、グラディウスの方は構える気すらない。身振りで「かかってこいよ。最後だしちょっと遊んでやる」と言っているようだ。
「それでは621番、試験開始!」
掛け声と共に両タイタンが激突─否、誰も動かなかった。さらにあろうことか、グラディウスが剣をフィールド外に投げ捨てた。
「おいおい、煽りすぎじゃ」
いくら試験生相手とはいえ、剣に素手で挑むのは圧倒的な実力差を自負していることの意思表明である。
しかし──
「なんじゃと!?」
今度は黒いタイタンがゆっくりと剣を足元に置いたのだ。まるで投げるのは危ないと諌めるかのように。
次の瞬間。グラディウスが黒いタイタンに向かって突撃した。拳が頭に直撃する─と思った途端、ユラリと黒いタイタンが横にずれ、拳が宙を切った。振り向きざまに連続パンチするが、ことごとくかわされる。しまいにはどっちがどっちの試験をしているのかわからなくなるほどだった。
ついに黒いタイタンが動いた。怒りで動きが乱れたパンチを避けた後、背後に回って軽く足払い。体制が崩れたグラディウスを両手で抱えてフィールドの外へと投げ飛ばした。そのまま地面に叩きつけらる──直前に、フィールド中央にいたはずの黒いタイタンが真横に現れた。ふわりとグラディウスを受け止め、すっとフィールド外の地面に降ろす。
「なんと、、、!」
静寂がしばし続いただろうか。審議役の試験官の「しっ、、試験、終了!!」の声で老人はやっと我に返った。
突如、周りから大きな歓声が上がった。振り返ると、周囲の人がみんな近接部門のフィールドを見ていたのだ。当の黒いタイタンはさっさとフィールドから降りていったが。
「、、、長生きしてりゃいいことあるモンじゃな。面白いのを見せてもらったわい」
老人はゆっくりと立ち上がり、まだ熱の冷めない群衆の輪からそっと離れた。
みなさま良いお年を〜




