#8 猛き者、終ぞ滅びん。
初めはほんの小さな直感だった、嫌な予感というかべっとりとした悪意がマグナの周りに張り付いているような感覚があった。
気のせいだと思いベッドに潜るが疲れてるはずなのに寝付けない。思考がぐるぐると渦巻き、どれくらい考えていたか分からないがやはり宿に戻れているか確認を取るべきだと思った。今ならまだそこら辺を歩いているだろうし、あのマグナのことだ。どこかで飯でも食べてるかもしれない。
色んな飯屋を歩いて回ったがマグナの姿はどこにも見えない、ぐるぐると歩き回ってるうちに商店街に出た。いつもよりさらに騒がしい商店街は祭りの時期が近いことを思い出させる。年に一度の大行事。誰もが騒ぎ、楽しむ日だ。折角だしマグナにプレゼントを買ってやるのもいいかもしれない。そう思い何気なく露店を見て回っていた。女性だったらアクセサリーはやはりほしいのだろうか?それとももっと冒険者らしく実用的なものを買った方がいいのか?そう考えながら商店街の中を散策し、少しだけ楽しみながら歩いていた。
しかし俺の眼がそこにあってはならないものを捉えてしまった。道にはマグナが使っていた短剣が落ちていた。なぜこんなところに?落としたのか?一瞬で様々な可能性が頭の中を駆け巡る。しかしそんなことはありえない、武器の類をあいつは何よりも先に確認するはずだ。それにくくりつけた剣を落とすなんて間抜けな話は聞いたことがない。短剣を拾い、眼に魔力を込めて注視する。
俺の眼は少し特殊だ、魔力を込めることで物や事象の少しだけ先の未来や過去を見ることができる。決して遠い未来や過去を見れるわけではない。それに使用するたびに魔力をごっそり持っていかれるから日常生活で使うことなんか万が一にもない。
ただ副作用がないわけじゃないがリスクはお構いなしに全力で魔力を注ぎ短剣の軌跡を追う、眼に溶かした鉄を入れられたのかと錯覚ほど熱い。今すぐにでも見えなくなってしまいそうな泡沫の先を見る。弾ける泡沫の中で黒い霧がマグナを襲っているのを見た。これは『黒陰』、認識阻害の闇属性魔法だ。なぜ希少属性を持つほどの天才がマグナを襲う…?希少属性は持っているやつが少ない、それこそ街一つに一人いるかいないかだ。持っているだけで数多のパーティから誘われるし、人生で困ることなんかほぼないと聞いている。それら全てを投げ捨てでも犯罪者に身を落とすリターンがこいつらにはあるのか?
短剣を振り下ろそうとして必死に抵抗するマグナを黒い霧が容赦なく襲い、気絶させる。
この速度と手際は明らかに手練れだ、素人じゃない。王都の方で問題になっている巨大犯罪組織か…?更に深く覗き込もうとしたがそこで瞳に閃光が走る。これ以上は無理か…燃えるように熱くズキズキと痛む瞳よりも、後悔が俺を襲った。何度もマグナとの会話を脳で反芻する。
俺は今度こそ守り通すと誓ったはずだろ、もう失わないように、後悔しないように。
剣の柄を握る手に無意識に力が入る、爪が手のひらに食い込み血が流れる。
マグナの居場所に心当たりがあるわけじゃない、どこにいるかも分からない。それでも俺は何年もここで過ごしてきた経験がある。あの黒い霧どもが拠点にしてそうな廃墟や洞穴、地下水路。可能性は全てに点在している。魔力はもうほぼ底をついている。それでもその全てを強化魔法に注ぎ込み、一心不乱に駆け回った。
地下水路、巨大な迷路のような空間だが俺にとっては何度も依頼できていたし庭のようなものだ。とにかく走る、走る。全てを見て周り隅までくまなく探したがここは違った。街中に拠点を置くのはリスクが高いと判断したのか?
