#19 旅は道連れ。
新しい装備を身につけ、もう慣れた好奇の視線は嫌という程浴び、尚も街を歩く。
途中花屋で大きな花束を買った、花言葉なんて知らないし渡す相手もどうせ知らない。だからせめてあいつに似合うような派手な花を買った。黄色と赤の二色、花屋はキンレンカと言っていたその花束を持ち墓場に向かう。門出だ、エールとシガレットも買っていこう。それらを鞄にではなく敢えて手で持つ、いくら広いとはいえあいつに渡すものを鞄に詰めては可哀想だ。森の中を一人で歩いた、激しい戦闘の跡は以前修復しきれておらず、あの苦々しい記憶をなぞる。辿り着いた墓場には様々な花が供えてあった。誰がやったかは分からない、この数だ。個人ではないのだろう。気遣いなのか空けてある中央のスペースにキンレンカの花束を置く。エールの瓶を開け、ひとくち飲む。相変わらず苦い、けれどあいつはこれをよく飲んでいた。鉢金がかかった墓石にエールを並々注ぐ。ポケットから封を切っていない新品のシガレットを墓石の近くに立てかけ、二本火をつける。
「今日は私の奢りだ、相棒。お前の大好きな酒をあげるから好きなだけ飲んでくれ。それとお前の"流星"はちゃんと私を守ってくれたよ、今も私の大切な武器だ。それにネックレス、本当に嬉しかった。なにがあってもこれだけは無くさない。あとお前の夢は私が引き継ぐからその眼で見ててくれ、それと…あぁそうだ。お前の冗談かどうか分からないアレは全部本当だったんだな。向こうに行ったらぶん殴ってやるから覚悟しておけよ。それじゃあな、またくるよ」
まだ火のついてる二本のシガレットを地面に突き刺して、俺は立ち上がる。振り向くと知らない少女がこちらに向かってきていた、敵意はおそらくない。なぜなら俺と同じように花束を持ってきていたから。
「君も墓参りか?」
「あ、はい!その…クラウドさんには憧れていたので!」
「そうか、かっこいいもんな。あいつ」
「はい!すごく!尊敬していた冒険者でした」
「それは話した方がいい。きっとあいつは照れ隠しで頭を撫でてくると思うから」
「ふふ、そうなんですね。もっと沢山話せばよかったです」
「それじゃあ私はこれで」
「あ、はい!それでは!」
大きく手をぶんぶんと振り、彼女は墓に向かった。クラウドという人物がいかにカトデラルに影響を与え、尊敬されてきたかが分かる。同時にそんなやつの命を奪った腕男どもへの憎悪が湧き上がる。護衛の依頼は確か入っていたはずだ。このあと面会をして、問題なければそのまま出発となる。王都に着いたらすぐに情報を集めて殺してやる。資金はまだある、冒険者業は一旦終わりだ。
森を抜け、いつも通る道を歩いてギルドに向かう。暗闇の視界も、やけに広く感じる隣のスペースももう慣れた。扉を開け、カウンターに向かう。
「"葬儀屋"だ、依頼人はいるか?」
「はい、既に応接室にてお待ちです。こちらへどうぞ」
案内されるままに階段を上り、上等そうな扉を開く。依頼人は待っていましたと言わんばかりに長い耳をピクピクと動かせ、口を開く。
「貴女が"葬儀屋"ですね、噂はかねがね聞いております」
「貴女が依頼人か、話を詳しく聞こう」
「あら、驚かないのですね」
「森人族ってことにか?驚いて欲しいならそうするが」
「いえ、新鮮な反応で少しびっくりしてしまっただけです。さて、本題ですが…立ち話もなんですのでお座り下さい」
長い金髪を後ろで束ね、小さな唇でお淑やかに彼女は内容を話した。彼女はどうやら商人らしく王都まで荷物を運びたいが道中危険なので優秀だと騒がれている俺のことを指名したようだ。積荷は相当大事なものなのだろうか。
移動は馬車を用い、道中の食事も依頼人持ち、主な夜間警備と護衛で王都に着いたら報酬が払われるらしい。大変好条件だ。
「ルートはどのように通るつもりだ?」
「ドラスト大森林を迂回して街道に沿ったルートを進みます。特にトラブルもなければ一週間後には着くかと」
「ふむ、問題ないな。依頼を受けよう」
