第6話 これは報告書、断じて賄賂ではない
数十分後。
ちゃぶ台の上には、私たちの共同作業の結晶が、完成品として鎮座していた。
最高級の漆塗りの二段重。
一段目には、ひまり作の豪華絢爛なおかずがぎっしりと詰められている。金箔の乗った卵豆腐、ゴーヤチャンプルー(徒労感)、そして私のツッコミから生まれたという鶏の照り焼き(苦悩)。彩りも完璧だ。
そして二段目。そこには、夏帆が描いた九頭龍と戦う私の勇姿(という名の落書き)と、澪が召喚した邪神の設計図(という名の冒涜的図形)が、なぜかラミネート加工されて仕切り代わりに使われていた。
これが、私たちの『活動報告書』。……誰がどう見ても、ただの豪華な賄賂弁当だ。
「できたーっ!」
「完璧だな。我々の活動内容と誠意が、余すところなく表現されている」
「ええ、我ながら会心の出来ですわ」
三人は、満足げに腕を組んでうんうんと頷いている。
私は、その光景を死んだ魚のような目で見つめていた。そして、三人分のキラキラした期待の視線が、一斉に私に突き刺さる。
「じゃあ円! これ、冴島先生に届けてきてよ!」
「そうね! 部長代理の円が行くのが一番だって!」
「小日向さん。代表者が報告を行うのが、組織として最も合理的だ」
……やっぱり、そうなる。
私が、この悪夢の塊を、職員室まで運ぶのか。
「い、嫌よ! 絶対に嫌! こんなの持って行ったら、ふざけてるって怒られるに決まってるじゃない!」
私が全力で首を横に振った、その時だった。
「あら、忘れていましたわ」
ひまりはそう言うと、おもむろに保冷バッグから何かを取り出した。
それは、つるりとした表面に、完璧なカラメルソースがかかった、固めのカスタードプリンだった。
「仕上げに、先生がお好きだという『固めのカスタードプリン』も、もちろんご用意しておりますわ。昨日いただいたお礼も兼ねて、ですの」
ひまりは、その完璧なプリンを、お弁当のど真ん中、鶏の照り焼きの隣に、そっとはめ込んだ。
その瞬間、弁当箱全体の雰囲気が変わった。
カオスなだけだったお弁当に、一点の、絶対的な「正解」が加わったような。邪神と美少女と鶏肉がひしめく中で、プリンだけが圧倒的な説得力を放っている。
冴島先生の、プリンを食べた時の、あの満足げな顔が脳裏をよぎる。
普通の報告書なら、面倒くさそうに受け取られるだけ。
でも、この報告書(という名の賄賂)なら……? この完璧なプリンがあれば、あるいは……?
「……小日向さん、顔色が」
「円ちゃん? なんだか、すごく複雑な顔をしてますわよ?」
三人の声が、やけに遠くに聞こえる。
私は、ゆっくりと立ち上がると、その重箱を、両手で恭しく持ち上げた。ずしり、と重い。それは、食材の重さだけではない。私の尊厳と、この部の未来の重さだ。
「……行って、くるわ」
振り返らず、決意の言葉を口にする。
背後で「「「おおー!」」」という歓声が上がった気がした。
私は、一体、何なんだろう。
このダンジョン探索部の、書記? ツッコミ担当? それとも、ただの……。
(ただの、プリンの運び屋じゃない……)
職員室へと続く廊下を、私は歩く。
腕の中の『活動報告書』から漂う、甘くて香ばしい匂いに、自分の胃が小さく、くぅ、と鳴った。