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#27 化粧という魔法。

店を後にし、宿で少し眠ろうかと考えてながら歩いている最中そういえばガレウス侯爵とやらの家が分からないことに気づいた。そういえば聞いてなかったな、せっかく空いた時間だし家の場所を探しておかないと。いや、途中で貴族と接触してしまったらまずいか?レクトルに直接聞いた方が早そうだ。

…あいつの家も俺は知らない、あぁクソ。結局歩き回って探さないといけないのか、貴族に話しかけられないから骨が折れるぞ。

俺は貴族の居住区に向かう、この街は王城を中心に大まかに四つ区分されている。俺が主に行動しているここが西区の商業エリアだ。貴族の住むエリアは専用の北区。遠いが東区の第二商業エリアほどじゃない。急いで北まで走る、あぁクソ、人が邪魔だ。屋根に飛び乗り全速力で駆ける、誰もいない道というのは心地よく、こんなにも動きやすいのかと実感する。なんとかして北区にたどり着き、貴族の居住区に足を踏み入れる。先程までの喧騒は打って変わって、閑静な住宅街で俺の荒い呼吸がよく聞こえた。とにかくレクトルの家を探さなくてはならん。

静かな街を走り、標識を見る。レクトルは発言力を求めていたところを見るに階級は下、子爵か男爵がいいところだろう。俺は多分運がいい方だ、人に恵まれ、力に恵まれ、環境にも恵まれていた。だからきっと見つかる、十字路を曲がろうとした瞬間衛兵と目が合う。走り回っている俺を不審に思ったのか俺の元に駆け寄ってくる。訂正だ、俺は運が悪い。


「失礼、随分とお急ぎのようですがお名前をお聞きしても?」

「マグナだ」

「…姓をお聞きしても?」

「ない」

「ふぅむ、ではどこかの従者とか?」

「…レクトル様の知り合いだ、要件があってここに来た」

「怪しいな、ちょっと詰所まで来てもらえるかな?」


まずいな、ここで時間を奪われる訳には行かない。それにレクトルと知り合いだなんて証明する手段はない。もし衛兵がレクトルに連絡を取り、俺の目的が達せられようと貸しを作ることになる。それはだめだ。


「すまん、それはできん」


俺がそう言った瞬間警戒したように剣を抜く衛兵。振り切ることは簡単だ、だが顔は割れているし悪目立ちするのは良くない、当然衛兵に手を上げることもできん。詰んでいるな、これは。

手詰まりを確信し、次に打つ手を考えていると馬車が通った。豪華とまではいかないが街に通る馬車とは違い丁寧な細工をされた馬車が通る。茨が巻きついた盾の家紋が彫られている扉の窓を開けて茶髪の男が顔を出す。


「マグナ、そんなところでなにをしている?」

「レクトル様!」


やはり俺は運がいい、レクトルがたまたま通りかかるなんてとんでもない豪運だ。


「ユーヴァス様、こちらの方とお知り合いなのですかな?」

「そうだ、お前もご苦労だったな。下がっていいぞ」

「はっ」


衛兵が剣を納め、礼をして下がっていった。俺は馬車に乗るよう手招きをレクトルにされて乗り込む。中には護衛が二人おり、レクトルを挟むように座っていた。反対側の席に座り、ちょうど真正面に顔を合わせたところで口を開く。


「で、マグナ。なにをしているんだ?」

「ガレウス侯爵邸をお聞きし忘れていたのでレクトル様を探していたのです」

「あぁ、そういえばあの時伝え忘れていたな。それは苦労をかけた」

「いえ、私が忘れていたのでどうか謝らないでください」

「しかし"葬儀屋(アンダーテイカー)"かもしれない人が走り回ってるなんて噂を買い物から帰ってきたメイドから聞いた時は心臓が飛び出るかと思ったぞ」

「ご足労をおかけして申し訳ありません…」

「まぁいい。折角だ、社交界の時間までうちで休んでいけばいい」

「いえ、そこまでお世話になる訳には」

「もう一度お前を探して迎えに行く手間を考えろ。家にいてくれる方が楽なのだ」

「迎えに…ですか?」

「あぁ、どこの世界にレディを歩いて社交界に来させる馬鹿がいるんだ」

「…なるほど、ではお言葉に甘えさせていただきます」

「気にすんな、お前は今回の主役だ。みんな楽しみにしていたぞ」


道路が舗装されているからなのか、馬車が良い奴だからか分からないが大した揺れを感じることもなく目的地まで辿り着いた。

大した貴族じゃないと踏んでいたがやはり貴族は貴族だな、そこそこ大きい二階建ての屋敷と小さな噴水とガーデニングが施された綺麗な花々が目立つ庭くらいはあった。門が開かれ、馬車の扉が開けられる。綺麗に並んだメイドや執事に出迎えられ、レクトルの後を俺は追った。片眼鏡をかけた老人の執事がレクトルに尋ねる。


「お帰りなさいませ、レクトル様。そちらのご婦人は件の"葬儀屋"様ですかな?」

「俺の客人だ、丁重にもてなせ。しばらく個室で休ませてやりたい」

「かしこまりました、第一客室が空いておりますのでそちらにお通しします」


二人のメイドが扉を開けて中に入る。赤い絨毯が敷かれ、大きなシャンデリアが吊るされている。中央には螺旋階段があり、どちらも左右で別れていた。レクトルは執事と護衛を引き連れて一階の右側の通路を歩いていく。


