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#1 生を謳歌せよ。

目が覚めたら、森の中にいた。

辺りを見回してみても一面の深い緑に覆われて奥まで見通せないほどだった。跳ね起き、手をグーパー交互にしてみる。どうやら問題なく動けるようだ。

手持ちの皮袋には金貨が15枚、1ヶ月分の生活費だ。それに腰のベルトには鉄の長剣が鞘に収まっていた。

ボロボロの服に穴の空いた革靴、いかにも貧乏といった風貌をしている。この女、なぜこんなに金を持っているのにこんな森の中にいるんだ?まぁそれはともかくとして、とりあえず水が必要だ、川の流れに沿っていけば自然に森を抜けられるだろう。勘で道を適当に決めてその方向に向かってとにかく歩いた。そういえば久しぶりに自然の空気を吸っているな、前にいたところなんか空すらまともに見れなかった、まぁそもそも下しか見て歩いてなかったのだが。

邪魔な枝を剣で振り払う、初めて振る剣の重さに振り回されながらなんとか先は進んだ。そういえば初めて剣なんて使うな。こんなに重たいものなのか、いやそもそもこの体が貧弱すぎるのか。

そうこう考えてるうちに川にたどり着くことができたが、どうやら先客がいるみたいだった。川で水を飲んでいるその生物の風貌は、肌の色が緑で鼻が少し長く、小さく見窄らしく、邪悪な顔をしていた。前世でいうところの小鬼(ゴブリン)だろうか。粗悪なボロボロの剣とズボンだけ、数は三。前世の知識通りなら雑魚そのものだ。魔法、とやらを試してみるいい機会に感じる。

俺が今使える攻撃魔法はどれもまだ下位攻撃魔法だ。とりあえずは『火球』だ、手を構え念じるとサッカーボールくらいの火の玉が出てくる。近くでも熱さを多少感じる、チリチリと燃えるそれを勢いよく小鬼一体にぶつける。あたりの大気を吸収して進むそれは、ほどなくして小鬼一体に直撃する。小鬼の醜い断末魔が辺りに響き、近くの二体の小鬼は周囲を慌てた様子で見回している。顔の半分くらいまで貫通したくらいで『火球』は程なくして断末魔と共に消えた。

これが魔法、恐ろしい力だ。そして便利だがとにかく疲れる、これを何回も続けていたら倒れてしまう。使い所を見極めなくてはこの魔法自体が俺を殺すことになるな。

続いて『土球』、『雷球』を念じて小鬼めがけて発射する。『土球』は本当にただの土の塊だ、質量そのものをぶつける感覚、『雷球』はバチバチと電気が迸り、少し触れただけで感電死してしまいそうだった。そしてその二つが、サッカーボールほどの殺意の塊が、小鬼二体に命中する。

片方は声も上げずに顔が抉れ、もう片方は震えた断末魔で焦げていた。小鬼三体を倒したことを確信し、その場に座り込む。というより腰が抜けて倒れ込んだ、が近しい表現だった。

殺した、人間の子供ほどの知的生命体をこの手で。魔力の消費と初めて生物を殺した感覚に飲み込まれその場で嘔吐する。何も出てこないと思ったが口から出てきたのは溶けかけた虫や枝葉だった。

マグナ(こいつ)、直前まで生きようと…俺がこの体に入ったってことはすでに死んでいるがそれでも誰かの体を乗っ取ってしまったことに罪悪感と忌避感を覚え、再び嘔吐する。さっきと打って変わって胃液しか出なかったがそれのせいで喉がヒリヒリと痛む。すまん…すまん…

そこから俺は四つん這いになりながら涙目で嘔吐し続けた。

なんとか気持ちを落ち着かせて再び立ち上がるまで数十分ほどかかったがなんとか川に到着して水を掬う。

川の水はなにがあるか分からないから下級医療魔術『浄化』を使用した。専門的な知識はこの体にはないが、どうやら光属性があればこれくらいは使えるみたいだ。淡い小さな光が手のひらの水を覆い、心なしか綺麗になったように感じる。水を飲み干し、気持ちを落ち着かせた。大丈夫、俺は大丈夫だ。

手の甲で口元を拭い、小鬼に目をやる。頭部が半壊して脳みそが少し出ているその死体三つは命を奪ったのだと更に実感させ、吐き気を催させた。すんでのところで嘔吐を免れ、川の下流へと歩みを進めた。

