第19話 最強の切り札は、お嬢様の腕力
「食べるって、このガラスの破片とかを!? 無理無理! 証拠隠滅より先に、私たちが警察のお世話になるわ!」
ひまりの恐ろしい提案に、私は全力で反論する。
「まあまあ、円。とりあえず、目的のココナッツはゲットしたんだし、早く帰ろうよ! バレる前に!」
「バレる前って……。夏帆は、自分がダンジョンの備品を破壊したって自覚あるの!?」
「澪の冷凍弾のせいだし!」
「む……。私の計算ミスだが、発端は小日向さんのステルス失敗にある」
「私のせい!?」
責任のなすりつけ合いが始まったその時だった。
私たちが逃げ出そうとしていた洞窟の入り口が、ゴゴゴ……という音と共に、崩れ落ちたのだ。爆発の衝撃で、入り口付近の天井が脆くなっていたらしい。熱を持ったガラス質の岩が、私たちの退路を完全に塞いでしまった。
シーン……。
「ほら、言わんこっちゃない! 天罰よ! 私たち、ここに閉じ込められちゃったんだわ!」
私は、その場にへたり込んで絶望に打ちひしがれる。
夏帆が塞がった岩に駆け寄り、「うおおお!」と力一杯押してみるが、当然、びくともしない。澪は「岩の総重量と体積から、突破に必要なエネルギー量を計算している。……成人男性百人分に相当する。我々には不可能だ」と、早々に絶望的な結論を弾き出した。
もう、おしまいだ。私たちは、灼熱の洞窟で、ココナッツを抱いたまま、ミイラになるんだ……。
「……仕方ありませんわね」
その時、静かな、しかし、どこか決意を秘めた声が響いた。
ひまりだった。
彼女は、大事そうに抱えていた『常夏ココナッツ』を、そっと私の膝の上に置いた。
「美味しいカレーのためですもの。少々、腕力に訴えるのも、やむを得ませんわ」
「え、ひまりちゃん……?」
ひまりは、ふわりとスカートの裾を翻し、崩れた岩の前に立つ。そして、にっこりと、いつものお嬢様の笑みを浮かべた。
次の瞬間。
彼女は、最も大きな岩に、そっと両手を添えた。何の力みも見られない、優雅な所作だ。
「よっ、と」
ひまりが、可愛らしい掛け声と共に、その岩を、持ち上げた。
軽々と。まるで、発泡スチロールの塊でも持ち上げるかのように。
そして、そのまま、ぽいっ、と、洞窟の隅へと投げ捨てた。ゴトン、と大地を揺るがす重い音が響く。
私と、夏帆と、澪は、声も出せずに、ただ、その光景をあんぐりと口を開けて見つめていた。
ひまりは、そんな私たちに気づく様子もなく、「せーの」「よいしょっと」などと呟きながら、次々と巨大な岩を片付けていく。数分後には、私たちの目の前に、人が通れるだけの道が、再び開かれていた。
汗一つかいていない涼しい顔で、ひまりはこちらを振り返る。そして、私の膝からココナッツを受け取ると、スカートについた砂を、パンパン、と優雅に払った。
「さあ、皆様。帰りましょう。最高のカレーが、私たちを待っていますわ」
その完璧な笑顔を前にして、私たちは、誰一人、言葉を発することができなかった。
ただ、無言で、最強(最恐)のお嬢様の後ろを、トボトボとついていくだけだった。
(ひまりちゃんが……)
(この中で、一番、ヤバい人なのかもしれない……)
私の背筋を、灼熱の洞窟の中だというのに、ぞくり、と冷たいものが走っていった。