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#28 目線の中で踊る。

ユーヴァス家の家紋が彫られている馬車の扉を開けてもらい、レクトルに手を添えられながら馬車に乗る。護衛は一人だけ馬車に乗っており、初めて顔を見る。女性だったのか、長い金髪を後ろで纏めている。


「似合っているぞ、マグナ」

「どうもありがとうございます、レクトル様もいつもに増して凛々しいお姿で」

「世辞はいい、約束は忘れていないだろうな?」

「えぇ、私はこれよりレクトル様以外の貴族を全て無視します。ですがこれだけはご留意を、私の目的はやつらの情報を手に入れること。もし有用な情報が聞こえた場合、私はそちらを優先します」

「分かっている、"葬儀屋(アンダーテイカー)"の名前を存分に発揮してもらうぞ」


いつもよりピシッと決まった青い服を着て腕を組むレクトル。なんだか緊張しているな、俺もレクトルも。

無言の間が馬車に流れる、沈黙を破ったのは護衛の騎士だった。


「…マグナ様の噂はかねがね聞いております」

「それはどうも」

「ですが今はどちらかというと上品な淑女といった印象を受けます」

「…どうもありがとう?」

「もし宜しければですが、今度一手手合わせお願いできないでしょうか?」

「おいケイル、貴様俺の客にケチをつけるのか?」

「いえレクトル様、私は騎士。仕える主人の顔に泥を塗るつもりは一切ございません」

「では何のつもりだ?」

「ひとつの武道を歩むものとして、強者と手合わせしてみたいのです」

「…はぁ、最近やたら浮き足立っていたのはそういうことか?マグナがいいならいいんじゃないか?」


ふむ、俺としても無料で稽古にありつけるというのならば断る理由もない。どんな人間であれ、自分が今どの程度の実力を持っているか気になるものだ。


「断る理由がありません、是非手合わせしたいですね」

「本当ですか!?では日程を決めましょう、どの日が空いておりますか?」

「ケイル、その話は一旦後だ。着いたぞ」


馬車が止まり、窓の外を見ると大豪邸がその主張を激しくして存在していた。業者が扉を開けて、レクトル、俺、ケイルという騎士の順番で降りる。大きな百合の花と燕が彫られた門扉の前には二人の黒服が腰に剣を携えて立っていた。


「レクトル・ユーヴァス子爵だ、ガリウス・ドリグロス侯爵殿に招待され参った」

「ユーヴァス様、お待ちしておりました。お連れの方は例の?」

「そうだ、通してくれるな?」

「ボディチェックを念の為させていただきます。失礼します」

「あぁ気にするな、卿らも大変だな」

「いえいえ、お気遣い感謝します。ユーヴァス様、どうぞお入りください」


レクトルがボディチェックを難なく通り過ぎ、門扉を潜る。次は俺の番だ。


「"葬儀屋"マグナです、レクトル様にご招待いただき、参りました」

「お待ちしておりました、ガリウス様も心待ちにしていました。失礼ですが、女性にもボディチェックはさせていただきます。お荷物の中身を確認しても?」

「かまいませんよ」


俺のハンドバッグを受け取り、中身を確認する。鉢金と黒革の鞄を見て武器がないことを確認する。


「こちらのポーチの中身は?」

「化粧道具です」

「ふむ、では次にボディチェックに移らせていただきます。腕を水平にお上げしていただいてもよろしいですか?」


俺が腕を水平に上げ、黒服は失礼しますと一言言ってボディチェックをする。足を下から触ってやがて"芍薬"に触る直前まで来る。だがそれより上に行くことはなく、無事に通ることが出来た。


「どうぞマグナ様、どうぞお入りください」

「どうもありがとう」


ハンドバッグを受け取り、門扉を潜る。門の中の庭はとても広く、通路の左右には大きな噴水が置いてあり、近くにある花畑にはアフタヌーンティーを楽しむためなのか東屋が立てられており、貴族間の格差を少し感じる。執事が扉を開け、中に入り案内される会場に向かう。俺たちの足音が廊下に響き、やがて光の漏れる扉の前に到着する。

扉が開かれ、中に入る。会場内では音楽隊がクラシックのような曲を奏でながら紳士淑女が各所に置かれている机の周りで談笑を楽しんでいた。少し高い位置に置いてある椅子に座っているあの男が恐らくガリウスという人物なのだろう。髭を蓄え、グラスを傾けている彼が俺たちが入ってきたのを確認すると手招きをしてくる。レクトルに手を引かれ、壇上まで向かう。

途中何人もの男と目が合い、微笑まれる。届きそうで手が届かない高嶺の花を演じようと思い、微笑み返す。それがどうも致命的な一撃だったらしく、男たちは少し照れくさそうにしていた。

やがて壇上の近くまで来たところでガリウスは立ち上がり、大きく声を上げた。


「待っていたぞ、レクトル殿に"葬儀屋"殿!」

「本日はお招き頂いた上に、来客を歓迎してくださりありがとうございます。寛大な御心に感謝いたします」

「"葬儀屋"と申します、本日は私のようなものをこんな素晴らしい場に招いてくださりありがとうございます」

「良い良い、今日は好きに楽しんでいってくれ」


会場内が少しざわつき、全員が俺たちに釘付けになる。ここからが正念場、いかに情報を取るか。今後が懸かっている、なるべく印象良く、けれどレクトルを通さなければ話すらできない高嶺の花であり続けなければ。レクトルはガリウスとまだ話があるようだったので俺は頭を下げて会場を歩く。

給仕からグラスをひとつ受け取り、周りを見渡す。全員俺に注目しているな、ひとまずは上々だ。やがて一人の男が俺に話しかけてくる、身なりはレクトルより上等。伯爵か?


