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#4 勝ったら盛大に。

その日の夜、俺はクラウドと二人でご飯を食べた。

異世界の料理に舌鼓を打ち、二人で語らった。クラウドの夢は世界を見て回ることらしい。もう今からでもなれるじゃないかと思ったがそういうわけでもないみたいだ。どこにいっても上手くやれるように銀等級になるまでカトデラルを出ないというルールを自分に課したとのこと。俺の夢を聞かれたが何も思い浮かばなかった、今を生きるので精一杯で先のことなんて考えられないと答えた。


「そりゃよくないな、今に精一杯だろうと現実が辛かろうと夢は持たなくちゃ駄目だ。じゃないと人間ほんとに終わっちまう」

「そういうものなのか?」

「あぁ、ただでさえ他の種族に比べて短命な種族だ。俺たち一人一人にできることなんてたかが知れている。俺たち人間にできることと言えば次のやつに託して紡ぐ。そんくらいなもんなのさ」

「よく分からんがクラウドって実は頭いいのか?」

「おうおう、なめてくれちゃってよ。こう見えて貴族の三男坊だぜ?大した権利もないがな」

「それはすごいな、誇ればいい。家柄も力だ」

「…なに真に受けてんだよ、酒の席の冗句だぜ」


そう言ってクラウドはエールを飲み干す。クラウドの冗句はよく分からない、たまに本当のことを言ってるんじゃないかと思うほどに。それはそれとしてすごいペースで酒を飲むのだなと感心する。前世はそれほど酒は飲んでなかったし、今世は酔ったらどうなるか分からないしそんな情けない姿見せられないから未だに薄めた葡萄酒しか飲んだことがない。

少し夜風に当たってくると伝え、ギルドの外に出る。冷えた夜風が頬を撫で、髪を揺らす。服の隙間から入り込むその冷たさが妙に心地よく、人通りが少なくなった街並みはどこか寂しさを抱かせる。クラウドに教えてもらった店で買ったシガレットを一本取り出し、『灯火』を使う。ジジジと燻る音が鳴り、煙を吸い込み吐き出す。しかしこの世界のたばこは不味いな。プラスチックがないからしょうがないとは言え常に湿気ている。どうにか対策を考えねばな。


「はぁ〜、疲れた」


煙を口からこぼし、その場に座り込む。両膝の上に肘を乗せ、頭をガクンと下げる。珈琲、そう珈琲が飲みたいな。慢性的な疲れにはアレが効くんだ。それか風呂だ、風呂にも入りたいな。今度魔法で試してみるか。火山とかこの世界にもあるのだろうか。その近辺なら温泉とかもあるかもしれんな。

そういう考え事や独り言を繰り返す。空の月は地球にいた頃よりずっと大きく、金色だった。シガレットの火を消し、再びギルドに戻る。


「遅かったじゃねぇか〜マグナ〜」

「うっ、クラウド酒臭いぞ!この一瞬でどれだけ飲んだんだ?」

「ちょっとだよちょっと〜、それにいいじゃねぇか。仲間の初冒険が無事終わったんだ。盛大に祝うのが冒険者ってもんだ。そうだろうてめぇら!」


クラウドは振り向き、食堂にいる全員に大声で叫んだ。食堂にいる冒険者たち全員がそれに頷き、杯を天に掲げる。


「新米冒険者の成功に!」

「「「新米冒険者の成功に!」」」

「これからの俺たちに!」

「「「これからの俺たちに!」」」


クラウドは食堂にいる全ての冒険者を巻き込んで盛大な宴会を開いた。人を惹きつけるなにかがあるのかもしれないな、こいつには。


「もし、そこのお嬢さん」

「なんだ、私のことか」


横から肩を叩かれ、振り返る。黒紫のローブを身に纏う妖艶なその女性はおそらく魔法師だろう。それも俺より上等の。


「ありがとうね、クラウドのこと」

「私は何もしていない、礼を言われる筋合いなんかない」

「彼ね、仲良くしてた子が亡くなっちゃってからずっと暗くてね。どんなにご飯やお酒を奢っても口から出るのは後悔だけだったの」

「そうなのか、想像もつかないな」

「けど貴女がきてから変わった。昔のクラウドに戻ったのよ、多分まだ乗り越えれてないことだけど、それでも彼は確実に立ち上がっているわ」

「それは良かった、私のパーティメンバーなんだ。自慢だよ」

「彼、まだ等級は白だけど王都の有名なパーティからもお誘いがあったのよ」

「そうなのか?すごいな、クラウドは」

「えぇ、断ったらしいけど」


王都ってのは所謂首都みたいなものだと記憶している。カトデラルとは比べ物にならないほど大きな都市だと聞いたことがあるな。そんな話をしていると俺と女魔法師に両腕を乗せ、クラウドが言う。


