#3 冒険者の流儀。
詰所に辿り着き、身分証となる冒険者の識別票を見せる。入る時に対応してくれた門番が俺の担当になり、手続きを進めてくれた。
「マグナか、一日で随分と見違えたな」
「それ色んな人に言われるのだがそんなに変わったか?」
俺は自分の姿をもう一度確認する。くるりと一周して見てもそんなに認識が変わるくらい変化したのだろうか?服装や身なりってのはやはり大事なのだな。
「あぁ、少し待ってろ。今剣を取ってくる」
「頼む」
しばらくして門番が俺の剣を持ってくる。柄と刀身のみのシンプルな鉄の長剣だ。鞘は木製、間違いなく俺のものだ。
剣を受け取り、刀身が一部見えるくらい鞘から抜き出す。昨日見た時より随分顔色が良くなっているな。金属と木材がぶつかる小気味のいい音が鳴り、鞘へ刀身をしまう。
「色々とすまなかったな、剣を返してくれてありがとう」
「こちらは仕事をしたまでだ、それじゃあマグナ。カトデラルを楽しめよ」
昨日とは違い砕けた話し方をする門番、身分が証明できるというのは大変いいものだな。剣を左腰のベルトに戻し、冒険者ギルドへと向かった。街は喧騒に満ち満ちていた、走り回る子どもや忙しなく走る馬車、買い物をしている人々や全く売れずに途方に暮れている店主まで。人の営みっていうのは温かい。
そういえば昼食がまだだったな、屋台で肉が刺さった串を売っているのを発見し、一つ貰う。銅貨二枚と非常にリーズナブルだ。何の肉か分からなかったが臭みも少なくそして肉厚で美味しかった。淡白な味だったから鶏とかだろうか。軽く昼食を済ませて冒険者ギルドに入る。昨日も人が多かったが今日はそれ以上に多かった。みな一様に掲示板に貼ってある紙を眺めていた。依頼書、だろうか。とりあえずクラウドの冒険履歴とやらを見なければいけないのでカウンターに向かった。昨日と同じ茶色の髪の毛の受付嬢が俺の対応だった。
「マグナだ、クラウドの冒険履歴を見たい」
「えぇ、お話はクラウド様から伺っておりますよ。ご本人様からの許可が既に出ておりますので冒険者履歴をお貸しいたします。どれも大変貴重な資料ですのでギルドから持ち出さぬよう、閲覧はギルド内のみにお願いします」
「あぁ、わかった」
クラウドの履歴はそこそこあった。灰等級の時は下水の巨大鼠の討伐、小鬼の討伐、近所の村の水路整備などなど。どれも依頼は完璧にこなしている、パーティは組んではいないがソロでここまでやっているとはな。
黒等級は小鬼の巣穴破壊、遺跡の調査など少しだけ規模が大きくなっていた。ここから何回か即席でパーティを組んでいるみたいだ。名前は…レボル、同じ黒等級か。どうやら冒険での態度やマナーなどは良好、レボルとやらとちゃんと仕事をこなしているみたいだ。
白等級に上がる前の最後の依頼が小規模な盗賊団の壊滅、規模は十人ほど。小規模とはいえ十人は相当数が多いな…二人では骨が折れるだろう…
俺はそこで見るのをやめた。これ以上見る必要もないし、俺と関わりたがる理由も分かったからだ。履歴を受付嬢に返し、食堂で薄めた葡萄酒を頼んだ。あとはクラウドが来るまでひたすら待った。葡萄酒が空になってから少しして、クラウドがギルドに入ってきた。周りをキョロキョロと見渡して俺を見つけると駆け寄ってきた。
「よう食いしん坊、随分見違えたな」
「今日で何回も言われて辟易しているよ、クラウド」
「あぁ、それで昨日の件考えてくれたか?」
「あぁ、クラウドは信用できると私は考えている。お前となら私は長く冒険者を続けていけそうだ」
「そりゃよかった」
嬉しそうに笑うクラウドを見ると、履歴にあったことが本当なのか疑わしくなるが履歴自体冒険者から話を聞いてそれを職員が書き起こすシステムだから本当のことなのだろう。
「それで、だ。先に言っておくが私はレボルとやらの代わりじゃない。私は私だ」
「…あぁ、そんなこと分かってる。これはただの自己満足だ、冒険者ならあれくらいはよくある話だしな。それに」
「それに?」
「お前に惚れてるってのは本当だぜ、識別票に誓って」
「あぁそうか、好きにするといい。私はお前を信用している。技術でも、人間面でもだ」
「そりゃ結構、冒険者冥利に尽きるね」
レボルという人物、性別は男で年は当時15。使える魔法は履歴を見る限り土属性のみ、これくらいしかクラウドの履歴には載っていなかった。あと分かるのは死に様くらいだ。
当時盗賊団の壊滅の依頼を受けた二人はいつも通り即席のパーティを組み、順調に歩を進めていった。戦士兼剣士の役割を担うクラウドと遠距離主体の魔法師であるレボルは相性が良く、何度か組んでる為連携も問題なかった。ただレボルは盗賊にトドメをさせず、何度もクラウドが窮地を救い、代わりに人を殺めていった。
