#16 復讐の羅針盤。
何者かに揺すられ、俺は目を覚ます。どうやら少し眠っていたようだ、寝ぼけ眼を擦り、起こしてくれた主に礼を言う。頭がガンガンと痛い。
「すまないクラウド、寝てしまったようだ」
「わりぃな、俺はクラウドじゃねぇ。ロッドだ」
そうだった、クラウドはもうこの世に…心が締め付けられるような感覚とロッドに対する申し訳なさが脳に浮かぶ。
「すまんロッド、少々寝ぼけていたみたいだ。どれくらい寝ていた?」
「一時間ちょっとだな、ひとりで帰れるか?」
「そんなに寝てしまったか、すまないなロッド。またくるよ」
「いいってことよ、またいつでも来い。お前みたいな客は大歓迎だ」
ロッドに別れを告げ、店を後にする。季節は地球で言うところの夏くらいだろうか。生ぬるい風が路地を突き抜け、俺の髪を揺する。ポケットからシガレットを取りだし火をつける。一人で帰るのはいつぶりだろうか、寂しさを紛らわせるためにカントリーロードを口ずさむ。懐かしい地球のメロディが俺の心を僅かだが温める。少しの街灯と大きな月が夜道を照らし、俺の口ずさむメロディだけが街に響く。
少し寂しいな、早く宿に戻って寝てしまおう。少々ステップを踏み、足早に帰ろうとするが吐き出す煙の向こうに人影を見た。女性が男に絡まれている、こんな夜中に一人で出歩いていたのか?不用心な人だ。
もしかしたら人攫いかもしれない、この街の治安は恐らくいい方だろうがそれでも犯罪が無いわけじゃない。人攫い…嫌な記憶を思い出すな。男たち、正確には二人の男の元へ駆け寄り、声をかける。
「もし、こんな夜更けになにをしている?」
「あぁ?邪魔すんな」
「おい、よく見てみろ。こいつも女だ。今日はツイてるな」
下衆な視線を俺に這わせ、男たちはニヤリと笑う。気持ち悪い、嫌な笑みだ。反吐が出る、俺の個人的な憂さ晴らしに付き合ってもらおう。
「すまんが生涯独身でいようと思っていてね、申し訳ないけどお前たちの誘いには乗れないよ」
「うるせぇよお前さっきから。あぁ!?」
「お前も声デケェよ、さっさと気絶させて外で楽しもうぜ」
そう言って男はナイフを取りだし、俺に突き刺そうとしてくる。手練れという訳ではなさそうだしなにより腕男どもなら認識阻害の闇属性魔法を使ってくるだろう。おや?俺の使っていた闇属性魔法はそんな効果なかったように思えるが…まぁ考えるのは後でいいか。腹に向かって飛んでくるナイフを肘と膝で受け止め、空いた片方の腕で男の腕をへし折る。痛みを堪える苦悶の声を漏らす。
男の来ている服を確認するも腕男どもの紋章はどこにも見当たらない。ナイフを向けてきてない方の男が慌てて俺に蹴りを入れようとしてくるが直撃する前に足首を腕で掴む。ギリギリと力を込めて俺の方に引き寄せる。
「逆三角形に腕、その中に瞳の紋章に見覚えは?」
「あぁ?知らねぇよ!そんなことより早く離せ!」
「お前たちのそれは組織的な犯行?それとも個人?」
「痛ぇ!!!」
「どっち?」
「組織じゃねぇ!俺とこいつだけだよ!!」
「本当に?嘘をついてたらこの程度ですまないよ」
「本当だ!嘘なんかつかない!だから離してくれ!」
そこで男の足首を離し、胸ぐらを引き寄せる。残念だが今回は外れだったようだ。
「この程度で済んで良かったな、次やったら衛兵に突き出すより酷い結末が待っているぞ」
そう言うと男たちは逃げ帰るように路地の奥に消えていった。竜とやりあってから膂力が増しているように感じる、それにやけに動きも俊敏だし、動体視力も上がっている。常に強化魔法を使っているような感覚だ。魔力も研ぎ澄まされてる。闇属性の件といい、俺の体に何が起こっている?
