第15話 コンパスより、美食家の勘
「絶対あっちだって! オアシスだよ! ヤシの木が見えるんだから、ココナッツがあるに決まってるじゃん!」
「安直な思考だ、高城。それはダミーである可能性が高い。このサンドモグラの足跡こそが、希少植物へと続く、論理的な道標だ」
灼熱の砂漠の真ん中で、夏帆と澪がまたしても睨み合っている。一方は見た目の分かりやすさを、もう一方は不確かなデータを主張して、一歩も譲らない。
(また始まった……)
私は、ひまりのくれた『熱覚まし茶』のおかげで、なんとか正気を保ってはいるものの、この不毛な議論に付き合う気力は残っていなかった。
どうせ私が何を言っても、この二人は聞かない。こうなったら、中立(?)のひまりに判断を委ねるしかない。
「ねえ、ひまりはどう思うの?」
私が助けを求めると、ひまりは「そうですわね……」と顎に手を当て、思案顔になった。
「オアシスには、きっとナツメヤシのような、甘く熟した果実が実っていることでしょう。サンドモグラは……おそらく、淡白でクセのない、鶏のささみのような上品なお味ですわね。蒸し料理にして、香味ソースでいただくのがよろしいかと」
「……いや、食べるかどうかの話じゃなくて」
どっちの道へ進むべきか、と聞いているのだが。
ひまりは私のツッコミには気づかぬまま、ふう、と一つ息をつくと、結論を出した。
「ですが、私たちの目的は『常夏ココナッツ』ですわ。主役たる食材は、決して安っぽい舞台には上がりません。きらびやかなオアシスは、主役の登場を盛り上げる前座にすぎないのです」
ひまりは、すっと澪が指し示していた、何もない砂漠の方向を向いた。
「静寂の中に、ただ一つだけ、自らの熱を主張するように佇んでいる……。そう、このモグラさんの巣のそばにこそ、私たちの求めるものがある。わたくしの美食家としての勘が、そう告げておりますの」
……美食家の、勘。
澪のデータと、ひまりの勘。論理と感性という、水と油のはずの二つの主張が、今、奇跡的に融合した。
「えー、そうなの? ひまりが言うなら、そっちなのかなあ」
あれだけオアシスを主張していた夏帆が、ひまりの謎理論にあっさりと陥落した。
澪も「ふむ。美食という観点からのアプローチか。私のデータと結論が一致した。これは、我々の進むべき道が真理であることを示唆している」と、満足げに頷いている。
こうして、私たちの進路は、満場一致(私を除く)で、サンドモグラの足跡を追うことに決まった。
私たちは、絵に描いたような美しいオアシスに背を向け、ただただ、乾いた砂漠が広がる方へと歩き出す。
(美食家の勘って、一体なんなのよ……)
もう、データも、勘も、ごちゃ混ぜだ。
ひまりの淹れてくれたお茶の清涼感だけを頼りに、私は、この怪しげな一行に黙ってついていく。
(本当に、こっちで合ってるのかしら……?)
私の不安をよそに、前を歩く三人の足取りは、やけに自信に満ち溢れていた。