歩いてる途中少し考えた、俺はマグナ(こいつ)のことをよく知らないが、なぜか心に深い穴が空いてるように感じる。これは孤独か寂しさか分からないが、前の持ち主の感情やら何やらがまだ残っているように俺の気持ちをかき乱した。なにか大事なものを失っているような、そんな感覚だ。

それに『浄化』とは一体どんな原理で動いているんだろうか、使い方は分かってる。俺の体にある属性というギアを変化させて回路に魔力を通す、その回路を取捨選択して発現させるというのは感覚でわかるのだが、水の『浄化』はつまり汚れや微生物などをなくしているといったところだろう。小さいとはいえ命すら簡単に『浄化』できてしまう医療魔術とは一体なんなのか?疑問が尽きずひどく興味深かった。

そうこう考え事をしているうちに街道に出た。この道に沿っていけばいずれは街に着くだろう。とりあえずひたすらに歩いた、辺りがオレンジ色に染まり、少しだけ肌寒くなってきた頃、荷馬車が通って行った。

俺は分かりやすく喜んだ、とにかく荷馬車を追いかけた。手を大きく振りながら大声で叫ぶ。


「おーーい!待ってくれ!止まってくれー!」


想像よりも自分の声がガラガラで、それでいて高いことに驚いた。ありがたいことに荷馬車は歩みを止め、そして業者席から一人の中年男性が顔を覗かせた。髭を蓄え、体格もおそらく屈強な、非常に怪訝そうな顔で。


「あ??なんだよガキじゃねーか、どうした。食い物なら金を払わないと渡さねーぞ」


息を整えて会話を交わす。


「いや、食べ物もそうなんだが良ければ荷馬車に乗せてくれないか?街まででいい、遭難してしまったんだ」

「無理だ、お前みたいな得体の知れない者乗せる義理なんてない。それにお前がなにをしてくるか分かったもんじゃない。見たところ武器も持ってるみたいだしな、それじゃあなクソガキ」

「待ってくれ、金なら払うし荷台でも構わない。武器も街まで預けよう。本当に困ってるんだ」


再び馬車を走らせようとした男の前に立ち、なんとか止める。イライラしたような表情を浮かべる男。


「金貨五枚だ、銅一枚も負けない。剣は俺に預けろ、荷台には商品が入ってるから俺の隣に座れ。変な真似したら突き落とす」


金貨五枚、痛い出費だがしょうがない。街までどのくらい距離があるか分からないし腹も減っている。早急に街に着く必要があった。


「あ、あぁ。それで構わない、先に金を払う。すまないな」

「毎度、ほら乗んな」


男は相変わらず無愛想に手を差し出した。その手を取り、業者台に登る。剣と金貨五枚を渡し、馬車は再び走り出す。


「あんた、遭難したっていってたが冒険者か?」

「いや違う、ただの放浪者だ」

「女で放浪の身か?そりゃ随分と気狂いだな」

「誰だって事情の一つや二つくらいあるだろ、自己紹介がまだだったな、俺はマグナ」


手を差し出し握手を求める。男は俺に顔も向けず、握手もしてくれなかった。随分と冷たいな、いや見ず知らずの人間にはみんなこんなものか。これがこの世界の常識だったな。


「俺だ?気持ち悪ぃ一人称しやがって、男になりすますにしたってもうちっとまともな格好するもんだ」

「あぁ、すまない。癖でな。私はマグナ、あんたは?」


俺が男ではないということを再び自覚する、そうだ。なるべく違和感なく、歪みが生まれないように上手くやらねばならん。玄野は死んだし、マグナも死んでいる。クロノ・マグナとして生きなければならん。


「ダイトウ、それが俺の名前だ。お前仕事は何してんだ?冒険者じゃないって言ってたがどうやって日銭を稼いでいる?盗賊じゃねーよな?」

「そんなに睨まないでくれ、ダイトウ。その日暮らしだよ、しばらく街に留まって働いて次の活動資金が出来たらまた移動する。そんなところだ」

「娼婦とかそんなところか」

「あー、それはまだしてない」

自尊心(プライド)か?そんなもんで飯は食えないぞ」

「生憎まだ野垂れ死んでない。ツキがあんのさ」

「はっ、そうかい」


そこから街に着くまでダイトウとしばらく話した。彼は牧場を営んでいるらしい。山羊と羊を囲い、肉や乳、毛などを売って暮らしているとのことだ。今日は月に一度の得意先への大量出荷の日らしく、わざわざ田舎から遠くの街まで来たみたいだ。家族は妻と娘が一人、大層立派なことだ。街へ着いたのは外がすっかり暗くなってきた頃だった。

