#29 月光に照らされて。
あれから俺は沢山のグループに話しかけては名前と価値を売り込み、最大限引き出していった。話してる内容は死ぬ程つまらなかったが日本人得意の愛想笑いで乗り切り、会話に花を咲かせた。
男にはなるべく冷たい態度で接し、簡単に手に入らない俺を演出する。女にはなるべく媚びを売り、顔を立てる。会場内を動き回り、お腹も空いてきたので空になったグラスを給仕に渡して料理を皿に乗せる。金持ちの食べるご飯ってのはいまいち俺の口には合わない、塩や胡椒は確かに使われてはいる。それでもなんというか庶民的に過ごしてきた俺にとっては味がいまいちよく分からん、第一俺は固い肉の方が好きだ。こんな柔らかい肉など食ってる気がしないし食感も気に食わない。
おまけに足はヒールのせいで痛いし周りの視線にも疲れてきた、注目されるのも性に合わない。こんな回りくどいやり方なんかするべきじゃなかったな、あの時とっとと首を掴んで引きずり下ろすべきだった。
精神的な疲労のせいで変な思考ばかりよぎるな、少し夜風にでも当たるか。皿を片手にテラスに出る。音楽が少しだけ外に漏れて、さらりと静かな風が流れた。今日も月は相変わらず綺麗だ、口の中に仄かに残る葡萄酒の香りと夜風がカトデラルでの楽しい日を思い出させる。
「はぁ…」
ため息ばかりが溢れる、少しかかとを上げて足首を手で抑える。締め付けてくるヒールの痛みと動き辛さが余計にストレスを与えてくる。慣れない見栄など張るものじゃないな。
ハンドバッグの中からシガレットを取りだして火をつける、少し休憩だ。男どもの気色悪い視線と、嫉妬と好奇が入り交じった視線には少し辟易してしまった。
「疲れたか?マグナ」
「レクトル様…まぁ少し…」
「今日はもう充分顔を売れた、終わるまで休んでいてもいいぞ」
「いえ、まだやるべきことが残っていますので。レクトル様の方はどうでしたか?」
「ガリウス侯爵殿は大層喜ばれていた、あとは"葬儀屋"の価値が貴族間でどれほど上がるかだな。この調子で行けば発言力はかなり増すだろう」
「それはよかったです、ではお互いもう少し頑張りましょう。このパーティーが終わるまで」
「そうだな、もうひと踏ん張りだ。ではな」
「えぇ」
レクトルが部屋に戻っていき、俺はもう少し当たったら戻ろうと考えた。テラスから見下ろす庭には貴族の護衛が多数立ち並んでいた。
彼らも見栄のために連れてこられて不憫だな、貴族社会は見栄と階級の世界だ。それは前世でもそうだし今世でもそうだ、みな自分の階級の中で最大限の見栄を張りもがいている。シガレットの火を灰皿に押付ける、退屈なパーティーはもう何時間もしたら終わる。小さくため息をして部屋の扉を開けると、みな踊りを楽しんでいた。なるほど、先程音楽がより音量を増したのはこのためか。
祭りの時とは違い優雅に上品にステップを踏む彼ら。ふむ、冒険者で庶民の俺には肩身が狭い。少し立ちつくしていると最初の方にナンパをしてきた男に踊りを誘われる。
「デリス・イデオン伯爵と申します、"葬儀屋"どの一曲どうですかな?」
デリスと名乗るその男が少し跪き俺に手を差し出す。一瞬レクトルの方を見ると構わないという目線を返してきたので手を取る。
「イデオン伯爵殿、お誘い感謝します。是非ともよろしくお願いします」
デリスが俺の腰に手を回して俺たちは踊りを始める。慣れないヒールと初めてする踊りで俺は少し奇妙な足取りになる。踊っている最中、デリスは口を開く。
「随分と歪なステップだな」
「冒険者ですので、恥をかかせてしまったなら申し訳ございません」
「ハッ、所詮は庶民だな。で、この後俺の家に来る件は考え直したか?」
