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第5話 ツッコミは鶏肉の味

 私の渾身のツッコミは、しかし、誰の心にも届かなかった。

 いや、届いてはいたのかもしれない。ただ、その受け取り方が、致命的にズレているだけで。


「すっごい迫力! 円、今のツッコミ、あたしの漫画の決めゴマに使っていい!?」


 夏帆は目をキラキラさせながら、スケッチブックに何やら描き殴っている。どうせまた、私が九頭龍を召喚しているような絵に決まっている。


「合理的だ」


 澪は私の喉元に、アンテナの付いた奇妙な機械を向けながら、真剣な顔で分析を続けていた。

「小日向さんの声帯から発せられる音波エネルギーは、瞬間的に乾電池二本分に相当する。これを蓄積できれば、私のガジェットの予備電源として活用できる。小日向さん、もう一度頼む」

「頼まれてたまるもんですか! ていうか、私をなんだと思ってるのよ!」

「素晴らしい素材だ」

「だから素材じゃない!」


 もはや、会話が成り立たない。私がぐったりと肩を落としたその時、ふわりと甘辛い、食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。


「まあ、円ちゃん。そんなに大声を出しては、お腹が空いてしまいますわ」


 いつの間にか、ひまりが部室の隅にある簡易キッチン(という名の、カセットコンロと調理器具一式)で、小さなフライパンを振っていた。


「喉に良いとされる蜂蜜と生姜をたっぷり使った、特製の鶏肉の照り焼きですの。私たちの『活動報告弁当』で、円ちゃんが担当する『苦悩とツッコミ』のパートへの、ささやかな労いの気持ちですわ」

「……え?」


 労い? 苦悩とツッコミのパート?

 ひまりはにっこりと、完璧な淑女の笑みで続けた。


「夏帆ちゃんの漫画、澪ちゃんの邪神召喚、そして私の作ったお弁当。それらすべてに対する円ちゃんの的確なツッコミがあってこそ、私たちの活動報告は完成するのです。あなたの苦悩は、この物語に不可欠な、最高のスパイスですわ」


 ……スパイス。

 私の、この胃の痛みと、心の叫びが、スパイス……?


 ひまりは出来立ての照り焼きを、用意していた重箱の一角にそっと詰めた。金色の照りを放つ鶏肉が、なんとも美味しそうだ。

 夏帆は「うおー! 円のツッコミが鶏肉になったー!」と喜び、澪は「なるほど。タンパク質による声帯の補強は理に適っている」と一人で納得している。


 三者三様の、完璧なまでの善意と、完璧なまでの狂気。

 その中心で、私は、もう、何も言えなかった。

 ツッコむ気力すら、残っていない。


(もう知らない……)


 ちゃぶ台に突っ伏した私の視界の隅で、三人が「報告書」の完成に向けて、楽しそうに作業を進めている。

 その光景は、どこか遠い世界の出来事のようだった。


(私のツッコミは……鶏肉になった……)


 胃袋だけが、ひまりの作った照り焼きの匂いに、くぅ、と小さく、そして正直な音を立てていた。

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