#18 花言葉。
高い買い物を終えたあとから少し経ち、とうとう約束の日になった。竜の素材を用いて新しく作られた俺の装備の完成の日だ。ずっと武器のない生活はどうも落ち着かなかったがこれでとうとうその生活ともおさらばだ。丘の上にある鍛冶屋に向かい、ドアを開ける。するとカウンターには鉱人族の店主がうつ伏せで倒れていた。まさか襲撃にあったのか…?この街で…?あわてて店主に駆け寄り、肩を揺する。
「おい!店主!なにがあった!」
「…ん?あぁお前さんか、すまんな。あまりにも対話が楽しくて寝るのを忘れててな」
「驚かすな!本当に!」
「わはは!そう簡単に鉱人族がくたばるかい、お前ら人間よりも長寿だぞ」
「本当に心臓に悪い…ところで装備はもう出来たのか?」
「もう出来てる、こっちきな」
店主に言われるがまま工房に入ると台の上に布を被されていた。恐らくあれが俺の新しい装備だろう。
「まず金髪の形見の"流星"だが、もう堕ちるだけじゃねぇ、こいつは名前を変えて新しくお前の力になってくれるだろう。銘を"隕鉄剣 凶星"、詳しい能力は俺には全く教えてくれんかった。クソ頑固なお前さんの相棒だ」
店主に渡されたその鞘から剣を引き抜く。綺麗な黒い刀身に光の粒が疎らに光っていた"流星"とは打って変わって黒い刀身に赤いヒビのような歪な線が走っている。知らない人が見ればまるで壊れかけのようなその剣は、持ち主である俺が握ればひと目でわかる。
見た目だけではない、本質的にこいつは生まれ変わった、クラウドを守れなかった悔しさを俺と共に味わったこいつとならどんな敵でも斬り伏せれる。能力は…そうか、お前は進化したんだな。
「ハッ、この野郎。俺が握った時は云とも寸とも言わなかった癖にお前さんが握った途端嬉しそうにしやがる」
「ありがとう、最高の鍛冶師のお陰でこいつは生まれ変われた」
「そこに気づける時点でお前さんも一流よ。さて本題だ、こいつははっきり言って力が強すぎる。まともなやつには使えん暴れ馬に仕上がっちまった。それでもいいか?」
「それでこそ王者の装備だ。屈することの無いプライドが私は気に入ったんだ」
「そうかい、まずは胸当だ。鱗を使ったから大抵の攻撃は塞いでくれる。それどころか少しの傷くらいならてめぇで直しちまう始末だ。鍛冶師泣かせよ」
あの竜のように真っ黒な胸当。今なおその鼓動が聞こえるように鍛えられた鱗には躍動感があった。シャツを脱ぎ、胸当を装備する。ドクン、と心臓が跳ね上がったような気がした。今までよりも格段に血が巡り、感覚ではなく明確に強くなった実感がある。シャツのボタンを閉める。締め付けもなく違和感もない。付与魔術はバッチリ機能している様だ。
「んだそれ、付与魔術か」
「あぁ、中々便利だ」
「ハッ、そりゃそうだ。作り出した人間よりも俺たちが上手く扱って今じゃ鉱人族の十八番だからな」
「流石職人の一族だ」
「当たり前よ、さて次にグローブだな。こいつにも鱗は使わせてもらった」
黒いグローブを受け取り、手に嵌める。ピッチリと手に嵌まるお陰で着け心地は抜群だ、手の甲の部分には竜の鱗が使われており、まるで俺の手自体が竜そのものになったような感覚に陥る。手をグーパーさせて違和感がないか確認する。問題なく動く、むしろ少し早く感じるほどだ。
「最高の仕上がりだ、動きも問題ない」
「まだまだ終わりじゃねぇ、耐えれそうか?」
「むしろ力が増しているような感覚だ、凄まじいな竜の装備とは」
「着けたら赤子ですら魔物を殺せると言われるくらいだしな、続いてローブだ。少し厚手だがお陰で防御力はピカイチだぜ」
