#20 剣を抜く。
しばらく街道を突き進み、すっかり空はオレンジ色になっていた。シルファは馬を止めて「ここで今日は終わりです、野営の準備をお願いします」と馬車から降りて俺に言う。野営の準備…思えば野営なんてしたことなかったな。とりあえず薪を探さなければならない、食事はシルファが既に用意してあるようだし早めに薪を大量に確保する必要がある。
辺りを散策し、燃料になりそうなものを片っ端から拾い集める。自分でも思ったより早く足は動き、あっという間に大量に集め終わりシルファの元に戻る。あれだけ動いたというのに息は切れていない。やはり体がかなり強化されているな。
「戻ったぞ」
「あら、かなり早かったですね。もっとかかるものだと思っていたのですが…」
「護衛の私が長く依頼人を一人にしては本末転倒だろう」
「素晴らしい心構えですね、では早く薪をくべて焚き火をつけましょう。ご飯の時間です」
「あぁ」
前世で見た記憶があるが松ぼっくりは良い火種になるらしい。松ぼっくりに火をつけて組んだ薪の中に放り込む。上手く火がつき、勢いよく炎が舞いあがる。鍋を焚き火の上に置き、水や調味料、干し肉を入れて簡単なスープを作り始めるシルファ。ぐつぐつと煮えたぎり始めた頃、焚き火から離して木の皿に盛り付けてパンと共に俺に差し出す。
「あぁすまない、ありがとう」
「いえいえ、それでは食べましょうか」
あたりはあっという間に暗くなり、俺たちは食事を始める。ロッドの料理と比べては元も子もないが、野営食としては大変美味しかった。
「美味しかった、ありがとう」
「いえいえ、簡易的な食事ですいません」
「そんなことはない、料理が得意なのだな」
「あら、嬉しいことを言ってくれますね」
食事の片付けを始め、荷馬車から寝具を取り出し寝る準備を始めるシルファ。俺は逆に立ち上がり眠気を吹き飛ばすために少しだけ体を動かした。パキパキ骨が鳴り、声が漏れる。
「それでは私はもう寝ます。もしなにかあったり眠くなってしまったら起こしてください」
「気にするな、ゆっくり休んでくれ」
「ではお言葉に甘えて。おやすみなさいね」
「あぁ、おやすみ」
床に座り込み、焚き火の弾ける音とシルファの寝息のみが聞こえる。時々吹く風で草が揺れ、激しく炎が燃え盛るがそれくらいで今のところ何も起こっていない。街からかなり離れたはずだが野盗からしたらまだ近いという判定なのかそういった類のものも見えない。静かな、優しい夜だ。焚き火の炎をシガレットに移し、深く吸い込む。そういえばもう残り少ないが買い溜めていただろうか、鞄の中を見るも中に入っているのは着替えくらいでどれだけ探しても目的の物は見当たらなかった。
完全に失念していた、王都まであとおよそ五日。単純計算であと五箱ないともたない計算だ。これはまずいなぁ…シルファが持っていたら売ってもらおう。
大事に大事にギリギリまで吸いきり、焚き火の中に放り込む。
"凶星"を鞘から抜き出し、反射した自分の顔を見つめる。少し隈が目立つか?しっかりと睡眠はとっているはずだが…ストレスだろうか…まぁいいか。どうせ誰かに綺麗に見られたいなんて欲望なんてないしな。
しばらく焚き火をボーっと眺め続けた、途中途中で大きなあくびをするくらいでなにも大変ではなかった。気付けば陽は昇り、シルファが目を覚ます。
「おはようございます、夜間警備お疲れ様でした」
「おはよう、なんてことはない。すぐに出るか?」
「負担になってないのであればすぐに出発したいです」
「分かった、では行こう」
「あ、それと移動中は寝てても構いません。というか寝てください、何かあったら直ぐに起こしますので」
「そうか、ではお言葉に甘えさせてもらう。直感でもなんでもいい、不安要素があればすぐに起こしてくれ」
「分かりました、それではお疲れ様でした。おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
業者台に座り、背もたれに全体重をかけてフードを被り瞼を閉じる。あっという間に意識を手放し、次に目を覚ました時はシルファに肩を勢いよく揺すられたときだった。
「"葬儀屋"さん!敵です!」
「分かった」
その声を聞いた途端一気に意識が覚醒する。フードを外して辺りを見ると既に荷馬車は複数の小汚い男たちに囲まれ、その進行を止めて居た。数は六、そこまで多くない。取り囲んできた男たちは口々にツイてるだの女が二人でどうだのを叫んでいた。あぁ良かった、ちゃんとクズだ。
