第17話 ステルスミッションは爆音と共に
「絶対無理! 無理だってば!」
「大丈夫! 成功したら、常夏ココナッツカレー、円の分だけ大盛りにしてあげるから!」
「食べ物で釣らないで!」
私の必死の抵抗も虚しく、半ば強制的に、私は灼熱のガラス洞窟へと送り込まれた。耳には、澪が開発したという、米粒ほどの大きさの超小型トランシーバーが埋め込まれている。
「いいか、小日向さん。我々が外部から君のバイタルを監視し、リアルタイムで指示を送る。安心していい」
「それが一番安心できないのよ……」
私は、心の中で悪態をつきながら、音を立てないように、そろり、と一歩を踏み出した。洞窟の中は、息が詰まるほどの熱気だ。数十メートル先で、巨大なサンドモグラが、すうすうと穏やかな寝息を立てている。
(心臓の音がうるさい! モグラに聞こえちゃう! なんで私がこんな目に……)
冷や汗が背中を伝う。一歩、また一歩と、爪先立ちで進む。その時、耳のトランシーバーから、ノイズ混じりの音声が聞こえてきた。
『円、もっとスピーディーに! スパイ映画の主人公みたいに、こう、シャッ! と!』
『いや高城、心拍数が毎分百四十を超えている。危険水域だ。小日向さん、ヨガの亀のポーズをイメージして、深呼吸しろ』
『円ちゃん、その手前にあるガラスの欠片、黒曜石のようですわね。石器時代の万能ナイフですのよ』
(うるさい、うるさい、うるさーい!)
三者三様の、全く役に立たないアドバイスが、私の脳を直接シェイクしてくる。もう、モグラが起きるより先に、私の血管が切れそうだ。
それでも、奇跡的に、私はサンドモグラを起こすことなく、目的のヤシの木の根元までたどり着くことに成功した。
(よし……あと少し……!)
見上げれば、燃えるように輝く『常夏ココナッツ』が、手を伸ばせば届きそうな場所にある。その表面からは、尋常じゃない熱気が発せられていた。
私は、ゆっくりと、震える手を伸ばす。
指先が、灼熱の果実に触れようとした、まさに、その瞬間だった。
キィィィィーーーーーンッ!!
耳に埋め込まれたトランシーバーから、突如として、あの忌まわしき『地質共鳴音叉』の甲高い音が、最大音量で鳴り響いた!
「――っ!?」
しまった、と澪が叫ぶのが聞こえた気がした。どうやら、周波数が混線して、別のガジェットの作動音を垂れ流してしまったらしい。
時すでに遅し。
ぴくっ、と。
目の前で眠っていた、巨大なサンドモグラの耳が、確かな角度で動いた。
そして、ゆっくりと、その巨大なまぶたが開かれる。
ガラス玉のような、黒くて大きな瞳が、至近距離で、私を、捉えた。
時間が、止まる。
ゴアアアアアアアアアアアアアアッッ!!
次の瞬間、洞窟全体を揺るがすほどの、凄まじい咆哮が、私に向かって叩きつけられた。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
だから言ったのに。
私が一番、こういう結果を招くに決まってるって、あれほど言ったのに!
私の悲鳴と、サンドモグラの怒りの咆哮が、灼熱の洞窟の中で、完璧なハーモニーを奏でていた。