「んな過去の栄光なんざどうだっていい。俺の人生の核は黒髪のガキだけで充分だ」


レボルか、俺のことか、はたまた両方か分からないが少しでも自分がクラウドの人生をいい方向に変えたことが嬉しかった。


「さてクラウド、私はそろそろ宿に戻るよ」

「え、もう帰っちまうのか?」

「もう眠たい、それにクラウドと飲めて楽しかったよ」

「そりゃよかった、んじゃあまた明日な」

「あぁ、二日酔いになるなよ」


クラウドと別れ一人で宿に戻る。先程までの喧騒がまだ耳にこびりついている。大丈夫、上手くやれてるはずだ。宿に戻り、装備を外して楽な格好になりベッドに寝転ぶ。明日で異世界生活三日目か、前世より充実しているしやるべきことも明確にある。金は少し心許ないが依頼をこなしていけばなんとかなるだろう。大丈夫、俺とクラウドなら大丈夫だ。俺は明日のやるべきことを整理してすぐに意識を手放した。


次の日、朝を告げる鐘で目が覚める。寝ぼけ眼を擦りながら桶を持って井戸に向かう。服を脱いで体を洗い、頭を石鹸で洗う。しかしアニメティも豊富とは随分と良心的な宿だな。泡を落として服を着る。俺が前着ていた服は『洗浄』をかけ、バスタオル代わりに使っている。即席タオルで髪の毛の水分を落として本当に小さな『火球』を生み出し髪のそばに当てる。熱を与えすぎると痛むと聞いているから近くに当てすぎないように。これが案外魔法の練習になった、これからも継続していこう。髪を乾かしている間シガレットに火をつけ、今日のやることを明確にする。今日はクラウドと連携の練習と、金を稼ぐことを中心に依頼を取る。できれば平野が理想だな、森などは一人で動く分には遮蔽も多く動きやすいが連携は取りにくい。故に平野だ。

髪が乾き切ったのを確認して部屋に戻る、手早く装備を身につけて"永遠の炉心"へと向かう。背嚢とできれば薄水薬(ポーション)の類がほしいな。丘の上にある鍛冶屋に到着すると金属を叩く小気味いい音が外からでも聞こえていた。扉を開けると鉱人族(ドワーフ)ではなく若い男がカウンターに座っていた。グローブを作った弟子だろうか。


「背嚢と売っているなら薄水薬をいただきたい」

「背嚢ならおすすめのもんがありますよ。これとかどうすか?劣等飛竜(ワイバーン)の素材使ってるんで壊れにくいし魔法への耐性もそこそこあるっすよ!今なら金貨二十枚、どうすか?」

「いらん、たかが背嚢だ。物が入ればそれでいい、一番安いのはどれだ」

「だったらこれっすね、牛皮なんでまぁまぁ壊れにくいっす。銀貨二枚っすね。あと薄水薬はまぁありますけどこれも会計一緒でいいすか?」

「あぁ、すまんな。また来る。店主によろしく伝えといてくれ」

「了解っす、毎度ありっす!」


丘を下りギルドに向かう。まだここに来て三日ほどしか経ってないがいつ見てもこの異世界の営みは情緒溢れて癒される。雲は黒くないし見上げるほどの窮屈なビルもない。俺はここに来て良かったように感じる。

扉を開けると昨日と同じく掲示板の前は人でごった返していた。押しつぶされながらもなんとか掲示板の前まで到着し、依頼を見る。今俺の等級で受けれるものを探してもぎ取る。カウンターに持って行き、受注する。パーティメンバーとしてクラウドを指名した、即席ではなく固定で。無事受注を終え、食堂の方を見るとクラウドがパンと肉のサンドウィッチを食べているところを発見する。


