#23 獲物がかかった。
レクトルが少し考える素振りを見せて再び口を開く。
「俺にとってはやる価値のある可能性の話だ。だがお前にとってそこまで社交界は魅力的に映るのか?」
「正確には社交界に流れる情報に興味があります」
「情報?」
俺は頷き、"盲目な狩人"について話す。
「"盲目な狩人"という組織についてご存知でしょうか?」
「知っているに決まっているだろう、この綺麗な王都に巣食う病原菌そのものだ」
「私はこの組織を潰したい、ですが彼らはなかなか尻尾を出さない。ならば情報を集め、足跡を辿るのみです」
「俺が"盲目な狩人"の関係者でなくて良かったな、そんなことバレたら確実に殺されるぞ」
「私は自ら餌となり、彼らを引き寄せたい。それに貴族のみ持つ情報というのもあるでしょう、それに価値がある」
「やつらは手強い、それにやつらの客には貴族もいる。もちろん誰もそんなことは口に出さないがこの国の腐敗し切った中枢にはやつらの魔の手が根深く入り込んでいる」
「ならば利害は一致ですね、私は"盲目な狩人"を壊滅したい、レクトル様は腐敗を正し変革を起こしたい。レクトル様、私と手を組みましょう、互いの目的のために」
「…いいだろう。明後日の夜、ガレウス侯爵邸で社交界が開かれる。ありがたいことに俺も呼ばれているしガレウス侯爵には俺から何とか話をつけよう」
「分かりました。ではレクトル様、これからも末永くお願いします」
「あぁ」
机の上で握手を交わし、俺たちは契約を結ぶ。今回は俺が最初から有利だったからなんとかなったがこれからこういう舌戦の百戦錬磨どもも相手にしなければならないかもしれないと考えると頭が痛むな。
目的は達した、あとは適当に時間を過ごし折を見て帰るだけだな。優雅な音楽が流れ、運ばれてくる小さな料理をつまらん相手と食べる食事というのはこんなにも苦痛なのだな。レクトルも望みが叶い、あとに話すことなど互いになかった。食事を全て食べ終え、給仕が会計書を出す。金貨を取り出そうとする俺を制止し、レクトルが全て払ってくれた。
案内されるままに荷物を受け取り、最後まで深々とお礼をする給仕を横目に外に出る。
「ご馳走ありがとうございます、わざわざ払っていただいて申し訳ないです」
「気にするな、食事は男が奢るものだ。では気をつけて帰れ、社交界楽しみにしてるぞ」
「はい、ではお気をつけて。」
レクトルと別れ、宿に戻る帰り道を歩く。鞄にしまっていた二つの魔剣を定位置に戻して人混みに混ざる。先程よりかは多少人通りも少なくなってはいるがそれでもやはり人は多い、雑踏を踏み抜く音と喧騒が鼓膜を揺らす。
俺の泊まっている宿はこの大きな通りから少し外れたところにある。当然人は減り、だからこそ分かる。ふむ、後をつけられているな。網にかかったか?路地裏に誘い込むか。
宿のある通りから脇道に入り、光がわずかしか入り込まない裏路地を歩く。俺の革靴のソールが地面とぶつかる音がカツンと響く。後ろを振り返り、"凶星"を抜く。
暗闇の中から二人の男が現れる、胸にあの紋章を刻んだ男が。殺意が溢れる、ようやく見つけた。
「お前だろ、俺たちを嗅ぎ回ってる"葬儀屋"っていう冒険者は」
「命知らずの馬鹿が、"葬儀屋"だかなんだか知らねぇが」
「黙れ」
二人の男が口を開くがこいつらの話なんか聞きたくもない、路上にヒビが入るほど踏みしめて"凶星"を振りかぶる。一人はそのまま真っ二つになり、もう片方は片腕を切り落とし、胴体に届く寸前ギリギリで後退する。上半身と下半身が泣き別れになった方の男は声も挙げず瞳孔が開く。鮮血が、噴水のように下半身から飛び出し力なく膝から倒れた。床には血溜まりができ、月が映った。"凶星"についた血を振り払い、僅かに差し込む月光の下で俺は片腕を抑えて床に座り込む男に問いかける。
「拠点はどこだ?」
「…答えない」
「貴様らの仲間に『水斧』を使う魔法師はいるか?」
「…答えない」
「じゃあ死ね」
剣を素早く振り下ろし、鮮血が飛び散る…はずだった。気づけば男はそこにおらず、俺は壁を剣で斬り付けていた。慌てて周囲を確認すると、男は既に逃げ出しており行く手を阻むように白髪の男がポケットに手を入れて立っていた。着ている服に紋章は見えないがこいつも恐らく仲間だ。
「そこをどけ」
「無理無理、だってお前あいつ殺そうとしたじゃん」
「お前も"盲目な狩人"の一員か?」
「僕はねぇ、幹部」
ポケットから片腕を出し、手の甲を見せてくる。そこにはあの紋章の刺青が入っていた。男の元へ行こうと地面を踏み締めた瞬間、男が俺の前に移動していた。慌てて防御の姿勢を取ろうとするも気づいたら俺は空に浮いていた。鈍い痛みと衝撃が体に走る。俺を見上げる男が再び俺の懐に入り込み、拳をめり込ませながら呟く。
「折角だし広く使おうよ」
あっという間に急降下して俺は建物の屋上にぶち当たる。衝撃を和らげ、なんとか建物の中まで貫通することはなく、転がり込み息を整える。ようやく見つけた、クソ野郎ども。怒りが込み上げ、あの時のように真っ黒いなにかが俺の脳みそを塗り潰す、再び撃鉄が起こる音が脳で弾けた。
立ち上がり、黒い粒子が俺を纏い始める。出し惜しみも、加減もしない。"鬼灯"を右手に持ち、二刀流で構える。空中に浮かぶ白髪に向かって"凶星"を全力で投げ飛ばす。こいつの新しい能力は地上に向かっては打てない。空中に投げた"凶星"が四つに分裂し、凄まじい音を出しながら白髪にぶつかる。前までこいつは孤独な墜落した星だった、だがそれでは足りないと感じたのか、流星群として墜落するように進化した。その全てが俺の意のままに操ることが可能で、多対一をよりスムーズに行えるようになった。
ぶつかった衝撃と音はなった。空中で大きな爆発が起こり、衝撃波がここまでビリビリと響いてきた。一瞬見えた白髪を捉えてそこまで全速力で向かう。あの時のように最適な形で。空中に飛び上がるもやつはもういない。逃がしたか?いやそんなはずは…
「めちゃくちゃキレてんじゃん」
「クソ野郎…!!!」
白髪は既に俺の背後を取っており、後ろを振り返る。無傷とまでは行かないがあの状況でなお平然としていた。竜を穿ったあの攻撃三回分だぞ…なぜ大したダメージが入っていないんだ?
「なにその翼、かっこいいね」
「殺す…!!」
"凶星"を左手に戻し、吶喊する。半回転して速度を増加させ、両腕で魔剣を振りかぶるも男は上半身を下げて回避する。
「割に合わな〜い、じゃあ僕もういくね」
「待て!!!!!」
「ばいばい、"葬儀屋"」
白髪の男は舌を出して悪戯な笑みを浮かべた。慌てて剣を振るも空を切り、最初からいなかったように虚空に消えた。逃げられた、情報も取れず、手も足も出ないまま。
「ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!」
俺の叫びが誰もいない夜空に、月光の中で響いた。悔しさと怒りで頭がおかしくなりそうだった。