#24 人間の武器。
なにも出来なかった、先程殺した男の元へ降り立ち死体を漁ろうとしてみたが綺麗さっぱりなくなっており完全に情報が遮断されていた。ズキズキと腹が痛む、あの黒い粒子の力を使ったためか節々が痛む。
黒い粒子を纏い、思い通りの最適な形へ変形させる技。未だにその全貌は把握出来ていない。それにあの白髪の男は何者なのだろうか、あの速さにはどんなカラクリがあるんだ?唐突に現れ、唐突に消えたのはどの魔法だ?現れたことも消えたことも認識できなかった。もっと知識がいる、自分の力を知り、相手の力を分析するための知識が。
路地を抜け、宿に戻る。少し遅い時間だがそれでも少女は待っていた。確か名前はセナ…だったか。
「あ、おかえりなさい!」
「ただいま、すまんが今日は食事はいらない」
「それは大丈夫だけど…大丈夫?ボロボロだよ?」
「気にするな、少し大きな壁にぶつかっただけだ」
「ドジなんだね」
そういう訳では無いのだが…だが確かに傷は痛む。部屋に戻って治療しなければ。セナと別れ、階段をのぼり部屋に入る。服を脱ぎ、殴られた腹を見る。青黒いアザができ、少し触るだけで痛みが走った。
『微癒』の魔術をかけつつ、今後の方針を練る。幸い明日は時間がある、次にいつ襲撃があるか分からないがそれまでなんとかして知識を得ないといけない。朝になったら本屋に行き、片っ端から魔法の本を買おう。あとは人のいないところであの力を使って何ができるか再確認しなければならないな。
ひとまず今日は寝てしまおう、確実に殺すために精進しなければ。俺は服を脱いでベッドに倒れ込み、意識を手放した。
同時刻、白髪の男は部下の死体を処理し、街を駆けていた。考えていたのはあの女、"葬儀屋"をどう報告するか。通りを歩くもだれも男に気付かない、通りの脇道に入り裏路地の更に奥の何も無い空間で男は口を開く。
「我らは盲目、されど我らは狩人。遍く獣を狩りとり、我らの糧とせん」
合言葉を唱えると壁にかけられていた認識阻害の魔法が一時的になくなり、扉が現れる。地下に進む階段をゆっくりと降り、男の歩く音だけが暗闇に木霊した。しばらく歩き男は再び扉を開けて部屋に入る。中にいるのは男も含めて五人。どうやら男を待っていたようだ。
「お待たせ、少し遊んでたら遅れちゃった」
「遅い、時は金なりという言葉を知らんのか」
「うっせぇ〜、僕より弱いんだから少し黙っててよね」
一番手前にいる黒い霧を通り過ぎ、自分の席に座る。机を囲い、椅子に座る五つの黒い霧。幹部は各々の顔を知らない。まだ先程やられた傷が痛むのか少しイライラした様子で机に突っ伏した。
「全員揃ったな、定例会議を始める。まず最初に"葬儀屋"の件はどうだった」
「大して強くない、別に脅威じゃないから放置でいいんじゃない?」
「ふむ、殺すにしても優先度は今のところ低いか。やり合うことになったらお前に行ってもらうぞ」
「いいよ〜」
白髪の男にとって退屈な時間が流れる、頭の中にあるのはこの時間が早く終わればいいということ、次に楽しめるものについてだった。
勢いよく扉が開けられ、セナが部屋に入ってくる。俺が起き上がり、布団がめくれると顔を赤くして扉を閉める。
「す、すいません!」
「何を謝っている、起こしてくれてありがとう。すぐに向かうと伝えておいてくれ」
「は、はい!それでは!」
ドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえる。朝から随分と元気な娘だな。瞼を擦りながらベッドから降り、服を着る。今日は本屋や図書館を見て回らなければいけないな、街の外に人気のない広い場所はあっただろうか。準備を終え、階段を下りる。
「お、おはようございます!」
「おはようセナ、どうした?まだ顔が赤いぞ」
「いえ、その裸を見ちゃってごめんなさい!」
