第18話 氷と炎のココナッツカレー(予定)
ゴアアアアアアアアッッ!!
サンドモグラの咆哮が、至近距離で私の鼓膜を揺るがす。目の前の巨大な顎が開かれ、鋭い牙が並んでいるのが見える。もうダメだ。私、モグラの夕食になっちゃうんだ……。
私が、人生の走馬灯を見始めた、その時だった。
「円、伏せてーっ!」
洞窟の入り口から、夏帆の叫び声が響いた。
次の瞬間、ビュン、と風を切る音と共に、石ころがサンドモグラの眉間に命中した。大したダメージはないだろうが、その注意を引くには十分だった。
サンドモグラの怒りの視線が、私から入り口の夏帆へと移る。その隙に、私は必死で手足を動かし、木の根元から転がるように離れた。
「今だ、高城! 援護を!」
澪の声と共に、入り口で何かが青白い光を放った。
「高熱源体には、急激な冷却による熱衝撃が有効なはずだ! いけっ、『瞬間冷凍弾』!」
澪が投げ込んだ手のひらサイズのカプセルが、放物線を描いて飛んでくる。
しかし、その軌道は、明らかにサンドモグラから逸れていた。カプセルが向かう先は――灼熱の光を放つ、ヤシの木そのもの!
「あ、ちょっと、狙いが――!」
私の叫びも虚しく、冷凍弾は、燃えるように熱い幹に、カツン、と直撃した。
直後。
パキィィン! という、ガラスが割れるような甲高い音。
超高温の物体が、超低温で急速に冷やされる。その結果、何が起きるか。……小学生でも知っている。
ミシミシと、ヤシの木全体に亀裂が走る。
そして、次の瞬間、大音響と共に、灼熱の木は、根本から木っ端微塵に砕け散った!
「「「ええええええええ!?」」」
私と夏帆と澪の、三者三様の絶叫。
灼熱の破片が、洞窟中に花火のように飛び散る。そして、私たちの目標であった『常夏ココナッツ』もまた、勢いよく宙を舞った!
サンドモグラは、自らの寝床であった神木(?)が爆散したことに、ただ呆然としている。
無数の破片が降り注ぐ中、オレンジ色に輝く一つの果実が、私たちのいる入り口の方へと、まっすぐに飛んでくる。
「危ない!」
私が身をすくめたその時、私の隣を、ひまりが、すっ、と幽鬼のような静けさで通り過ぎた。
彼女は、降り注ぐ灼熱の破片にも眉一つ動かさず、ただ、飛んでくるココナッツだけを見据えている。そして、まるで熟練の外野手がフライを捕球するかのように、差し出した両手で、完璧に、それを受け止めた。
「まあ、採れたてですわ。急激な温度変化で、果肉の甘みが、きゅっと凝縮されたことでしょう」
ひまりは、まだ灼熱の熱を帯びているはずのココナッツを、素手で(!?)涼しい顔で持っている。
そのあまりに現実離れした光景に、サンドモグラは、ゴ……と悲しそうな声を一つ漏らすと、一目散に足元の砂の中へと潜り、姿を消してしまった。
後には、めちゃくちゃに破壊された洞窟と、静寂と、そして、一個の『常夏ココナッツ』を掲げるひまりの姿だけが残された。
「……結果オーライじゃないから! ダンジョンの備品、派手に破壊しちゃったじゃない! どうするのよこれ!」
私のツッコミは、もはや誰に言うでもなく、がらんとした洞窟に響き渡った。
ひまりは、そんな私に、にっこりと微笑みかける。
「大丈夫ですわ、円ちゃん。証拠は、すべて美味しくいただいてしまいましょう」
その笑顔が、今は何よりも恐ろしかった。