レボルは最後まで人を殺せず、結局盗賊に殺されてしまった。遺体の一部と識別票を持ち帰り、盗賊団壊滅の旨を知らせ、識別票をギルドに返してそれで終わり。
それで俺とレボルを重ねたのか分からないが、つまるところ俺をパーティに誘ったのはそういうことだった。よくある話、とクラウドは言ったがその時のクラウドの顔があまりに切なくて悔しそうだったのがひどく印象的だった。彼は度を超えたいい人なんだと思う、仕事とは言え初めて人を殺したときは大なり小なりショックを受けるはずだ。その中で彼は懸命に戦いレボルを守ろうとした。いや、これ以上考えるのはやめよう、俺が彼らの冒険を語るなんて分不相応にも程がある。
「なにはともあれパーティ結成だな。俺は戦士兼剣士、魔法は一応風属性の適性があるがあまり魔力がない。攻撃魔法の類は『風球』が使えるがほぼ使わないし使っても威力はそこまでだ。代わりに中位強化魔法の『頑強』と『増強』が使える。あとは剣術だが、大したものは修めていない。俺のメインの役割は戦士、いつだってマグナを守ってやる」
「あぁ、助かるよ。私は火属性の適性がある。『火球』『微弱結界』『四足』『四手』、あとは適当な生活魔法だがこれは省略するぞ」
「なるほどな、見たところ魔法師メインっていうよりかはあくまで幅を増やす選択肢なだけのタイプか、剣持ってるし」
「あぁ、その通りだ。だが、私も魔力はあまり多くはない。基本的には前衛二で、必要な時だけ攻撃魔法を使うことにする」
「そうだな、それでいこう」
「あぁ、それと最初の依頼は一人で行ってもいいだろうか?」
「なぜだ?パーティを組んだ意味、今なら分かるだろ?」
「分かるが、私が一人で何ができるのか限界点を知っておきたい」
「なら俺も同行していいだろ」
「いや、駄目だ。これは私の自尊心だ。今まで一人で生きてきた、だから今の自分にできることの限度は知っておかねばならん」
「なら、絶対に死ぬな。依頼は未達でも少しの違約金を払えばいい。生きてれば次がある」
「そのつもりだ」
そろそろ俺自身何ができるのか、どこまでが限界なのか知っておくべきだ。でないと前世みたいに分不相応な仕事を渡されて押しつぶされる。俺は俺のできることしかできない、世界を救う英雄になる気もない。だから最低限の力を見せればそれでいいんだ。ふと掲示板に目をやると、そこにいた沢山の人はいつのまにかいなくなっていて、何枚かの依頼書が残っているだけだった。
ひとまず1番近くにあったブルザレム森林にいる小鬼の討伐を手に取った。成功報酬は銀貨五枚、大丈夫。今度は吐かずに上手くやれるはずだ。
受付嬢に依頼者を渡し、ギルドを後にする。ブルザレム森林とは俺の目が覚めたあの森ではなく、それとは反対方向、つまり街の裏側にある森林のことみたいだ。開拓が進んでいることからあまり危険度はなく、近所に村なども散見される。
俺が入ってきた門とは反対方向にある門に向かい門番に識別票を見せ、森へと向かう。
入る時とはえらい違いだ、識別票は絶対に失くせないな。シャツの中に識別票をしまい、森の中へと入っていく。獣道から外れ、周りに誰もいないことを確認して自分に何ができるか感覚を探っていく。
俺は前回路と表現したこの体の中にある魔力を通す管は実際にはおそらく通ってないのだろう。自分の中にある回路にどの属性を通せばなにが発言するのかは学ばなくても自然に分かる。
おそらく俺が今使える魔法は良くて中位魔法までだ。まだ回路が発達してなければ、属性というギアも上手く動かせない。今自分ができる中位魔法は威力も申し分ない。二メートルほどの火の矢を発現させる『火矢』、無数の土の弾丸を発現させる『土弾』、四本の一メートルほどの雷の槍を発現させる『雷槍』、どうやらこれらの発現する魔法はテンプレートみたいなものでそこから工夫すれば様々な形状に変化させることができるみたいだ。
例えば大きい代わりに速度が低い『火矢』、とにかく速さに特化させた『土弾』、小さいし遅いが当たった時の火力が高い『雷槍』など。振り分けれるパラメータは主にサイズ、速度、火力だ。ここから各中位魔法ごとに細かなパラメータがある、数などがそうだ。振り分けの上限値を百五十としたらそこからパラメータに振っていく。テンプレートは全て五十で均一だが、ここから『火矢』を例にパラメータをいじる。サイズ百、速度十、火力四十という風にだ。こうするとサイズは大きいが速度が遅く、火力もそこそこなので面制圧向けの『火矢』となる。これが所謂魔法師の腕の見せ所なのだろう。やれることも多いが、とにかく脳を使う。考えなければいけないし、神経を使う。近接戦闘中にできる魔法師など稀有な存在だろう。少なくとも俺にはできるように思えなかった。
