第4話 報告書は甘くない、プリン以外は
冴島先生が去った後の部室には、気まずい沈黙と、食べ終えたプリンの空き容器だけが残されていた。そして、私たちの目の前には、諸悪の根源である一枚の紙切れ――『部活動報告書』。
「はあ……面倒くさいけど、さっさと書いちゃおうか」
私がそう切り出すと、それまでプリンの余韻に浸っていた夏帆が、げんなりとした顔で叫んだ。
「ええーっ! ただ文章を書くだけなんて、全然面白くないじゃん!」
「面白さで書類を書くんじゃないのよ! これは義務!」
「だったら、義務を面白くすればいいんだよ!」
夏帆はバン! とちゃぶ台を叩き、名案とばかりに胸を張った。
「そうだ! 今回の私たちの冒険を、漫画にして報告しようよ! ゴールデンスライムを見つけた時の、あたしの勇姿とか描いてさ!」
「勇姿なんてなかったでしょ……。それに、あんたの絵じゃ、スライムとプリンの区別もつかないわよ」
私の冷静な指摘に、夏帆が「むきー!」と頬を膨らませる。その横で、澪が静かに頷いた。
「高城の提案は、一考の価値がある」
「澪まで!?」
「テキストのみの報告書は、情報伝達効率が著しく低い。ビジュアル情報を付加することで、我々の活動の正当性と革新性を、冴島先生や生徒会に対してより強くアピールできる。合理的だ」
澪はそう言うと、白衣のポケットから万年筆のような、しかし妙にゴツゴ-ツした機械的なペンを取り出した。
「これは私が開発した『全自動マンガ化ペン』。被写体をスキャンし、その行動や感情を自動で劇画タッチのコマに変換する、画期的な発明だ」
「また胡散臭いものを……」
「例えば、だ」
澪は報告書の隅にある、ただの丸いロゴマークにペン先を向けた。
「この無機質な円を、感動的なシーンに変換してみせる」
カチリ、と澪がペンのスイッチを押す。すると、ペン先から紫色の光がほとばしり、紙の上に凄まじい勢いでインクが走った!
描かれたのは――魔法陣の中心で、おぞましい触手を持つ何かが雄叫びを上げている、絶望的な光景だった。
「なんでそうなるの!? ただの丸からなんで邪神が召喚されてるのよ! 報告書が冒涜的な儀式の証拠になっちゃうでしょ!」
「……ふむ。バグか。邪神召喚モードがデフォルトになっていたらしい」
悪びれもせずにペンを調整し始める澪。その隣で、ひまりが「まあ」と感心したように、邪神の絵を眺めていた。
「この邪神様、イカスミを彷彿とさせる、深みのある黒ですわね。きっとパエリアにしたら絶品ですわ」
「だからなんで食材にするのよ! 邪神は食べ物じゃないの!」
私のツッコミが、もはや追い付かない。
ひまりは邪神から視線を外し、今度は真っ白な報告書の用紙そのものに、慈しむような眼差しを向けた。
「皆様。そもそも、報告書は『紙』でなければならない、という決まりはありますの?」
「え? まあ、普通はそうでしょうけど……」
「でしたら、今回の私たちの活動を、お弁当で表現するのはいかがでしょう?」
「……お弁当?」
ひまりは、にこやかな笑顔のまま、とんでもないことを言い出した。
「はい、『活動報告弁当』ですわ。ゴールデンスライムとの遭遇は、この金箔を乗せた卵豆腐で。私たちの味わった徒労感は、このゴーヤチャンプルーのほろ苦さで表現します。そして、冴島先生への感謝は、先生の好物である甘い卵焼きで……」
言うが早いか、ひまりはどこからともなく重箱を取り出し、次々と持参した食材を並べ始める。その手際の良さは、もはや芸術の域だ。
漫画にするだの、邪神を召喚するだの、挙句の果てにお弁当で報告するだの……。
もう、私の理性は限界だった。
「報告書は漫画でもお弁当でもないのっ! 普通に! 文章で! 書けば五分で終わることでしょおおおっ!」
旧校舎の静かな廊下に、私の魂の叫びが木霊した。
もちろん、目の前の三人がその声に耳を貸すことは、まったくなかった。