#22 交渉という戦い方。
ギルドを後にし、外に出る頃には空は暗くなっていた。しかしそれでも街の灯りは美しく光り続け、表の通りはカトデラルと違いどこまでもはっきりと見えていた。人通りは減るどころか寧ろ増えていて、人混みに揉まれながら歩く。
しばらく歩き、食事処が多く並ぶ通りに出る。人通りは減り、道行く人々の顔は余裕に満ち溢れている。冒険者たちとは違い、綺麗で所々に金の刺繍などが見える豪華な服装に身を包んで歩く彼らは恐らく貴族なのだろう。この通りは貴族御用達の店が立ち並ぶ一等地といったところか、では武器を持って歩くのも変か?
服や身なりは問題ないとあの貴族は言っていたから大丈夫だろうが、武器の類は閉まっておくべきだろう。腰に刺してある"凶星"と"鬼灯"をベルトから外し、鞄に仕舞い込む。仕舞う動作を見られないように裏側の収納口に入れる。太ももに装備してある"芍薬"はいざってときの護身用になるだろうし一応外さないでおこう。
上品な通りを歩き、件の店を探す。しかしどこもかしこも綺麗な通りだ。店は外見もきちんと美しく清掃され、路上にはゴミひとつない。おまけにそこに入って食事をする人々の所作も品がある。ところで俺は前世から今に至るまで食事のマナーや所作といったものを全く学ばずに過ごしてきた。咀嚼音を出さないだとか食器の擦る音を出さないだとかの最低限のマナーはあるがそれ以上のものは持ち合わせていない。今になって不安になってきた、俺は上手くやれるのだろうか。できるかぎりの努力をしよう、小手先だけの付け焼き刃になるだろうがやらないよりマシだ。
考えながら歩き続け、通りの中でも一際目立つ食事処を見つける。他の店よりも大きく、かつ扉や窓、階段に至るまで細かい細工が施されこの通りの中でもより上質な店なのだろうと一目見て直感する。看板には"実りの円卓"と書いており、円卓を囲む様々な騎士が食事を楽しんでる絵が描かれていた。意を決して扉の前に立つ黒服の男に声をかける。相手はこんなところを常日頃から使う貴族だ、敬称や言葉遣いには気をつけなくては。
「レクトル様にここに来るよう招待されたマグナという者です。入ってもよろしいでしょうか?」
「マグナ様ですね、お話はレクトル様からお聞きしております。綺麗なお召し物ですね、階段にお気を付けてどうぞ中にお入りください」
「すみません、どうもありがとうございます」
「いえいえ、中に入られたら給仕の者がお席までご案内致します」
「分かりました」
扉を開けてもらい中に入ると天井には大きなシャンデリアが吊るされており、その下で音楽隊が楽器を演奏し綺麗な音色を響かせていた。そしてその周りには取り囲むように綺麗な白い机と椅子が立ち並び、みな一様に食事を楽しんでいる。机の隙間を縫うように綺麗な所作で歩いている給仕の人達も外の黒服と同じような制服に身を包み、背筋を伸ばして堂々と歩いていた。
ギルドの食堂とはえらい違いだ、貴族の利用する店だから当然ではあるが、俺としてはこういうところよりも大勢が楽しんで騒いで食事している方が好みだな。
「いらっしゃいませ、ご予約の方でしょうか?」
「レクトル様に招待されて来たマグナというものです」
「マグナ様ですね、お待ちしておりました。それではお席の方までご案内させていただきます。お荷物の方お預かり致します」
「ではよろしくお願いします」
俺の敬語はちゃんと機能しているのだろうか、不安になりながらも鞄を預け、席まで案内される。昼間に出会った貴族が席で優雅に葡萄酒を飲み、俺を待っていた。机の両端にはカトラリーが綺麗に並べられ、綺麗な白い陶器の皿が置いてあり、レクトルの方には結露が浮かぶ金属の容器の中にボトルが入れてあった。
「レクトル様、マグナ様がお越しになられました」
「時間通りだな、まぁ座れ。飲み物は何にする?」
「では葡萄酒を」
「かしこまりました、すぐにお持ち致します」
レクトルに言われ、ローブを背もたれにかけて席に座る。給仕はぺこりと頭を下げて戻っていき、俺たちだけになる。
「よく来たな、マグナ」