門の外を出て今度はブルザレム方面にひたすらに走る、土を蹴り飛ばし木々を飛び越え、各所をひたすら見て回った。未開拓の森林にはどんな魔物が住んでるか分からない、あいつらが人を攫ったあとの拠点そんなところに置くとは思えない。
俺の眼が違和感を捉える、いやこれは俺の"冒険者"としての直感が違和感の警鐘を鳴らす。
なぜこの森の中で不自然に木々が途切れている?完全に通路とは外れた場所だ。危険や未知が潜んでいるがそんなことを考えるよりも先に足が前に進んだ。空間がぼやけ、地下通路を見つける。最後の魔力を振り絞り眼を開く。もっともっと過去へ、俺とマグナが楽しく冒険できる未来のために過去に潜れ…
「いた…!」
見知った黒髪が地下通路の下に入っていく様子を俺の眼はギリギリ捉えた。頼む、生きててくれ。俺が必ず、必ず救い出すから。
そこからもとにかく走った、地下通路を下りた先に警備の連中が二人いたが構わず斬り殺した。自分でも想像つかない程速く、声すら上げさせないまま首を刎ねる。俺は学んだはずだ、一瞬の躊躇は自分の命を奪う。だからマグナを助ける一心で血を浴びた。しかし俺はどこにマグナがいるのか全く見当がつかない。魔力はもう空で、地下通路の先は迷宮みたいで無数に道が広がっている。どこだ、どこにいる…
とにかく駆け回り、マグナを探し続ける。
「やめ、やめてくれ…」
そのときだった。何度も聞いた声、いつもとても楽しそうに元気な声がこれまでとは打って変わってしおらしく、絶望に打ちひしがれた声と変化して俺の耳に入る。ようやく手に入れた居場所の手がかりを失うわけにはいかない、とにかく最短に、最速で走った。迷いやすい通路も人も壁も、邪魔な障害を全て壊して最短距離で声のした方へ進んだ。
ようやく辿り着いたその牢屋には、薄汚い男と服は破られ、鎖に繋がれている泣き腫らしたマグナがそこにいた。その瞬間真っ黒い何かが俺の脳みそを支配し、ぷつんと千切れる音がした。生ぬるい意思表示ではなく、ただの宣言でもなく、純粋な殺意が口を滑る。
「お前ら全員殺してやる」
怒りのまま刃を抜き、最も慣れた形で剣を振る。世界はその時計の針を遅め、俺だけを静寂の中に閉じ込める。なにか喋ろうとしたその口が開く前に俺は男の首を跳ね飛ばした。牢屋の中に赤い火花が弾け、再び秒針は進み出す。
目の前のボロボロのマグナを見ると後悔が俺を襲った、だが今は自分を責めている場合ではない。慌てて駆け寄り、雑嚢から薄水薬を取り出してマグナに差し出す。
「あいつらに何をされた、薄水薬だ。飲め、痛みが治る」
「あ、あぁクラウド…クラウド…うあぁああああ…ありがとう…本当に…」
薄水薬すら飲まず俺に抱きつきひたすら泣き喚くマグナ。俺は間に合った、今度こそ間に合ったのだ。外傷は薄水薬を飲めばなんとかなる、幸い何かされる前に辿り着けたみたいだが心の傷は恐らく深い。残念なことにこれは薄水薬では治らない。ゆっくりと、治していくしかない。俺が、俺が最初から眼を離さずついていればこんなことにはならなかった。
強い力で俺を抱きしめ続けるマグナ、だがずっとこうしてるわけにもいかない。俺は騒ぎすぎた。ひとまずはここにいる全員を殺すか、脱出しなければ。
騒ぎを聞きつけた多くの足音がこの牢屋に向かってくる。逃げ出すのは体力的にも人数的にも不可能だ。どれくらいいるのか分からないが狭いこの牢屋なら勝てるかもしれない。魔力を回復するなんて便利なものは未だに作られていない。魔力はない、体力もあまりない、だがやるしかない。マグナの分を残して薄水薬を飲み干し、剣を構える。盾も防具も置いてきた、あるのは剣だけ。後ろには守るべき人。深く息を吸い込み、覚悟を決める。
刹那、雪崩の如く人が押し寄せてくる。先頭にいるやつの懐に潜り込み奥からの死角に入り込む。勢いのまま剣を突き刺し蹴り飛ばすと同時に引き抜く。
人間には感情がある、痛覚がある、故に魔物と違い一差しするだけでも十分効果的だ。やつらは賊、兵士と違い自分の命を優先する。
蹴り飛ばしたやつの体が障害となり、後続の動きを少し遅くする。飛び込むなら今だ。
剣を構え、深く陣中に斬り込む。やつらは周りの人間と狭い空間のせいで思うように剣を振れないが俺は違う。勢いのままにその場で一回転し多数の首を刎ね飛ばす。
血と脂で切れ味の落ちた剣を投げ捨て、押し込むと同時に剣を奪う、奪った剣で更に斬り返し振らせる前に殺す。奪って、殺す。滑り込み、飛び跳ね、壁を蹴って常に動き続けた。
無我夢中に人を斬った、なにもかも。だが俺は決して忘れていない、認識阻害の魔法を使うやつがいる。意識して見る時間なんてものはない、だから―――
背中に熱い感触が走る、すぐさま振り向き手を握る。
「見ぃつけた」
マグナにもそうやったように必ず背中を狙ってくると思った、あえて意識から外し刺してくるこの瞬間を待っていた。動きま続ける俺の首は狙いにくい、ならまずは大きな的を刺して動きを鈍らせてくるはずだ。
握った腕を離さず、腹に蹴りを入れる。苦悶の声が男から漏れる。床に倒れ伏したそいつの頭を容赦なく蹴り潰す。人の頭は案外硬い、だが数回踏みつけると意識は暗闇の中だ。認識阻害の魔法が解け、男の姿が露わになる。こいつは今脅威じゃない。
「次はどいつだ、俺はここにいるぞ」
大きく吠え、再び駆ける。体は返り血で紅く染まり、息は絶え絶え。刺された背中は未だ死ぬほど痛いが構わず駆ける。
どれくらい斬った、どれくらい潰した、どれくらい…
無限にも思える時間の中、ついにはパタリと人が来なくなった。最後に床に気絶している魔法師の首に短剣を突き刺し、俺は床に座り込む。今にも倒れそうで床に寝転んでしまいたい。
だが休んでる場合ではない、すぐにでもここを出なければならない。シャツの袖を千切り、傷を締め付け止血する。気を失っているマグナを背負い、地下から脱出する。先程までとは打って変わって静寂なそこは、ありとあらゆるところに血痕があり、破壊の跡があった。震える足で階段を登り、帰路に着く。