表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/60

第54話 海底のテリーヌと、三分の奇跡

 遠征初日。

 時刻は朝。

 場所は第四層の洞窟の入口。


 私たちは、再び、あの『潮騒の洞窟』の、奥深く、静寂に包まれた、地底湖の前に、立っていた。

 私たちの、あまりにも、壮大で、無謀な、遠征の第一歩。


「目標地点は、あの、水底の、さらに奥。光の届かない、海底洞窟だ」

 澪が、潮だまりの、向こう側を、指差した。そこには、暗く、不気味な、横穴が、口を開けている。

「ここからは、潜水装備が、必要になる」

「む、無理よ! 私、泳げないって、言ってるじゃない!」

「問題ない」


 澪は、自信満々に、小さな、カラフルな、包み紙を取り出した。

「この、『超小型、えら呼吸誘発キャンディー』がある。これを、舐めれば、三十分間、水中で、皮膚呼吸が、可能になる。古代、人類が、持っていた、魚類の、遺伝子情報が、一時的に、覚醒するのだ」

「どんな、無茶苦茶な、理論よ……」


「すげー! 人魚になれるの!?」

 夏帆は、目を輝かせ、レモンソーダ味の、キャンディーを、口に放り込んだ。

「まあ、わたくしは、ピーチ味をいただきますわ」

 ひまりも、続く。

 私は、半信半疑、というより、九割九分、疑いの目で、その、怪しげな、キャンディーを、口に入れた。舌の上で、甘酸っぱい、ブドウの味が、広がった。


 そして、私たちは、水の中へと、飛び込んだ。

 不思議なことに、息が、苦しくない。

 私たちは、魚のように、水中を、進んでいく。

 暗い、横穴を、抜けた、その先。

 そこは、言葉を失うほど、美しい、光の、世界だった。


 洞窟の、壁、一面に、青白い、『光苔』が、びっしりと、自生しているのだ。

 その、苔が、放つ、淡い光が、水中を、照らし、洞窟全体が、まるで、星空の、ど真ん中に、いるかのような、幻想的な、空間を、作り出していた。


(きれい……)


 私が、その、美しさに、넋を失っていた、その時だった。

 急に、胸が、苦しくなった。

 酸素が、足りない。息が、できない。

 見ると、私の肌から、ぶくぶく、と、泡が、出ていた。澪の、キャンディーの、効果が、切れたのだ!


(うそ……! まだ、三分も、経ってないのに……!)

 パニックに陥り、手足を、もがく、私。

 その、私の、手を、ひまりが、そっと、掴んだ。

 そして、彼女は、洞窟の壁に生えている、『光苔』を、指差した。そして、それを、食べるような、ジェスチャーをした。


(これを、食べる……!?)


 私は、もう、藁にも、すがる思いで、その、光る苔を、むしり取り、口の中へと、放り込んだ。

 口の中に、ミントのような、爽やかな、清涼感が、広がる。

 そして、次の瞬間、すうっ、と、息が、できるようになったのだ。

 どうやら、この苔自体に、水中で、酸素を、生み出す、成分が、含まれているらしい。


 私たちは、大急ぎで、光苔を、防水袋に、詰め込むと、全速力で、元の、潮だまりへと、浮上した。


「はあっ、はあっ……! ぷはっ!」

 水面から、顔を出し、私は、必死で、酸素を、求めた。


「(あの、キャンディー、全然、意味なかったじゃない!)」

「(ていうか、効果時間、三分も、なかったわよ! 普通に、死ぬところだったんですけど!?)」


 私の、ツッコミは、しかし、荒い、呼吸の、音に、かき消された。

 澪は、その隣で、「……ふむ。被験者の、代謝率の、個体差を、考慮に、入れていなかった。今後の、大きな、課題だ」と、真剣な顔で、反省していた。

 反省するなら、もっと、まともな、ものを、開発してほしい。

 心から、そう、思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