第23話 怪物は涙味、キャンディーを添えて
ひまりに続いて、私たちも、恐る恐る『万年氷の洞窟』へと足を踏み入れた。
中は、想像していたような、ただの暗い洞窟ではなかった。壁も、床も、天井も、全てが分厚い氷で覆われていて、入り口から差し込む光を乱反射させ、洞窟全体が、まるでクリスタルの宮殿のようにキラキラと輝いていた。
「うわー……! きれい……!」
夏帆が、思わず感嘆の声を上げる。
ひんやりと澄んだ空気の中を、私たちは奥へと進んでいく。すると、洞窟の少し開けた場所で、青く透き通ったゼリーのような塊が、いくつも集まって、ぷるぷると震えているのを見つけた。
「ひえひえ氷スライムだ!」
「可哀想に……。すっかり怯えちゃってるじゃない。やっぱり、悪いモンスターがいるんだ!」
夏帆が、スライムたちを庇うように、ぐっと身構える。
澪が、手にした探知機に目を落とした。
「……強いストレス反応を検知。だが、これは氷スライムたちのものだ。例のモンスターのフェロモンは、このさらに奥から……。妙だな、データに表示されているのは、恐怖ではなく、『強い羞恥心と自己嫌悪』の反応だ」
「どういうことよ、それ……」
羞恥心と、自己嫌悪?
私たちが首を傾げながら、さらに奥へと進むと、どこからか、しくしく、と小さな泣き声のようなものが聞こえてきた。
氷の通路を曲がった先。
そこに、その『変なモンスター』はいた。
二メートルほどの背丈だろうか。全身が、真っ白でふわふわな体毛に覆われている。雪男、イエティ、というやつだろうか。
だが、その姿に、威圧感は全くない。むしろ、大きな体をしょんぼりと丸め、壁に向かってうずくまっているその後ろ姿は、ひどく、みすぼらしい。
そして、その周りには、何かの氷像の残骸らしきものが、いくつも転がっていた。どれも、歪で、不格好で、お世辞にも上手いとは言えない。
イエティは、目の前の氷の壁を、その大きな爪で、カリ、カリ、と引っ掻いている。どうやら、新しい彫刻をしようとしているらしい。しかし、上手くいかないのか、やがて、くぅん、と悲しそうな声を上げて、またうずくまってしまった。
……そういうことか。
このイエティは、別に氷スライムを襲っていたわけじゃない。
ただ、不器用な芸術家が、スランプに陥って、一人でいじけていただけなのだ。その巨体と、創作活動中の奇妙な物音が、スライムたちを勝手に怖がらせていただけなのだ。
私たちが呆気に取られていると、イエティがこちらの存在に気づいた。そして、びくっと体を震わせると、私たちを威嚇するためか、両手を広げ、精一杯、声を張り上げた。
「ガオ……」
……なんというか、すごく、迫力のない鳴き声だった。
そんなイエティに、ひまりは、一歩、歩み寄った。その手には、例のお菓子の小箱が握られている。
「まあ、あなたが、この洞窟の主ですのね。入り口の霜の飾り……あれは、あなたがお作りになったのでしょう? 素晴らしい芸術的才能ですわ」
ひまりが、優しい声で語りかける。
イエティは、突然褒められたことに戸惑い、おろおろと視線を彷徨わせた。
「お近づきの印に、どうぞ。わたくしの手作りですの」
ひまりが箱を差し出すと、イエティは、おずおずと、その大きな毛むくじゃらの手で、宝石のようなキャンディーを一つ、つまみ上げた。そして、それを、ぽい、と口の中に放り込む。
(え……? 悩み、芸術なの……?)
(ただの不器用なだけじゃなくて……? ていうか、普通に懐柔されてるし!)
(私たちの冒険、毎回こんな感じでいいの!?)
私の心の叫びは、もちろん、誰にも届かない。
イエティは、口の中の甘さに驚いたのか、大きな瞳をまん丸にして、ひまりのことと、キャンディーの箱を、交互に見つめていた。
その姿は、もう、ただの大きな子供にしか見えなかった。