表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/60

第6話 これは報告書、断じて賄賂ではない

 数十分後。

 ちゃぶ台の上には、私たちの共同作業の結晶が、完成品として鎮座していた。


 最高級の漆塗りの二段重。

 一段目には、ひまり作の豪華絢爛なおかずがぎっしりと詰められている。金箔の乗った卵豆腐ゴールデンスライム、ゴーヤチャンプルー(徒労感)、そして私のツッコミから生まれたという鶏の照り焼き(苦悩)。彩りも完璧だ。

 そして二段目。そこには、夏帆が描いた九頭龍と戦う私の勇姿(という名の落書き)と、澪が召喚した邪神の設計図(という名の冒涜的図形)が、なぜかラミネート加工されて仕切り代わりに使われていた。


 これが、私たちの『活動報告書』。……誰がどう見ても、ただの豪華な賄賂弁当だ。


「できたーっ!」

「完璧だな。我々の活動内容と誠意が、余すところなく表現されている」

「ええ、我ながら会心の出来ですわ」


 三人は、満足げに腕を組んでうんうんと頷いている。

 私は、その光景を死んだ魚のような目で見つめていた。そして、三人分のキラキラした期待の視線が、一斉に私に突き刺さる。


「じゃあ円! これ、冴島先生に届けてきてよ!」

「そうね! 部長代理の円が行くのが一番だって!」

「小日向さん。代表者が報告を行うのが、組織として最も合理的だ」


 ……やっぱり、そうなる。

 私が、この悪夢の塊を、職員室まで運ぶのか。


「い、嫌よ! 絶対に嫌! こんなの持って行ったら、ふざけてるって怒られるに決まってるじゃない!」


 私が全力で首を横に振った、その時だった。

「あら、忘れていましたわ」


 ひまりはそう言うと、おもむろに保冷バッグから何かを取り出した。

 それは、つるりとした表面に、完璧なカラメルソースがかかった、固めのカスタードプリンだった。


「仕上げに、先生がお好きだという『固めのカスタードプリン』も、もちろんご用意しておりますわ。昨日いただいたお礼も兼ねて、ですの」


 ひまりは、その完璧なプリンを、お弁当のど真ん中、鶏の照り焼きの隣に、そっとはめ込んだ。

 その瞬間、弁当箱全体の雰囲気が変わった。

 カオスなだけだったお弁当に、一点の、絶対的な「正解」が加わったような。邪神と美少女と鶏肉がひしめく中で、プリンだけが圧倒的な説得力を放っている。


 冴島先生の、プリンを食べた時の、あの満足げな顔が脳裏をよぎる。

 普通の報告書なら、面倒くさそうに受け取られるだけ。

 でも、この報告書(という名の賄賂)なら……? この完璧なプリンがあれば、あるいは……?


「……小日向さん、顔色が」

「円ちゃん? なんだか、すごく複雑な顔をしてますわよ?」


 三人の声が、やけに遠くに聞こえる。

 私は、ゆっくりと立ち上がると、その重箱を、両手で恭しく持ち上げた。ずしり、と重い。それは、食材の重さだけではない。私の尊厳と、この部の未来の重さだ。


「……行って、くるわ」


 振り返らず、決意の言葉を口にする。

 背後で「「「おおー!」」」という歓声が上がった気がした。


 私は、一体、何なんだろう。

 このダンジョン探索部の、書記? ツッコミ担当? それとも、ただの……。


(ただの、プリンの運び屋じゃない……)


 職員室へと続く廊下を、私は歩く。

 腕の中の『活動報告書』から漂う、甘くて香ばしい匂いに、自分の胃が小さく、くぅ、と鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