「それではな、俺は公務があるからここで行くぞ。部屋で適当に休んでおけ、時間になったらメイドが起こす」

「ご厚意感謝します、それでは」


俺はレクトルに頭を下げ、メイドと共に階段を上る。二階の左側の通路を絵画に睨まれながら歩き、階段に最も近い部屋に通される。扉には第一客室と書いてあった。


「ではマグナ様、こちらでごゆっくりお休み下さい。なにか必要なものがあれば机の上に置いてあるベルをお鳴らしください。社交界のお時間になりましたら起こしに参ります」

「ありがとう」

「いえ、それでは」


腰エプロンの前で手を揃え、綺麗なお辞儀をしてメイドは去っていった。本物のメイドってあんな感じなのか、思っていたよりずっと社会人って感じだ。

いや当然といえば当然なのだが俺の知ってるメイドは美味しくなる魔法をかけるくらいしか仕事がないものだから少し驚いたな。

部屋はとても綺麗に整頓されていた、ベッドのシーツはピシッと揃えられ、机の上に置かれている花瓶や壁にかけられている絵画など装飾品の類はどれも高級そうだ。割ったらどれくらい請求されるのだろうか、少し邪な考えが浮かんでしまうがすぐに振り払う。

鞄を机の上に置き、ローブを椅子にかけてベッドに寝転ぶ。ふかふかだ、俺が今まで使ってきたどのベッドよりも優れている。前世では薄っぺらいマットレスで寝てたし、今世ではいつも安宿だ。疲れていることも相まって少し寝てしまった。

しばらくして体を揺すられ、目を覚ます。メイドが起こしに来てくれたということは社交界の時間か、気付けば部屋の中は暗くなっており、窓から射す月光のみが部屋を照らしていた。


「ん、時間か…」

「はい、おはようございます」

「あぁ、ありがとう。着替えるから少し部屋の外で待っててくれないか」

「いえ、お手伝いします」

「…?」

「?」


何を言っているんだ、俺を赤ん坊かなにかかと勘違いしているのか?それともよく映画で見る貴族がメイドに着替えさせているのは本当だったのか?


「着替えくらいひとりでできる」

「お客様のお手を煩わせる必要はありません」

「…そうか、では頼む。ドレスとかのに必要なものは全部自分で出すから少し待っていてくれ。鞄の中は見せたくないのでな」

「かしこまりました」


メイドに差し伸べられた手を取り、ベッドから起き上がる。この生活を続けていたら一人で生活できなくなるなと思いながら鞄から必要なものを取り出す。明らかに鞄の容量を超えて出てくる荷物にメイドは黒い目を見開いていた。


「付与魔術でしょうか?」

「そうだ」


ドレス、ハイヒール、眼帯、手袋、小さな鞄を机の上に出すとメイドはテキパキと俺の服を脱がし始める。

シャツのボタンを外し、慣れた手つきで防具も外し始める。


「お腹の傷、大丈夫でしょうか?」

「気にするな、もう治っている」

「かしこまりました、もう少し腕を上げてもらえますか?」


気づいたら黒いドレスを着ていた、最早職人技だなこれは。黒いヒールに足を通して足首を小さなベルトで止める。手袋を嵌めて最後に鉢金を外そうとしたところだけは制止する。


「後ろを向いておいてくれ」

「お手を煩う必要は…」

「見られたくないんだよ、あんまり気分の良くなるものでもない」

「かしこまりました」


メイドが後ろを振り向いたので俺は鉢金を外し、代わりに布の造花が施されたシルクの黒い眼帯を付ける。頭の後ろでボタンを留め、軽く頭を振る。違和感は無いな。

脱いだ服や防具、ベッドの近くにかけておいた武器を鞄にしまい、今のうちに"芍薬"を右足の太ももに装備する。ドレスで隠れて見えないだろうし、ボディチェックの類があったとしてもここまでは見ないだろう。


「いいぞ」

「大変お似合いにございます、気品に溢れ上品さの中に可憐さが垣間見えます」

「大袈裟だ、準備は出来たしそろそろ行こう」

「お待ちください、お化粧がまだにございます」

「…化粧品は持っていない」

「備え付けのもので良ければありますのでどうかドレッサーにお座り下さい」


案内されるままドレッサーに座らせられ、俺は化粧を生まれて初めてした。肌に当たる化粧品や口紅の感覚が少し屈辱的だった。

化粧が施された俺の顔は見違えるほどに変わった。鏡の前に手を合わせ、驚愕する。


「これが…私か…?」

「大変お綺麗になられましたよ、これで準備は滞りなく終わりました。社交界、お楽しみくださいね」

「あ、あぁ。色々とすまない」


金の留め具がついた小さいハンドバッグに黒革の鞄と鉢金を入れ、俺はメイドと共に部屋を後にする。螺旋階段を降りて、案内されるまま馬車に向かう。確実に情報を取る、関係者を洗い出して必ず辿り着いてみせる。大きな月が俺とメイドを照らし、ハイヒールがぶつかる音が庭に響いた。

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