「ありがとうございます…!では早速向かいましょう、門の外に馬車を止めてあります」
「分かった」
ドラスト大森林とは俺が遭難していたあの森だ。あそこはどうやら危険な魔物も多いため道も整備されていなく、行商には不向きらしい。マグナは生前なんでそんなところにいたんだろうか、ここ近隣ではドラスト大森林には立ち入るなという原則があるくらいなのに。まぁどうせ考えたって答えは出てこない、今はただ目の前の以来をこなさなくては。
森人族の彼女は名前をシルファというらしく、商人としての歴は長いみたいだ。シルファに案内され門を出る、あの日何も持っていなかったまま入ったカトデラルを今度は旅立ちとして出る。この街には様々な思い出が詰まっている、次来る時は復讐を終えた後だろうか。なんにせよ今は王都に向かわなくてはならない。
シルファの馬車はとても大きく、また牽引する馬もそれに伴って逞しかった。共に業者台に座り、シルファが手網を叩くと馬は一気に加速して進んだ。涼やかな心地いい風が吹き抜け、あっという間にカトデラルの街から離れていく。感傷に少しだけ浸り、脳を切り替える。ここからはいつ戦闘が起きてもおかしくはない。馬を走らせている間俺は周囲を警戒するが今のところ脅威はないようだった。
「気を張りつめて警戒してくださるのは有難いですが走ってる最中は基本的には襲われませんよ、今はリラックスしてください」
「そうなのか?だが万が一ということもあるだろう」
「どちらかというと馬の休憩中や夜間が襲われやすいのでそちらの方で本腰を入れてくださる方が楽かと思いますよ」
「む、そうか?ならお言葉に甘えよう」
「代わりに色々聞かせてくださいよ、冒険の話」
「すまんな、その類はもう言い飽きてしばらくしたくないんだ」
「そうですか、では代わりに私の話をお聞きください」
「いいぞ」
シルファは元々森人族らしく慎ましく暮らしていたらしい。しかしやはり長命な為段々と飽きが来る。それでもこの長すぎる寿命は明確な長所だ。なにか活かせるものがないかと考えた時に思いついたのが商人だったとのこと。もうどれくらい続けていたか分からないがその甲斐あってか森人族の商人ってことで様々なところで名前が広まっているらしい。生憎俺の耳には届いてなかったがもしそんなのがあったら食いついていただろうな。
「しかし森人族ってのはみんな美形と聞いたが本当なのか?」
「我々にとってこれが当たり前なので美醜は分かりませんが人間から好印象を持たれやすいのは事実ですね」
「ほぉ〜」
「もちろん"葬儀屋"さんも綺麗ですよ」
「今のは妬んでいたわけではないぞ」
「ふふ、知っていますよ。ちゃんと人間味があってやはりいいですね、"葬儀屋"さんは。歌の通りです」
「吟遊詩人どもが私の許可無く歌ってるというのは本当なのだな」
「えぇ、眉目秀麗優れた容姿と卓越した魔法、優れた剣術によって完成された冒険者。仲間や倒した魔物をきちんと埋葬して天国に届ける人格者などなど」
「盛られてるな、ガッツリ」
「そうでしょうか?私は歌の通りだと思いますよ」
「あまり期待されても困る、私はできることを精一杯やることしかできない」
「大変素晴らしいですね、実力を見誤らず俯瞰した尺度で行動できるのはひと握りしかいませんよ」
「私が嫌いな言葉は過大評価だ、なんでも出来ると思われては困る」
そう言うとシルファも激しく頷いた。どうやら彼女も森人族の偏見によって過大評価されてしまっていたらしい。
「種族に共通する特徴はありますがそれでもやはり千差万別です。勝手に期待して勝手に失望されては困りますよね」
「あぁ…はは、全くだ」
俺とシルファの一週間だけの旅はまだ始まったばかりだ。危険な旅路だとは思うがそんな都合よくポンポン野盗や魔物の類は現れないだろう。最低限の舗装がされている街道をひたすらに進む、時折大きな揺れが生じて少し驚くがこれもまた旅の醍醐味だろう。太陽が、またうるさいくらいに輝いていた。