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第3話 プリンは固め、顧問は面倒くさがり

「……というわけで、これが今回の成果です」


 部室のちゃぶ台に、四つのプラスチックカップが並ぶ。

 中身は、もちろん喫茶店「シーラカンス」の自家製カスタードプリン。ゴールデンスライム発見の報酬として、きっちり四人分もらってきたのだ。


「うおおー! やっぱシーラカンスのプリンは最高だな!」


 夏帆がスプーンで豪快にプリンを頬張る。その横で、ひまりも「濃厚なカスタードと、ほろ苦いカラメルソースのコントラスト……完璧ですわ」とうっとりしている。まあ、結果的に美味しいものが手に入ったのだから、良しとすべきなのだろう。私だって、このプリンは大好きだ。


「しかし、解せないな」


 一人、腕を組んで納得がいかない顔をしているのは澪だ。

「私の計算では、ゴールデンスライムのゲルから直接プリンを生成する方が、引換券を介するよりも工程を三十二パーセントも短縮できるはずだった。公社のシステムは非合理的だ」

「その計算の前提が全部間違ってたって、いい加減気づきなさいよ……」


 私が呆れてツッコミを入れた、その時だった。

 部室の障子戸が、今度は静かにスッと開いた。そこに立っていたのは、白衣を着た、気だるそうな表情の女性。私たちの顧問である、冴島京子さえじまきょうこ先生だった。


「ん、お前らか。なんか美味そうな匂いがすると思ったら」


 冴島先生は、眠そうな目をこすりながら部屋に入ってくると、ちゃぶ台の上のプリンを一瞥した。


「なんだ、シーラカンスのプリンか。相変わらず固めで美味そうだな。一つもらってくぞ」

「あ、ちょっと先生! これは私たちの……!」


 私の制止も聞かず、先生はひょいとプリンを一つ手に取ると、自分の席である窓際の座椅子にどっかりと腰を下ろした。そして、備え付けのスプーンで一口。


「……ん、美味い。やはりプリンは固め派に限る」


 満足げに頷く先生に、私たちは何も言えない。この部の設立を許可してくれた恩人(?)ではあるが、基本的には省エネとスイーツのことしか頭にない人なのだ。


「で、お前ら。また何か面倒ごとをやらかしたのか?」

「やらかしてません! これは正当なダンジョン探索の報酬です!」


 夏帆が胸を張って答える。

「第一階層に出たゴールデンスライムを発見して、公社から表彰されたんですよ!」

「へえ、ゴールデンスライム。あれ、ただのイベントモンスターだろ」


 先生は、プリンを食べながらあっさりと言い放った。


「毎年この時期になると出てくる、ただの客寄せパンダだ。昔はゼリービーンズ味だったとか、ソーダ味だったとか、色々噂はあったがな。まあ、食えたもんじゃないってのが結論だ」

「そ、そうなんですか……」


 澪が「データにない情報だ……」と静かに衝撃を受けている。ひまりは「では、ウニではなかったのですね……」と少し残念そうだ。


「まあ、何味だろうと面倒くさいことには変わりない。それより、お前ら。来週の部活動報告書、ちゃんと出しとけよ。あれがないと、私が職員会議で面倒くさいことになる」


 先生はそう言うと、プリンを綺麗に平らげ、空のカップをちゃぶ台にコトリと置いた。


「ごちそうさん。じゃ、私は職員室に戻る。あとは好きにしろ」


 嵐のように現れ、プリンだけを的確に奪い、面倒な仕事だけを置いて去っていく。その背中は、実に清々しいほどだった。


 残された私たちは、一つだけ空いたちゃぶ台のスペースと、顧問の置き土産である「部活動報告書」という面倒な現実を、ただ黙って見つめるしかなかった。


(結局、一番面倒くさいのは、いつも大人が持ってくるんだから……)


 私は、残った自分の分のプリンを一口食べた。

 ほろ苦いカラメルの味が、今日の胃痛と、そしてこれからの面倒な未来を、少しだけ癒してくれるような気がした。

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