どこかで検証しなくてはならんな、あのとき竜を倒した力。あれさえあれば腕男どもは蹂躙できるだろ。
顎に手を当て、しばらく一人で考え込んでいると横から声をかけられた。そういえば襲われていた女性がいたな。よく見てみると高貴そうなご令嬢だった、付けている装飾品全てに品性をどことなく感じる、佇まいも美しい。いかにもなご貴族様だ。
「あ、あの!」
「ん?あぁ先程は大丈夫だったか?」
「はい!お陰様で…本当にありがとうございました!」
「夜中に女性が無闇に歩くものではない」
「返す言葉もありません…」
「じゃあ私はこれで、一人で帰れるか?」
「えぇ、もう大丈夫です」
「そうか、ではな」
女性と別れ、俺は宿に戻る。ふと気になって後ろを振り返ると先程の女性はもういなくなっていた。随分と足が早いな、まぁいいか。そんなことより考えなくてはならないことが山ほどある。
「あの女性、凄まじい身のこなしでしたね…ヴァイス」
「お嬢様、お願いですから私を試すように夜分に外出されるのはお控えください…ただでさえ今も無断外出中なのですから…」
「たまには王都から飛び出して外出してみるものですね、ああいう風に面白い方に出会えますから」
「お言葉ですがお嬢様、あのお方は修羅そのものです。復讐にとりつかれた目をしておりました」
「執念あってこその人間です、さぁ帰りましょうか」
屋根の上で佇む人影がふたつ、マグナを凝視する。まだマグナは気付いていない、自身の及ぼす力がどれほど周りに影響を与えるかを。その復讐の果てにどんな結末が待っているのかを。一瞬にして消えた人影はまるで最初からなかったような、先程までのはたまたま見えた幻のように錯覚する。
宿に戻り、防具を外す。鉢金を外して鏡で自分の姿を確認する。右目付近は酷い火傷だ、でこぼことしていて歪な傷跡。不幸中の幸いなのか眼球付近以外はそこまで目立ってはいない、だが目は既に焼き尽くされてなくなっており目があったそこの空間にはポッカリと穴が空いてしまっている。竜の血を啜っても尚修復できない呪い。傷自体はもう痛くないし、傷跡も別にもうどうだっていい。だが右目が見えないというのは弱点だな、どういうふうにカバーするべきか。こういうとき俺が前世見ていたフィクションの世界ならば都合よく新しい眼が手に入るのだろうが俺のいる世界はそんなに優しくない。
どうにかこのハンデと付き合っていくしかないだろう。シャツをめくり、えぐられた腹をなぞる。綺麗にとまでは行かなかったのか、はたまたこれも竜の呪いか、俺の腹部には大きな傷跡が三本残っていた。竜の爪か…幸い内臓とかは修復されてるみたいだし後遺症とかも外部に見える傷跡だけのようで助かった。
俺の体に何が起こっているかは定かではない、あのとき竜を殺したあの力。属性が人によって変容するなんて話は聞いたことがない、あれらは所謂テンプレートだ。そういう基盤があってこそ回路に正常に魔力が走り魔法が発現する。ではあの力は?『流渦』『奈落雷』という魔法は…?それに俺の思う最適な形に変形していたあの黒い粒子はなんなんだ?
あれを俺は本能的に闇属性の魔法と感じていたが本当にそうなのか?本来はデバフを与える程度の属性だったはずだ。あの能力を引き出す直前、脳に撃鉄のような音が響いたのは覚えてる。恐らくあれがトリガーになって回路が開いたのか?あの回路はまだ閉じていない、あのとき感情に飲み込まれて魔力が暴走し強引に回路を開いたのだとしたらこれは危険な力だ。身を引き裂くような激痛を今でも覚えてる。それにあの時俺は確かに魔力は底をついたはずだ。なのに溢れる魔力の奔流を確かに感じた。
どれだけ思考を巡らせても答えは出てこない、どうも俺はこの世界について知らないことが多すぎる。あれやこれやを学ぶのも全て復讐を終えてからだ、その後にいくらでも学べる。とりあえずもう寝てしまおう、しばらく依頼はなしにしてこの街で腕男どもの情報収集だ。装備が出来次第、この街を出て王都に行こう。
あいつらの巣を見つけ出して必ず殺してやる。