続いて希少属性についてたが、光魔法は『浄化』の他に『微癒』が使えるみたいだ。医療魔術の基礎だろうな、おそらく大した傷は治せない。だが少しの気休めくらいにはなるだろう。
短剣を取り出し、手のひらを少し切る。ドクドクと血が溢れ、少しの痛みが走る。そこに『微癒』を使ってみるとみるみる傷が塞がっていき、傷なんてなかったかのように痛みも引いていった。ここで疑問が残る、傷を負っている部分に使えば再生するが傷を負ってない部分に『微癒』を使うとどうなるのか。
試しに傷を負ってない部分に『微癒』を使ってみるが何も起こらなかった。まぁそんなもんか、少しがっかりしたがこういうものなのだろう。
闇属性については、分からなかった。確か俺の記憶の中だと対象に弱体化をかけたりするのが主だったはずだが、俺の体の中にそういった回路は見当たらなかった。ひとまず保留にした、俺の体のことだ、いつか分かるだろう。
強化魔法はまだ下位の『四足』、『四手』のみしか使えないみたいだ。少し足が速くなって少し力が強くなる、そんなやつだ。
自分にできることを再確認し、小鬼を探す。生憎魔術である『補足』はまだ使えない。これは便利だからいつか習得したい。周辺の情報を魔力を流して読み取り、その情報を脳に送る特殊な魔術だ。だがこれの回路の組み方を俺はまだ知らないし分からない。専門的な知識が必要だな。
『四足』を用いてとにかく走る。すると小鬼を見つけた。洞窟ほどではないが岩肌にできた洞穴を寝床にしているみたいだ。数は五、あのときより多いがおそらく俺なら上手くやる。上手くやらねばならない。
『雷槍』を発現させ、四体に向けて放つ。下位である『雷球』ですら死んだんだ、中位で死なないわけがない。
目標に真っ直ぐ進む四本の雷の槍は小鬼の腹を抉り、頭を貫いた。狙いはいいが百発百中ってわけでもなさそうだ。練習が必要だな。
残った一体目掛け、『四足』と『四手』を重ねて使う。小鬼に向かって剣を上から下に縦に振る。骨などもあるだろうが邪魔に感じず、簡単に切断することができた。左手の肘の内側で剣に付いた血と油を拭き取り、鞘へ収める。
周りに残りの敵がいないか確認し、少しの吐き気に見舞われる。だがもう嘔吐はしない、慣れなければならない。討伐証明である小鬼の耳を短剣で切り取り、仕舞おうとするが財布代わりの皮袋以外収納具がないことに気づく。「戻ったら雑嚢、買わないと」と独り言をこぼし、とりあえず皮袋に耳を五つねじ込み、街へ戻った。街への門が見えたころ、すっかり景色はオレンジ色だった。それに門の麓にはクラウドが心配そうな顔で腕を組んで待っていた、口元に白いものを咥えて。あれはもしかしてタバコではないのか?だとすると是が非でもほしい。前世の俺の生きがいだ。走ってクラウドの元まで向かい挨拶を交わす。
「ただいま帰ったぞ。殺しは慣れる、小鬼にも今のところ負ける要素がない」
「そりゃ結構、おかえり。ほらギルドに完了報告しにいくぞ。今日は俺が飯を奢ってやる。成功祝いだ」
「いいのか!?じゃあ肉だ、肉にしよう」
「高いのは勘弁してくれよ」
これは運がいい。タダで飯にありつけるなんて思ってもなかった。クラウドの困ったような笑顔が夕日に反射してすごく綺麗だった。
「それと、その口に咥えてるものはなんだ?煙が出ているが」
「こりゃシガレットだな。特殊な葉っぱを乾燥させて紙に巻くんだ。あとは火をつけて口から吸い込む。とは言っても依存性はあるみたいだし体に良くないと医療院は言っているからマグナはやめておけ」
「嫌だ、パーティだろ。私にも一本よこせ。あと売ってる場所を教えろ」
「は?駄目だろ、ガキは吸っちゃいけないの」
「もう葡萄酒だって飲めるし成人している。教えてくれないならパーティは解散だ、方向性の違いだな」
「は?ちょっと待て、そりゃズルだぜ!」
「冗句だ、だがシガレットは私も欲しい。パーティだろ?」
「わかった、だがせめて俺の前で以外吸うんじゃねぇぞ」
「なぜだ?」
「吸いすぎはよくないらしいからな」
そう言ってクラウドは紙の箱に入っているシガレットを一本取り出し、俺に差し出した。口に咥えるとクラウドが人差し指をシガレットに当て、『灯火』の魔法を使った。深く息を吸い込み、紫煙を肺に入れる。ふむ、不味い。前世のものと比べ物にならない。だがたばこがあるということ自体が嬉しかった。
「慣れてるな、吸ってたのか?」
「癖だよ、吸ってない」
「嘘をつくな、初めて吸うやつはみんなむせて咳き込むもんだぜ!」
「吸ったことないったらない」
クラウドは俺の頭をガシガシと掴み、二人でギルドに向かった。その帰り道がなんだかとても楽しくて、二人して笑ったのをよく覚えてる。