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第1話 プリンは固め、スライムは何味?

 畳のい草が日に焼ける匂いと、放課後の気だるい喧騒。

 小日向円こひなたまどかは、県立みはらし高校の旧校舎、その隅にある和室の部室で、一人静かにお茶を啜っていた。窓から差し込む西日が柔らかく、壁に立てかけられた「ダンジョン探索部」の真新しい看板だけが、この場の平和とは不釣り合いに、やけにアグレッシブな主張を放っている。


(お願いだから、今日くらいは何も起きませんように……)


 そんな円のささやかな祈りを吹き飛ばすように、障子戸が勢いよくスパン! と開かれた。


「うおー! 円、見た!? これ見てよこれ!」


 息を切らして飛び込んできたのは、短いポニーテールを揺らすトラブルメーカー、高城夏帆たかぎかほその人だった。彼女が突きつけてきたスマホの画面には、七里ヶ浜ダンジョンの公式サイトが表示されている。


「なによ、騒々しいわね夏帆。また変な動画?」

「違う違う! 公社から新しい討伐懸賞リストが出たんだよ! でさ、なんと……第一階層に『ゴールデンスライム』が出現だって!」


 夏帆の目は、最高のおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いている。円の思考は、即座に【リスク回避型】の警報を鳴らし始めた。ゴールデン、と付くからにはレアモンスター。レアモンスター、と付くからには面倒ごと。確定だ。


「それで? どうせまた『面白そうだから行ってみようよ!』とか言うんでしょ。言っておくけど、もう夕方だし、私は絶対――」

「問題ない」


 円の言葉を遮ったのは、夏帆の背後から静かに入室してきた、氷川澪ひかわみおの声だった。銀縁眼鏡の奥の瞳は、常に冷静だ。


「データによれば、ゴールデンスライムのゲル状物質は、喫茶店『シーラカンス』の自家製カスタードプリンの成分と九十八・七パーセント一致する。我々の目標である『伝説のダンジョン飯フルコース』の前菜、『黄金プリン』の素材として、これ以上合理的な選択肢は存在しない」

「なんでそうなるの!? そのデータ、どこの学会が発表したのよ!」


 私のツッコミも虚しく、澪はどこからか取り出した銀色の奇妙な機械をカチャリと起動させた。アンテナが三本も付いている。


「心配は無用だ、小日向さん。この『モンスター語翻訳機バージョン三・一』があれば、ゴールデンスライムとの対話も可能だ。友好的に素材を分けてもらう」


 澪がスイッチを入れると、機械は「……ニャー」と気の抜けた音を立てた。……また猫語翻訳機を改造して失敗している。私の頭痛が、また一つ増えた。


「まあ、素敵ですわね」


 ふわり、とした声。いつの間にいたのか、窓際でお茶を淹れていたのは、おっとりとしたお嬢様の春野ひまり(はるのひまり)だった。彼女はスマホの画面をうっとりと見つめている。


「なんて美しい黄金色……。これはきっと、カスタードのような甘味ではありませんわ。海の幸を凝縮したような、濃厚な旨味……。そうです、まるで極上の生ウニのような味わいがするに違いありません」

「え?」

「この美しい身を活かすには、火を通してはなりません。新鮮なうちに軍艦巻きにするのが一番ですわ。シャリとの一体感が、きっと素晴らしいマリアージュを奏でます」


 ひまりはそう言うと、どこからともなく、マイ醤油差しとチューブわさびを取り出してにっこりと微笑んだ。その瞳の奥には、食材への絶対的な探求心が燃えている。


 かたや、スライムをプリンだと言い張る、ポンコツ理論のサイエンティスト。

 かたや、スライムをウニだと信じて疑わない、天然食材ハンター。

 そして、その二人に「面白そう!」と目を輝かせる、全力おふざけの起爆スイッチ。


(もう知らない……)


 私の平穏な放課後は、どうやら今日も還ってこないらしい。

 円は、これから始まるであろうカオスな冒険を想像し、誰にも聞こえない声で、しかし、はっきりと呟いた。


「プリンとウニで戦争しないで! ていうか、まずそれが食べ物かどうかも分からないんだから! なんで私がこんな目に……!」


 その悲痛なツッコミが、西日の差し込む部室に虚しく響き渡った。

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