「本日はご招待いただきありがとうございます」
「あぁ気にするな、それにしても随分と礼儀のなったやつだな。元々どこかに仕えていたのか?」
「恐縮です、私はまだ誰にも仕えたことがありません。冒険者ですから。」
「そうか。早速本題だがお前、俺に仕える気はないか?」
ワインをひと口飲み、茶色い髪を靡かせて黒い眼で俺をじっと見つめる。なるほど、どういう腹づもりか知らなかったが俺を手下にしたかったのか。だが俺は貴族だけが知る情報に興味があるだけで誰かに仕える気なんてのはさらさらない。
「それは…身に余る光栄です…」
「そうか、では」
「ですが私は冒険者。お誘いは大変嬉しく思いますがそれでもお仕えすることはできません、申し訳ありません」
「…そうか。噂の"葬儀屋"を護衛にできたら心強いと思っていたんだがな」
「私が"葬儀屋"だとどこで…?」
「今じゃお前の話は誰しも知っている。吟遊詩人がやる歌はどこもかしこも"葬儀屋"関連ばかりだしな」
「それはお恥ずかしいですね」
「何も卑下することなどないだろう、社交界でも度々お前の話が出るほどだ」
よし、俺の狙いは順調だ。貴族が集まる場ですら俺の名前が出るというならば"盲目な狩人"どもの中でも俺のことは耳に入ってるだろう。おまけにそいつが自分たちを探してるともなれば必ず尻尾を出す。まさに理想的な状況だ。
運ばれてきた葡萄酒と料理に口をつけ、俺はさらに深く潜り込むために話をする。
「社交界でもですか?」
「あぁ、だからこそお前が欲しかったのだ。俺が噂の"葬儀屋"を従えてるともなれば一躍名前と顔が売れる。そうすれば俺の発言力も強まると思ったのだがな…あの時どこかのお抱えか?と聞いたのはそういうことだ」
「そうだったのですね…例えば、例えばです。私がレクトル様にお仕えして、その先にレクトル様はなにをお求めになるんですか?」
「…この国の変革」
ナイフで切り分けたステーキをフォークで刺し、レクトルは言う。その瞳には力が込められていた。
「なるほど、変革とは具体的にどのようなことかお聞きしても宜しいですか?」
「駄目だ、そこまでお前に話す義理はない」
それはそうだろう、何処の馬の骨か分からないいち冒険者に思惑を話す馬鹿なヤツなどいるわけがない。だが会話の主導権は取った、レクトルには俺の復讐を果たすための足がかりになってもらおう。
「ではこうしましょう、私は社交界に興味があります。ですがいくら二つ名持ちとはいえただの冒険者、まともな方法では入れないでしょう、そこでレクトル様には私を招待していただきたいのです」
「社交界にお前を?そんなことをして俺になんのメリットがある?」
「レクトル様が欲しているのは力です、そこで私が提示するメリットはその力を与えれるかもしれないという可能性です」
「ほう?詳しく話してみろ」
「分かりました。まず、現状レクトル様以外接触できていない私という存在がどれほど希少かは分かりますよね?」
「あぁ。俺がおそらく一番最初に見つけた。だが"葬儀屋"という確信に至っているのは現状俺だけだろうな」
「ではそんな希少な私が、レクトル様に招待されて社交界に参加した場合は?」
「そこでお前に接触できなければ俺を通じてでもないとお前と再び会話するのは難しいだろうな。この広大な王都ファルムンドでお前を探し出すのは最低でも伯爵以上じゃないと無理だろうな」
俺は葡萄酒を飲み干し、グラスに注ぎながら言う。更に注目を集めろ、確実に取りきる。
「例え探し出されたとしても、社交界で接触されたとしても私は無視を貫きましょう。私が会話する貴族はレクトル様のみに限定します。するとレクトル様には…」
「意中の"葬儀屋"と話すための唯一の手口になる、つまり…」
「レクトル様に新たな価値が付きます、それはレクトル様にとっては願ってもない事なのでは?」
葡萄酒を注ぎ切り、グラスを回す。さぁ食らいつけレクトル、お前は俺の力が欲しいんだろ?俺もだ、お前という社交界への足がかりがほしい。変革だとか、国だとかは俺にとってどうでもいい。お前も用さえ済めばどうでもいい。