#17 葬儀屋。
朝、凄まじい頭痛で目を覚ます。昨日の酔いがまだ少し残っているな、今日は一先ず情報収集だ。それと王都までの道のり、あわよくば乗合馬車などが見つかればいい。
依頼は受ける気がないため、装備をつけずに宿を出る。夜は涼しいが日中はとにかく暑い。眩しいくらいに主張を続ける太陽を恨めしそうに見つめながらギルドを目指した。上手く足取りが掴めない、未だ夢の中にいるようにふわふわとした感覚に包まれる。やかましい太陽のせいで世界がパステルカラーみたいに淡い。
なんとかギルドに辿り着き、扉を開ける。相も変わらず掲示板の前に人がごった返して騒がしかった。受付のカウンターには人が並び、少し待たなくては行けなかった。正直この列に並ぶのは体調も相まって辟易していた、食堂の方を見やり水と温かいスープを注文して席に座る。シガレットを取り出して火をつける、勢いよく煙を吸い込み、吐き出す。もう引きずらないと決めたはずだが今でも至る所でクラウドの面影を追ってしまう。それは取っておこう、思い出に浸るのはまだ少しだけ後だ。
机に頬をついて列が短くなるのをひたすら待った。一人の時間というのは案外長く感じてしまうようで机をコツコツ指で叩いてしまう。この喧騒が嫌いでは無いが今は頭にとにかく響く。俺が机でぼーっと焦点を合わさず眺めていると一人の男が話しかけてくる。女たらしやカツアゲの類なら他所を当たって欲しいと思いながら耳を傾ける。
「あんたか?噂の"葬儀屋"って冒険者は」
「葬儀屋ぁ?知らんなそんなの」
「あんたじゃねぇのか?途中で死んじまった仲間をきちんと埋葬しただけじゃなくて戦った魔物すらも埋葬するっていう冒険者は」
まさか俺が最後に竜を仕留めたのを見られた?
「どこでその話を聞いた」
「やっぱりあんたか、昨日の竜殺しの件で何人か真偽を確かめに森に行ったんだよ。するとびっくり、荒れ果てた森の中で仲間と竜の墓が静かに木の麓にあったって話だ。そんなんまるで葬儀屋だろ?しかも髪も綺麗な黒でおまけに美人。今ギルドじゃその話で持ち切りだぜ、吟遊詩人も今頃歌にしてるかもな」
俺は頭を抱えて机に突っ伏した、ため息だけが漏れる。俺が件の葬儀屋ってので間違いないらしい、物騒な名前だ。クラウドも二つ名を持っているみたいな冗談を言っていたがまさか俺が本当に二つ名持ちになるとは。
「"神眼"の件は残念だった、もし良ければ今度一杯奢らせてくれ。辺境の中じゃ期待の冒険者だったあいつと最後に組んだあんたの話聞いてみたい」
今なんと言った?"神眼"…?それはかつてクラウドが言ってた冗談のはずだ。まさかあいつ本当に二つ名持ちだったのか…最後までサプライズが尽きない男だ。
「酒はやめたんだよ、それに面白い話はひとつもない。ただの冒険者なんだ、期待するものなんてないよ」
「それでもだ、厳しい戦闘の後でも優しく仲間を埋葬するあんたは優秀な冒険者に違いは無い。どっかで話聞かせてくれよ」
その男は席を離れ、代わりに頼んでいたスープが俺の机の上に乗る。野菜の優しい甘みやスープの塩気が程よく二日酔いに染みる。椅子が身長に合ってないため、足を宙にぷらぷらと浮かばせ再び頭を抱える。
俺が二つ名…最悪だ、竜殺しが腕男どもにバレたら俺が生きてることがバレる。復讐の道のりを阻害しかねない…いやむしろこれはチャンスか?あいつらは明らかに敵意を俺たちに向けていた。その片割れが生きているともなれば血眼で探すだろう。こうなれば自棄だ、とことん利用してやる。二つ名、上等だ。この名を用いて王都まで行けば本拠地に釘付けにできる、一網打尽のチャンスだ。