街の門の前まで着くとダイトウは荷馬車を止めた。


「こっからは歩いて行け、こっからどうなろうが知ったこっちゃないがお前がなんかやらかしたら俺の責任になるかもしれない」

「あぁそうか、ここまですまなかった。とても助かったよ、ありがとう」


業者席から降り、剣を受け取りベルトに戻し、頭を下げる。ダイトウには感謝しかないな。


「礼なんかいらん、金をちゃんと払い、ルールを守り話し相手になった。いい暇つぶしだったぞクソガキ」

「優しいのだな、ダイトウは」

「黙れ、せいぜい死ぬな。夢見が悪くなる」

「あぁ、頑張ることにするよ」


俺は手で口を覆い、クスクス笑いながら返す。実際彼は優しいのだろう、いつ死ぬか分からない危険な世界で家族を養うため一人で遠くの街まで出向き、あまつさえ見ず知らずの俺を金銭のやり取りありきとはいえ乗せてくれた。神がいるなら無精髭の彼に祝福を。

ダイトウが先に馬車を走らせ、少ししてから俺も歩いた。

幸先のいい出会いとスタートだったな。


しばらくして門へと辿り着く。門番が俺を見かけると武器をちらつかせながら向かってきた。


「女、名前は。身分を証明できるものはあるか」

「名はマグナ、身分証明のものは持っていない」

「なら金貨八枚必要だ、犯罪を犯したら大なり小なり即刻裸で放流だ。構わないか?」


金貨八枚…痛すぎる出費だ。だが街へ入らないとどうすることもできない、ちくしょう。


「あぁ、構わない」

「そうか、それではこれからいくつか質問をする。奥の部屋に来い」

「わかった」


門番の後ろへついていき、詰所に案内される。


「武器をそこにおけ、次に触れていいのは身分証明できるものを持ってきてからだ。勝手に触ったらその時点で殺す」

「わかった、わかったからそう睨まないでくれ。剣は置くし法も犯さない。だから剣から手を離してくれ」


剣をベルトから外し、席に着く。門番の騎士が口を開く、甲冑でよく見えないがおそらく俺を睨んでいることだろう。


「まずカトデラルを訪れた理由は?滞在か?旅行か?」

「滞在だ、しばらくの活動拠点にしたい」

「年は?成人はしているんだろ?」

「15、成人済みだ」

「使える属性と使える魔法、魔術を教えろ」

「火のみ、下位攻撃魔法『火球』、下位防御魔法『微弱結界』、下位強化魔法『四足』『四手』、下位生活魔法『洗浄』以上だ」

「ふむ、仕事はどうするつもりだ?身寄りは?」

「冒険者になろうと思う、身寄りはない」

「なるほど、見たところ普通だな。病気の類は?手持ちはいくらある」

「手持ちは残り金貨二枚、病気は持っていない」

「分かった、滞在許可を認めよう。月に一度税金を納めに役所か冒険者ギルドに行け。金貨一枚だ。病気に罹ったら医療院にいけ」

「分かった、今滞在を始めた場合税金は来月からか?」

「あぁ、入る時の金に含まれてる」

「分かった、色々とすまない」

「最後に名前と血印を押せ、文字は書けるか?」

「あぁ、多分な」


多分というと男は怪訝そうにこちらを見ながら羊皮紙と筆を机の上に置いた。羊皮紙にはこの街のルールが書いてあった。ゴミ処理の日や滞在する上でのマナーなどだ。またそれらを破った場合の対応方法なども細かく書いてあった。契約書のようなものの下の方に線が引いてあり、ここに名前を書くのだろう。不思議とすらすらと文字を書くことができ、提出する。


「マグナか、いい名前だ。最後に親指を出せ」

「あぁ」


親指を門番の前に出すと針を刺され。ちくっと少しの痛みを感じ、血がドロドロと流れてくる。


「ここに親指を押し付けろ、よし。これで滞在の手続きは完成した。ようこそカトデラルへ、不法の輩ではない汝を我々は歓迎しよう。不法を働いた暁には我らの剣をその身に受けてもらうことになる」


門番は長剣を取り出して切先を天井へと向ける。剣の側面に映った自分の顔が、ひどく疲れた顔をしていた。

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