第11話 報酬はサンドイッチ、常識を添えて(抜きで)
山積みの洞窟ハーブをリヤカーに乗せて(ダンジョンの備品らしい)、私たちは意気揚々と喫茶店「シーラカンス」へと凱旋した。
店の前にリヤカーを止め、ハーブの束を抱えて店内に入ると、カウンターを磨いていたマスターが、驚いたように目を見開いた。
「……おい。もう戻ってきたのか」
「はい! この通り、任務完了です!」
夏帆がどさり、とカウンターにハーブの山を置く。その量に、マスターは「……多すぎないか?」と若干引き気味だ。
「して、どうやってあのゴーレムを?」
マスターの問いに、夏帆は待ってましたとばかりに胸を張った。
「それがですね! あたしが囮になってゴーレムの注意を引きつけて、その隙に澪が開発した秘密兵器で動きを止めて! 最後はひまりが、渾身の一撃を……!」
「嘘ばっかり言わないで! 全部めちゃくちゃだったでしょ!」
私がすかさずツッコミを入れるが、澪が「いや、高城の報告はあながち間違いではない」と続けた。
「私の『地質共鳴音叉』がゴーレムの感情を司る結晶体を刺激し、塩分排出、すなわち涙という生理現象を誘発した。結果的に、戦闘意欲を喪失させることに成功したと結論付けられる」
「だから、ただイラつかせただけだって言ってるじゃない……」
私の胃が、またキリキリと痛み始める。
すると、ひまりが「皆様、少し違いますわ」と、静かに割って入った。
「わたくしは、ゴーレムさんと食材の持つ可能性について、少しお話ししただけですの。その結果、彼が感極まって、最高の調味料を分けてくださったのですわ」
その証拠に、とひまりが差し出したのは、ラップに丁寧に包まれた、あの涙塩のかかったきゅうりだった。彼女は小さなナイフで一片を切り分けると、マスターに「どうぞ」と差し出した。
マスターは、その一切れのきゅうりを、怪訝な顔で受け取る。そして、一口。
咀嚼する間、店内に再び沈黙が流れる。
やがて、マスターは、ごくり、とそれを飲み込むと、一言だけ、呟いた。
「……美味い」
そして、彼は顔を上げると、私たちを見て、深く、深く頷いた。
「……約束の報酬だ。礼に、うちのメニューを好きなだけ食っていけ」
「「「やったーっ!!」」」
夏帆とひまりの歓声が、静かな店内に響き渡った。
数分後。
私たちのテーブルには、おびただしい数の皿が並んでいた。
看板メニューである『ハーブチキンサンド』、鉄板ナポリタン、クリームソーダ、そしてもちろん、自家製カスタードプリン。
「んー、美味しい! やっぱりここのサンドイッチは最高だね!」
「このハーブの香り、ゴーレムさんが守っていただけのことはありますわね」
「ああ。この栄養バランスとカロリー、そして満足度。完璧な食事だ」
三人が幸せそうに食事を進める中、私は、自分の手の中にあるハーブチキンサンドを、ただじっと見つめていた。
ふわりと香る、あの洞窟ハーブの爽やかな香り。ジューシーな鶏肉と、シャキシャキのレタス。
ゴーレムを(意図せず)泣かせて、きゅうりに塩をかけさせて、その結果として、今、このサンドイッチを食べている。
そのプロセスは、どう考えてもおかしい。狂っている。
なのに。
(美味しい……)
悔しいけれど、とてつもなく美味しい。
(美味しいけど……私の常識は、もう、ズタズタ……)
口の中の幸福感と、頭の中のカオス。
そのあまりのギャップに、私は、もう笑うことしかできなかった。
まあ、いっか。美味しいから。
……ダメだ。私も、このカオスに順応し始めてしまっている。