吟遊詩人は前世で言うとネットみたいなものだ、歌にされた出来事や人物はあっという間に広まる。安く享受できる大衆娯楽が吟遊詩人の奏でる物語だ。当然腕男どもの耳にも入るだろう。いいぞ、俺が王都に行ってその名前を出せば巣に帰ってくるだろ。流れが来てる。
あとは王都に行くための移動手段だ、受付の列は先程よりも落ち着いている。比較的短い列に並び、順番を待つ。途中何度も何度も何度も話しかけられるがその度に適当な相槌を返す。大体がどうやって竜を倒したか、葬儀屋っては本当かとかそういったものだったので大した情報は入ってこなかった。なんとか質問攻めを耐えきり、受付に向かう。
「おはようございます、"葬儀屋"マグナさん。どういったご要件ですか?」
「貴女までその名前を…」
「今や"葬儀屋"の話は冒険者であればほとんど知っていると思います。それでご要件は?」
「王都に向かいたいのだがなにか乗合馬車…もしくは王都までの護衛の依頼はないか?」
「掲示板になければ護衛の依頼はございません、"葬儀屋"がそういった依頼を受けたいという話を流すことならできますが…」
「ならそれで頼む」
「報酬は?」
「相場より少し値段を低く設定してくれ、理由を聞かれたら早く王都に向かいたいからと伝えてほしい」
「かしこまりました、ではもし依頼が来ている場合は都度お伝えしますのでできる限りギルドに顔を出して下さいますようお願い致します」
「分かった、では頼んだ」
「はい、お任せ下さい」
依頼を求めている旨を伝えてギルドを後にする。ふむ、やることがなくなってしまったな。こういうときどうやって時間を潰していたのだったか、前世であれば本を読んだりして時間を潰していたがどうにもこの街には図書館の類が見当たらない。本屋で本を買ってもいいと思ったが王都に拠点を移したときに荷物が嵩張るのは嫌だ。商店街、向かってみるか。下着や服の類も新しく買っておかねばならん。それに大きい鞄があれば尚のこといいな。
商店街に向かい、かつて訪れた服屋に入る。あの時対応してくれた店員はどうやらまだいるようだ。
「あら、いつかの冒険者さんじゃない。久しぶりね」
「その件は世話になったな、連れが随分照れてくれた」
「それは良かった。一流の冒険者には一流の剣を、一流のレディには一流の服をがうちのコンセプトなの」
「そうか、用件だが服が何着かほしい」
「分かったわ、貴女に似合う服を幾つか見繕うから少し待ってて」
綺麗な長い茶髪をふわりと揺らせて店員は服を選び始める。どうも俺は黒ベースの服が合うらしい、店員が選ぶのはどれも黒を貴重としている。それに合わせる服も黒に合わせて選ばれている。
「貴女が件の"葬儀屋"?」
「…もうそこまで話は広まっているのだな」
「キャー!うそうそ、ほんとに?貴女本当に"葬儀屋"なのね!」
「そこまで騒ぐものだろうか」
「当たり前よ、二つ名持ちの冒険者が贔屓にする服屋なんて泊が付くじゃない」
「そうか、なら良かった」
「なら仕事用の服でおすすめのものが一着あるわ」
女店員が取り出した服は、前世でよく見たスーツのようなシルエットの服だ。しかも"葬儀屋"という名前にピッタリな喪服のようなスーツ。
「これ、最近王都で流行っている紳士用の服なのだけれど貴女なら着こなせるかもしれないわ」
「試しに着てみよう、見た目は気に入っている」
前世で何度も袖を通した白いワイシャツに袖を通し、上からジャケットを羽織る。俺のシルエットがはっきりと浮き出る細身のパンツをベルトで閉め、鏡と向かい合わせになる。
綺麗な黒髪に赤い瞳、片方には鉢金の眼帯を付けて上下黒のスーツに黒いグローブをはめたその女性はなんというか漫画の世界の主人公にも見える。つまりは様になっているということだ。不思議なくらいにハマっている。サイズもピッタリだった。