「おはようクラウド」

「おはようマグナ、依頼は取れたか?」

「あぁ、エスト村付近ブルザレム平野に散見される群魔狼(フェロウルフ)の討伐だ。依頼達成条件は群魔狼の右足十本」

「はぁ…マグナ、お前俺と組んでなかったら本当に死んでたぜ」

「そうなのか?」

「なにもない平野で、群魔狼と戦うなんて馬鹿がすることだ、命知らずのな」

「そうか?」

「そうだ」


でも俺は一人じゃないしクラウドは優秀だと思う。負けて命を落とす心配はゼロとは言えないがほぼないだろう。


「だが優秀な前衛がいるだろ?」

「当たり前だ、なにがあっても守ってやる。だが遮蔽のないところで一対多は御法度だ、金等級の英雄でもなけりゃ勝てない、俺たちは英雄じゃない」

「守られるだけが私の仕事ではない、任せろ。一人にはしない」

「そら結構だ、だが気張りすぎんな。やる時はやる、手抜くときは抜いてけ」


そう言って俺の背中を叩く。するとクラウドはなにかに気づいたような顔をした。


「そりゃ背嚢か?」

「あぁ、前回の仕事で必要だと感じてな。よく分かったな」

「そりゃ気付くぜ、俺の眼は特殊なんでな。"神眼"のクラウドとは俺ンことよ」

「クラウドは白等級なのに二つ名(ネームド)なのか!すごいな!」

「冗句に決まってんだろ、二つ名の冒険者なんて俺には荷が重いね」


"二つ名"とは、その特徴などからつけられる腕前のいい冒険者にのみつけられる称号だ。二つ名持ちというだけで格が違うため、冒険者としての箔がつく。それにしたってクラウドの冗句が本当に分からない、時々本当のことを言ってるんじゃないかと錯覚する。

しばらくしてお互い準備ができているのを確認してギルドをでた。俺とクラウドは門を抜け、ブルザレム平野へと向かった。森に入り、更に進む。二人とも警戒して進んでいた、ほぼ開拓が進んでいるとはいえ、まだ未開拓の場所が多くあるブルザレム森林は、どこに何が潜んでいるか分からない。途中で角の生えたウサギを捕まえて二人で食べた。


「ん!意外と美味いぞ!」

「そりゃ角兎は美味ぇだろ、魔物じゃねぇのに力強くいまだに自然で生き抜いてるんだ。肉の締まりが尋常じゃねぇ、脂も少ないから王都の方で女に人気らしい」

「私としてはもっとこう、じゅわっと油が広がる方が好みだ」

「ははは!まぁお前ならそうだろうな、いつか肉の油に溺れるかもしれないから気をつけろよ」

「なんの肉なのだそれは」

(ドラゴン)だな、すごい美味いらしいぞ」


竜か…空を飛べば木が吹き飛び、吐く炎は城を燃やし、振るう腕で山を穿ち血を飲むと強大な力を得て心臓を食べたものは不死身になるという伝説を持つ史上最強の魔物。今の俺には到底無理でも、いつか絶対倒してみたい。


「決めたぞ、私はいつか竜を狩る」

「マグナは本当に大物だな!いつか倒したら俺にも分けてくれ!な!」

「一口だけだ、残りは全部私のものだ」

「楽しみにしてるぜ」


そう言ってクラウドは立ち上がり、尻についた砂埃を払って火を消した。俺も慌てて立ち上がり、クラウドの横に立って二人で歩いた。


「ところでマグナ、群魔狼についての知識はあるか?小鬼とは訳が違うぞ。そもそもお前の適正等級じゃねぇんだから」

「ある程度は」

「速い、群れる。それが奴らの特徴だ、単純だが故に強い」

「だから連携の練習になるかと思ったんだ。あいつらも統率された連携をとってくるだろ?」

「魔物から学ぶなんざ邪道だ…だが着眼点はいい。あとは生きて二人で帰れたから完璧だな」


森を抜け、見渡す限りの草原に出る。目を凝らしてよく見てみると村があった。カテドラルとは違い立派な壁はない、粗雑な柵が張り巡らされた牧歌的な村だ。あれがおそらく依頼を出したエスト村だろう。


「いいか、冒険者ってのはなにも魔物を殺してはい終わりってわけじゃねぇんだよ。俺らのところに来るってことはなにかしら被害が出たか、出ることが確定してるから助けを求めてるからの二択だ。どちらにせよ助けを求めてるのは変わらない」

「あぁ、だからまずは依頼を出したやつとコミュニケーションを図って情報をより詳しく聞き出すんだろ?」

「そうだ、最近の奴らはここを怠る奴が多い。ていうかよくそんなこと知っているな」

「クラウドの履歴を見た」

「そう言えばそうだったな、じゃあやることは分かってるな。いくぞ、村を助ける」

「助ける…分かった、頑張るぞ」


二人でエスト村へ向かって歩いた。村の前に到着すると衛兵らしき人物が「何者だ!」と声を上げた。槍をこちらに向け、警戒した様子で。俺が声を開こうとするとクラウドは一歩前に出て代わりに話し出す。


「群魔狼の討伐を引き受けたものだ、等級は白。落ち着いてくれ、敵じゃない。ここへは群魔狼のことについて聞きにきた」


クラウドは簡潔に述べて両手を上げて識別票と武器を前に置く。俺もそれに倣い識別票と武器を置き、両手を上げた。すると衛兵は安堵したように槍を下ろし、申し訳なさそう口を開いた。


「そうだったのか、すまない。どうぞ入ってくれ、村長なら全部話せると思う」

「いいんだ、あんたは仕事をしただけだ。すまんな、お邪魔する」


武器と識別票を回収してクラウドは衛兵の肩を叩き、村の中に入っていく。俺もひとつ礼をしてからクラウドの後を追った。

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