「噂の"葬儀屋"か、想像より美人だな」

「…どうも」

「ふむ、無愛想だがまぁいいだろう。あとで俺の家に来ないか、それなりにもてなせるが」

「お断りします、そういった話は受けておりませんので」

「な…」

「では私はこれで」


そういう話は微塵も求めていない、俺が求めているのは情報だけで夜の誘いなど誰であろうとお断りだ。

奥歯を噛み締めて不服そうな顔をする男を尻目に女性が集まるテーブルに向かう。


「あら、噂の"葬儀屋"さん」

「お初にお目にかかります、淑女の皆様」


会話の中心にいた一番目立つ彼女に声をかけられ、ドレスの端を持ち上げ片足を上げて礼をする。女性は話好きだ、それは前世でもそうだし今世でもそうだ。まして娯楽のほとんどないこの世界では女性はいつでも話題に飢えている。


「あらあら、礼儀正しいのね」

「とんでもございません、本物のレディを前にしては私など」

「ふふ、お上手ね」

「私は男連中などとあまり話したくありません、少々お隠れさせていただいても?」

「貴女のような方なら大歓迎ですわ」

「ご配慮いただき感謝いたします。私のことは"葬儀屋"ではなくマグナとお呼びください」

「私はモニカ・ドリグロスと申します。そのドレスお綺麗ね」


願ってもない幸運だ、いきなり侯爵夫人と話ができるとは。笑顔が漏れる、まずいな。ポーカーフェイスを維持しろ。


「ガリウス侯爵のご夫人でしたか、これはとんだご無礼を。貴族社会には未だ疎く己の無知を恥ずるばかりです」

「いえいえ、貴女は冒険者なのですから仕方の無いことですよ。ところでユーヴァス様とはどういった関係でいらっしゃるの?まさか恋人?」

「まさか、友人といったところです」

「ユーヴァス様も中々顔の広いお方ですからね」

「はい、ですので今後は私になにか御用がありましたらレリウス様を一度お通しいただけると幸いに存じます」

「ガリウス様にもそうお伝えしておきますね、貴女紅茶はお好き?」

「未だ茶葉の類には疎いですが、ティータイムは大好きです。美しいレディと一緒ならば、尚のこと」


よし、このパーティーでガリウスの次に影響力のある人物に気に入られたのは幸いだ。彼女がガリウスに話せば俺と話したいならレリウスを通すというマナーが広まる。しかも噂好きの夫人界隈にも俺を深く潜り込ませた。あとは何度か茶会に参加すれば俺に情報が全て集まる。レクトルの方も上手くやっているようだな、ガリウスと小難しい話をしているのだろうが所々で互いに笑っている。含みのある笑みではない、会話を楽しむ笑みだ。


「あらあら、本当にお口が上手ですね」

「くだらない世辞は好まぬ性格でして、私は真実しか言いません」

「本当かしら、そういって売り込みにくる商人は何度も門を叩きに来たわよ?」

「世辞を言えば儲かるのが商人ですが、世辞を言えば死ぬのが冒険者ですので」

「流石は"葬儀屋"ですね、では今回は信じてみましょう」

「何度でも、私はドリグロス侯爵夫人をお褒め致します。美しいものには美しいと言わねばいずれ枯れてしまう、自信を失って頭を垂れる百合は誰も見向きをしませんから」

「だから賞賛というお水を分けてくださるの?」

「世辞は炎、一時的に光で美しく見えるまやかしですからね」

「貴女とお話するのは楽しいですね、では今度私の茶会に来てくださる?」

「私に御用があるならばレリウス様をお通し下さいませ。これは独り言ですが、私でよければいつでもと、零しておきます」

「これは失礼しましたね…ふふ、独り言大きいのね」

「なんのことでしょうね?」


ここらが潮時か、次の予定もセッティングしつつ印象にも残った。あとはもう少し話したいという欲望を引き出すだけ、今会話から抜ければ俺とさらに話したくなるはずだ。俺の価値をここで上げきる。

半歩下がり、もう一度礼をする。


「では私はこれで、お話出来てとても楽しかったですドリグロス侯爵夫人」

「もう行ってしまうのね、私も楽しかったですよ」


モニカと分かれ、俺は婦人グループを後にする。さて、侯爵夫人と話して茶会まで予定を立てる俺の価値は高いだろう?そんな俺を男どもは放っておくわけが無い、ほらこい。このパーティーの主役は俺だ、全部奪ってやる。

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