「それ、紳士用の服だけれどバッチリ似合っているわ」
「気に入った、これを貰おう」
「分かったわ、ちなみにそのパンツとワイシャツ。王都の付与魔術師に魔術をかけてもらってるの」
「付与?確か道具などに少しだけ便利な機能を追加する魔術だったな」
「よく知ってるわね、だからちょーっとお高いけどサイズの自動調節機能を付与してもらっているわ」
「なるほど、便利だ。だがそれくらいだったらはっきり言って微妙だな」
「何言ってるの、革命よ。お洒落な服を着ながら冒険者に必須の防具を内側に装備しても嵩張らないのよ」
「つまり見た目を損なわず防護性能も保持できるというわけか。それはすごいな」
「えぇ、でしょ?だから言ったのよ、革命って」
「確かに革命だ」
「お洒落はレディの最大の楽しみ、その楽しみが結果的に楽しい冒険を送れるってステキじゃない?」
「素敵だ、これを買おう」
「毎度あり、また来てね」
会計を済ませ、新しく買ったスーツを身に纏う。気が引き締まるな、これは。前世での仕事を思い出す、これに袖を通すと不思議と脳が覚醒して背筋に力が入る。俺の脳みそに刻み込まれた遺伝子がまさか異世界でも働くとは思わなかった。
ついでに下着屋でも何点か新しく購入し、鞄屋に足を運ぶ。中は少し薄暗く、大変綺麗で至る所に鞄が掛けられていた。奥から片眼鏡を付けた男がゆっくりと出てくる。
「いらっしゃい」
「容量の大きな鞄を探している、動きを阻害しなければ尚のこといい」
「予算は?」
「ある程度高くまでだったら買おう」
「曖昧だな、冒険者としては一流でも客としては二流だな"葬儀屋"」
「悪かった、物によっては金貨百枚でも出そう」
「鞄に金貨百枚か、物の価値が分かってるやつは嫌いじゃない、あんたが"葬儀屋"でその装いならピッタリのものがある」
店主が奥に入り、手に持ってきたその鞄は黒く染められ見た目はただのビジネスバックのようにも見える。だが俺の要望は容量が大きく動きを阻害しないものだ。つまり
「ただの鞄じゃないな」
「見る目もあると来たか、これは本当に大物だな」
「なにが施されている?」
「容量増加の付与をされている。それも全ての口にだ。チャックは全部で三つ。裏側に大きいのがひとつ、真ん中に1番でかいのがひとつ、表に小さいのがひとつだ」
「それは結構だがそれでは片手が塞がってしまう」
「客の要望には全て答えるのが商人の義務だ。サイズ変更の付与もされてる。つまり二重付与だ」
「どこまでサイズを変更できる?」
「大きいのだったらリュックくらい、小さいのだったら背嚢くらいだな。容量増加の魔法でこう見えても全部で小さい部屋くらいの物は入る。だがナマモノはダメだ、腐るし革に匂いが移る」
「買おう、いくらだ」
「ぴったし金貨百枚」
「ベルトに掛けれるよう加工はできるか?」
「言われりゃすぐにでも、サービスでそれはしてやる」
「いいのか?」
「"葬儀屋"ほどの冒険者に使われりゃうちの宣伝にもなる。それくらいしてやる。少し待ってろ」
店主がすぐにカウンターでベルトを通すための穴を皮で括り付け、会計を済ませる。
「社交界でも戦場でもがうちのモットーだ、今後とも頼むよ」
「いい鞄だ、大事に使おう」
「物も人も大事にするのが"葬儀屋"流かい」
「これは"神眼"の教えだ」
新しく買った鞄に先程まで買った物を詰め込む。なるほど案外入るな。商店街を出る頃には俺はすっかりビジネスマンの風貌になってしまった。だがこれでいい、仕事をしていた時のように張り詰めていこう、じゃないと復讐を完遂できない。