「その庶民に随分ご熱心なようですが、何度でも私はお断りしますよ」
ストレスが溜まり、語気が徐々に強まる俺に呼応するようにデリスも言葉が強くなる。
「貴様、いちいち生意気だな」
「冒険者ですので」
「ハッ、なら精々冒険者らしく力を示してみるといい」
「そのタイミングがあればですけどね」
やがて踊りの時間が終わり、俺を無言で見下ろすデリスの額には青筋が浮かんでいた。伯爵に喧嘩を売るのはまずかったか?まぁいいか、今日の目的は達している。最後にガリウス侯爵の挨拶をもって締め括り、パーティーは終わりとなる。
「さて諸君、忙しい公務の間をぬって今宵は我がパーティーにきてくれてどうもありがとう。スペシャルゲストの"葬儀屋"には心躍らせてくれたかな?彼女と彼女を連れてきてくれたユーヴァス子爵に盛大な拍手を!」
俺とレクトルに注目が集まり、大きな拍手が会場に響く。礼をガリウスと会場にし、再び彼は口を開く。
「楽しい時間もいずれ終わりがくる、今宵もそうだ。また皆と楽しい時間を過ごせることを心から待ち望んでいる。では解散!」
ガリウスの挨拶が終わり、再び大きな拍手が鳴り響く。ひとりずつ壇上にいるガリウスに挨拶をしていき、やがて俺とレクトルの順番になる。
「本日はお招きいただきありがとうございました。ガリウス侯爵」
「こちらこそきてくれてありがとう、"葬儀屋"殿も忙しいというのによく来てくれた」
「とても楽しい時間を過ごせました、感謝致します」
「それは良かった、イデオン伯爵は余程"葬儀屋"殿のことを気に入ったらしいな」
「少々お恥ずかしいですが手を焼いております」
「まぁなにかしてくるというわけでもなかろう、もう時間も時間だ。気をつけて帰れよ。レクトル子爵もまた今度ふたりで話でもしよう」
「楽しみにしております、ガリウス侯爵」
二人で礼をし、会場を後にする。外に出るとケイルが甲冑の音を鳴らさず静かに着いてきた。凄まじい身のこなしだ、無駄のない動きに綺麗な足さばき、相当の実力者だろうと実感する。
馬車が来るのを待っている間、俺はケイルと少し話した。
「手合わせの件ですが、いつになさいますか?」
「直近で当直のない日は…明後日になりますね」
「私も空いているのでその日にしましょうか、手合わせの場はどちらで?」
「それだったらうちの庭でやれ、ここほどの広さはないが手合わせくらいならできるだろう」
「感謝します、では明後日にお伺いします」
「えぇ、楽しみにしております。レクトル様、ご配慮いただきありがとうございます」
「気にするな、俺も気になっていた。だが噴水は壊すなよ?」
「もちろんです、亡きお父上の気に入られた噴水を壊す訳には、それとお庭のお花も」
「ハッ、そうだな。馬車が来た、帰るぞ。マグナも泊まっていけ、もうこんな時間だ」
「いえ、もう既にお世話になってる身。もう帰ります」
「遠慮などしなくていいぞ、俺とお前の仲だ」
「いえいえ、少し一人で休みたいというのが本音でございまして」
「そうか、では気をつけて帰れ。宿まで送らなくて大丈夫か?」
「はい、それでは本日はありがとうございました」
「ご苦労だった、ではな」
レクトルとケイルが馬車に乗っていき、俺は一人で夜道を歩いた。精神的な疲労がどっと肩にのしかかり、足は未だに痛い。けれど確かな満足感と進歩の感触が心をいっぱいにした。貴族エリアである北区を後にして、俺は見慣れた西区に戻ってきた。今は宿に戻ってとにかく眠りたい、人の少ない通りを歩き宿までもう少しというところで見覚えのある気配が後ろでした。
黒い霧を身に身を包み、注視し続けなければ霧散してしまうかのような雰囲気をまとったやつが四人。二度目の"盲目な狩人"の襲撃だった。