第41話 最初の店は、ライバル(?)店
「よし! 一番、強そうな、灼熱砂漠のサラマンダーから、片付けようぜ!」
「いや、効率を考えれば、三つのミッションの移動距離と、食材の保存性を総合的に評価し、最適なルートを算出する必要がある。まず、私が三次元マッピングデータを……」
「お祭りだ! 順番なんて、どうでもいいよ!」
部室では、早くも、次の冒険の順番を巡って、カオスな議論が始まっていた。
その、三者三様の主張を、ひまりの、鈴が鳴るような、静かな一言が、制した。
「皆様。まず、私たちの、大切なお友達に、ご挨拶に伺うのが、筋というものではないでしょうか」
「「「あ」」」
三人の声が、綺麗にハモった。
私たちの、大切なお友達。万年氷の洞窟で、芸術に目覚めた、あの、不器用なイエティさんのことだ。
「イエティさんに、マーケットのお話をすれば、きっと、喜んで、かき氷のための氷を、分けてくださいますわ。まずは、一番、心温まるミッションから、始めましょう」
ひまりの、あまりにも、優しくて、まっとうな提案に、誰も、異論を唱える者はいなかった。
こうして、私たちの、廃部回避をかけた、地獄の食材調達ツアーの、最初の目的地は、万年氷の洞窟に、決定した。
翌日。
私たちは、再び、美浜神社の裏山を、登っていた。
一度、来た道だ。足取りも、心なしか軽い。
(まあ、イエティさんに会いに行くだけなら……。この前の、夜の学校よりは、ずっと、ずっと、マシよね……)
私の心は、ここ最近では、珍しいくらいに、穏やかだった。
やがて、見慣れた、洞窟の入り口が見えてくる。入り口を飾る、美しい霜の結晶も、そのままだ。
だが、その、入り口の脇に、以前はなかった、一枚の、木の板が立てかけられていることに、私たちは、気がついた。
板には、クレヨンで描いたような、拙い、しかし、味のある絵と、文字が書かれている。
夏帆が、その文字を、ゆっくりと、読み上げた。
「『イエティの、ひんやり、おかしやさん。みんな、どうぞ』……?」
「……え?」
私たちは、顔を見合わせる。
そして、恐る恐る、洞窟の中を、覗き込んだ。
そこには、信じがたい光景が、広がっていた。
洞窟の中は、以前よりも、さらに、芸術的な空間へと、変貌を遂げていたのだ。
巨大な氷のパフェ。タワーのようにそびえ立つ、氷のウェディングケーキ。キラキラと輝く、氷のフルーツタルト。
様々な、氷のスイーツ彫刻が、洞窟の至る所に、展示されている。
そして、その中央で。
私たちの友人である、イエティが、紙で作った、歪なコック帽を被り、小さな氷スライムに、ペロペロキャンディーの形をした氷を、「ほらよ」とでも言うように、手渡していた。
スライムは、嬉しそうに、それを受け取って、ぷるぷると震えている。
「まあ、素晴らしい……!」
ひまりが、感極まったように、声を上げた。
「自分の作品で、誰かを喜ばせたいという、芸術家の魂が、完全に、開花したのですね!」
その、あまりにも、ハートフルで、そして、平和な光景。
私は、ただ、呆然と、立ち尽くしていた。
(お、お店……!? いつの間に、開店してたの……!?)
(ていうか、それってつまり、私たち、これから、同じマーケットに出店するかもしれない、同業者に、材料の仕入れをお願いしに行くってこと……!?)
あまりにも、シュールな状況に、私の脳の、キャパシティーは、完全に、ショート寸前だった。
イエティは、私たちの存在に気づくと、人の良さそうな笑顔で、「ガウ!(いらっしゃい!)」と、手を振った。
その笑顔が、今は、ひどく、眩しかった。