黒ベースに袖や縁が赤黒いローブを受け取る。確かに火鼠のローブと比べたらやや厚手だ。羽織り、袖を通す。ふむ、厚手故に動きを重たくするかと思ったがこれはむしろ動きを軽くするな。翼膜から作られたためか空すら簡単に飛べてしまいそうな感覚になる。
「大抵の魔法や物理攻撃ならそいつが弾いちまうそいつが一番対話に応じてくれたよ、主人を飛ばすための器官だからなのかは分からんがとにかくやる気十分って感じだな」
対話、一部の腕の立つ鍛冶師が使う表現だ。素材の声を聞き、望む形に仕上げることでよりその真価を発揮させる高等技術だ。一通り防具を着けて深呼吸する。感覚が研ぎ澄まされていくような、世界が全て思い通りになってしまうような感覚になる。竜だ、この力は。全く遜色がない。
「さぁさお待ちかね、真打である武器だ」
「待っていたぞ、私の相棒」
「まずは短剣、銘を"竜刀 芍薬"」
鞘に収まってなお放たれる威厳、竜の鋭き牙から作られたその短剣は例え短剣であったとしても容易に全てを切り裂くだろう。刀身を抜くと赤黒い刃が剥き出しになる。片刃で使いやすさも重視されてるし、驚くほど軽い。能力は、とにかく突き刺すことに特化しているようだ。特に捻った能力はない、だが短剣はそれでいい。右の太もものベルトに"芍薬"を装備する。いつも通り取りやすい場所だ。ベルトも鞘も黒いため見え方によっては太ももに武器が着いてるか一瞬分からないのも非常にいい。
「そいつもきかん坊だったが今度のは暴れん坊だな。よく聞け、こいつは正真正銘最高の魔剣だ。だがお前さんなら呑み込まれないと信じている、覚悟はいいんだろ?」
「当然だ、私が従える」
「王の命を背負う覚悟は出来てるみたいだな、さぁさ真打だ。銘を"竜王 鬼灯"、正直こいつは打った瞬間から俺に握られたくないみたいで俺は触ることが出来ねぇ。お前が持ち主なら、ちゃんと掴んで見せろ」
「あぁ、任せろ」
台に置かれている妖刀を手に取る。掴んだ瞬間脳裏を過ぎるのは殺戮の欲求、遍く全てを切り裂きたいという純粋な欲望。あぁ…分かるよ"鬼灯"、だからこそお前は俺に力を貸せ。お前は俺たちに負けたんだ、王としてのプライドがお前にはあるだろ、死の間際でさえお前が見せてくれたあの威厳をもう一度見せてみろよ。柄を握り締めて、迷いを振り払う。俺は殺さなくてはならないやつらがいる。それまで取っておいてくれ、"鬼灯"。
そう念じると先程まで暴れていた魔力の奔流が収まり、頭に流れていた欲望はパタリと消えてなくなった。"凶星"には鷹の装飾が柄にされていたが"鬼灯"には鷲の装飾がされていた。粋なことをするな、この鍛冶師は。
シンプルな黒い鞘から引き抜く、赤黒い刀身が剥き出しになる。圧倒的暴力をその刀身に閉じ込めたように、それでも尚綻びが生じるような黒い茨のような刃紋が広がっていた。こいつはまだ能力を教えてくれなかった、意固地な王だ。
「本当にものにしやがった、この野郎は…」
「当たり前だ、既に一度下した相手。それにもう私の一部だ」
「最高の使い手だ、お前さんは」
「感謝する、店主。名前を聞きたい」
「鉱人族一の鍛冶師、ドラムだ。お前さんは?」
「"葬儀屋"マグナ、改めて感謝する。ありがとう、ドラム」
「二つ名持ちの冒険者か、それでこそだ。頑張れよ、マグナ」
左に"鬼灯"、右に"凶星"を差し、俺は鍛冶屋を後にする。先程まで暴れ散らかしていたじゃじゃ馬どもはなりを潜め、今はもうとっくに静かになっていた。そろそろここから出て王都に向かわないとな。俺に依頼が来てるといいんだが。
もうボロボロの冒険者はここにはいない、殺意を研ぎ澄ました一人の"葬儀屋"が代わりに立っている。