業者台から飛び降りて剣を抜く。右手に"鬼灯"、左手に"凶星"を握り、周囲を確認。装備は人によって様々だが基本的にボロボロだ。俺が剣を抜いたことで魔剣の圧力にやられたのかたじろぐ隙を見せた。それはあまりにも大きな隙。それを見逃すほど俺は優しくない。なにかされる前にあっという間に一人の首をはね飛ばし、宙に首が舞う。切断面から赤い血が噴水みたいに飛ぶ。良かった、ちゃんと殺せる。思ったよりショックは感じない、初めて人を殺したというのに罪悪感は吐き気といったものが一切こみ上げてこない。良かった、都合がいい。そんなことより障害を片付けて眠ってしまいたい感情の方が勝つ。
あっという間に仲間が殺されてスイッチが入ったのかシルファを無視して一斉に五人が俺の元に走ってくる。都合がいい、手早く終わる。全員ボロボロの剣を持って襲いかかってくる、素人同然の動きにあくびが出た。先頭にいるやつの腹を袈裟斬りし、勢いのまま回転して二人目。振り上げた剣を振り下げて三人目、残った二人は近い方を蹴り飛ばして後ろのやつにぶつける。勢いよく飛んできた仲間の体に押しつぶされて床に倒れ伏して絡まる。慌てて立ち上がろうとする二人の腹を貫き、そのまま頭の方まで斬る。縦に半分に切れた二人は面白いくらいに一致したタイミングで中身が飛び出でる。血を振り払い、鞘に戻す。死体を一箇所に纏めて『火球』を放ち、六個の死体を燃やした。人間も魔物と変わらずよく燃える、業者台に飛び乗り安全になった旨を伝える。
「また敵が来たら教えてくれ」
「は、はい。その…素晴らしい動きですね」
「ありがとう、私はまた寝る。今回みたいに遠慮なく起こしてくれて構わない」
「えぇ分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
再びフードを被り目を瞑る。竜を殺して以来、やはり俺の精神と肉体はなんらかの影響を受けてしまっているようだ。確か筋繊維は傷付けば傷付くほどより強固に修復されると前世で見た記憶があるがあの時俺も肉体がボロボロになるまで戦い、竜の血を啜って急激に修復させた。全身に魔力を張り巡らせて体にヒビが入るような感覚もあった、もしそれらも筋肉と同じく酷使すればするほど強くなるのだとしたら限界まで戦えば戦うほど人間は強くなるのかもしれない。少し自分の腕や腹を触ってみるが、ふむ…別に特段固い印象も受けない、相も変わらずぷにぷにだ。
一体どこにこんな力があるというのだろうか、あぁ分からないことが沢山ある。ずっと気になってしょうがない、知的好奇心が収まらない。竜の血を飲むことで得られる変化や魔法についてももっと知る必要がある。復讐の傍らで知識を蓄えるのもいいかもしれないな、強くなったことのプロセスが分かれば俺はもっと強くなれる。
少し考え事をしている間に眠ってしまっていたようで次に起こされた時あたりは夕焼けに染まっていた。なにはともあれあれから襲撃されることもなく無事に進めたようだった。
「おはようございます、ぐっすり眠っていましたね」
「おはようシルファ、あれから何も無かったか?」
「えぇ、お陰様で安全に進めるため予定より早く着きそうです」
「良かった、では野営の準備を進める」
「お願いします」
今がどこら辺か全く検討もつかないが、とにかくカトデラルとはだいぶ離れたことは確かだろう。危険と呼ばれるドラスト大森林を迂回して通るルートのため常に左側には森への入口が見える。薪を拾い、食事を始める。
「そういえば昼間のアレ、凄まじい動きでしたね」
「そうだろうか」
「えぇ。私目がいい方だと自覚しておりますがそれでも目で追えませんでした」
「ふむ、装備がいいからだろうな。この装備のお陰で私はより素早く動けている」
「すごいですよね、その剣もそのローブも」
「自慢の武器だ。それはそうと目といえばシルファは欠損した目を治す方法とかは知らないだろうか」
「目…ですか。王位医療魔術であるならば可能かと思われますが…」
「王位医療魔術ともなれば何年後に治してもらえるかわからんな」
「王都でしたら基本どこも予約がいっぱいですよ。それに高すぎますし」
「まぁ、だろうな。気楽に付き合っていくしかないか」
「右目…やはり見えないのですね」
「まぁ少しな、だがもう慣れた」
「お辛かったでしょうね、その傷」
「まぁそういうものだろう、冒険者というものは」
「そういうものなのですか?」
「そういうものだ」
気まずい沈黙が流れ、俺は周りを少し見てくると言って立ち上がった。シルファはもう寝るみたいだしここからが俺の時間だ。草木の青々とした匂いが鼻を突き抜け、一面の草原は月明かりに照らされてやや青黒い。早く王都に着かないものか。