「気にするな、別に減るものでもない」
「うぅ、でも〜」
胸の辺りで手を合わせ、もじもじと恥ずかしそうにするセナ。その後ろから朝ご飯を持って出てくる店主が怒った声で言う。
「こらセナ、ノックをしなさい」
「ごめんなさい…」
「ほんとすいません、うちのが迷惑かけてしまって」
「気にしないでくれ」
食事を受けとり、受付の近くにある机で口に運ぶ。ベーコンエッグとパンか。シンプルで軽く腹にたまり、かつ美味しい。優れた朝ごはんだ。
手早く朝食を済ませ、空になった皿を店主に返す。
「ごちそうさま、美味しかったぞ」
「ありがとうございます、今日もどこかに用が?」
「本屋に行こうかと」
「なるほど、勤勉ですね」
「そんなことないさ、生きるために必要だからするだけだ」
いってらっしゃいと二人に挨拶されながら宿を出る。周りには誰もいない、どうやら朝早くから命を狙ってくる勤勉なやつらというわけでもなさそうだ。
宿から少し歩き、大通りに出る。おそらく雑貨を扱っている方の通りに本は売ってあるだろう、ひとまず歩いて見て回らないといけないことに変わりはないな。
様々な色の屋根が並び、虹みたいになっているその通りは雑貨を多く取り扱っており日用品から付与魔術が施された品々や何に使うのか分からない道具など多く売っており、道行く人々も実に多種多様だった。歩くだけでも楽しく、目に映るものが新鮮で好奇心が収まらなかったが今はともかく本を探すのが先。
大きな本屋に辿り着き、中に入る。紙の匂いが立ち込め、虫食いを防ぐ薬品の匂いも微かにする。日焼けを防止するために店内は薄暗く、四隅に金属が取り付けられたものや黒革の留め具が付いてるものなど様々な装丁が施された本が所狭しと本棚に並べられていた。
店主は「いらっしゃい」と一言小さく呟き、カウンターで一人本を読んでいた。前世でも本の類は好きだったがこうもワクワクする本屋に出会ったことはなかったかもしれない。
伝記や創作、レシピ本から魔物の考察のような学術的なものまで様々な本がジャンルごとに分けられており、探すのも非常に簡単だった。魔法の成り立ち、使い方、闇属性についての基本的な知識、個人的に気になった伝記のところに置いてあった魔王についての本。
これらの計四冊の本を会計に出し、鞄に入れた。四冊で結構な額になったため少し驚いたが印刷技術も製紙の技術もまだ革新的なものはないのだろう。
図書館はいくら探しても見つからなかった、街で運営してるものは無いのだろうか。そういえばセナもまだ小さいのに学校に行っている素振りはなかった。街の設備が完備されているわけではないのだな。
ところで本屋の帰りに寄るところといえば決まっているだろう、喫茶店だ。幸い本屋からあまり離れていないところに喫茶店があったので入ることにした。テラス席では女性が楽しくお茶会をしており、傍では子供が退屈そうにしている。扉を開けて入るとまずコーヒーの匂いがした。良かった、この世界にもコーヒーはあったのだな。中もそれなりに人がおり雑談を楽しむ老夫婦やペンと紙を持って頭を抱える人などみな思い思いでコーヒーブレイクを楽しんでいた。
適当な席に座り、給仕を呼ぶ。白いフリルがついた腰エプロンをつけた優しそうな女性が注文を聞いてくれる。
「コーヒーひとつ」
「かしこまりました」
机の上に置いてある灰皿を手前に寄せ、シガレットに火をつける。買ってきた本を机の上に乗せ、一冊手に取る。魔法の成り立ちについて書かれた本のページをめくり、内容を読む。
異世界の書物というのはなかなか趣があり、手書きで書かれた癖のある文字を見て作者に思いを馳せた。
届いたコーヒーを一口飲む、案外いける。深煎りのキリマンジャロのようなコクと苦味があり、本の相方としてはこれ以上ないものだった。
さて、久しぶりの読書だ。人間の武器、紡がれた知識を吸収する時間だ。