#15 最高の相棒に。
そこは裏路地ではない、だが丘の上にあるこの鍛冶屋付近は騒音のためか家屋などはほとんどない。おまけに俺には武器もなく、ボロボロでひとりだ。襲うなら格好の餌食、格好の場所。まさしく鴨が葱を背負って来るという状況に彼らは食いつく。
「なぁ姉ちゃん、俺ら金に困ってんだ。沢山あるだろ?少しくらい分けてくれよ」
「竜殺しだかなんだか知らねぇけど所詮ただの女だろ?ちんたらしてたら痛い目見るよ」
「あのギルドには腑抜けしないなぁ?なんだってこんな女ひとり襲っちまわねぇんだ」
三人寄れば文殊の知恵と言うが全員頭が悪すぎる場合はどうやら適応されないみたいだな。それとも革命的なアイデアとやらがこれなのだろうか。クラウドはもういない、これは一人で対処しなければならない事案だ。こいつらごときに手こずっているようでは腕男を見つけても殺せないかもしれない。
「黙ってないでさっさと金置いてけよ、なぁ。こっちも生活困ってんだよ、助けると思ってさ。痛い目見たくないだろ?」
「やっぱりお前らか、金なら渡さないし他を当たってくれ。できれば手荒な真似は…いやいいか」
「さっきからなにブツブツ言ってんだよ気色悪ぃな!」
ギルドで話しかけてきた大男が腕を振りかぶるがあまりにも遅すぎて欠伸が出てしまう。半身だけ後ろに下げ、左腕でカウンター気味に顎を殴る。それを見た他の奴らも慌てて詰め寄ってくるが見てなくても当たらない。左から詰めてくる男には冷静に蹴りを入れ、腹を押えて下がった間に右から来る男の対処を…しようとしたが右目が見えないことを失念し、腹に一発貰ってしまう。鈍い痛みが腹に走るが頭を掴んで膝蹴りを顔に入れる。全員痛みに耐えかねて床に倒れ伏したところで男たちに問う。
地面に腕男どもの紋章をなぞって描き、知っているかどうか尋ねる。
「それ…王都の方で有名な犯罪組織だ…」
「犯罪組織?」
「名前は忘れちまったが王都を拠点にしてるっていう噂だ。やつらはなんでもやる、人攫いや殺人、良いとこの貴族などに人身売買をしているって噂もある」
「そうか、貴重な情報感謝しよう。私はそろそろ行くが間違ってももう一度喧嘩を売ろうなんて考えるなよ。虫の居所が今悪いんだ」
床に倒れ伏している男たちを後にし、ロッドの店に向かう。向かっている途中やけにじろじろ視線を感じると思っていたがそこで竜の返り血を落としていなかったことに気付く。ついでだ、宿に戻って着替えてこよう。
部屋に戻り、服を脱ぐ。チャリ、という金属音が鳴り識別票と共にネックレスが出てくる。綺麗な炎を閉じ込めたような赤い宝石に自分の顔が反射する。
「酷い顔をしているな、私は」
一人称を私にしてから随分と経つ。最早独り言ですらも私になってしまった。俺は結局クラウドの恋人にはならなかった、それでもあいつのことは好きだったけれど未だに恋愛感情といったものが分からない。ネックレスを握り締めて、再び自分に問う。
俺は誰だ、玄野だ。クラウドが好きになったのは誰だ、マグナだ。弟を探さなくてはならないのは誰だ、マグナだ。復讐しなければならないのは誰だ…
「玄野だ」
決意を固めて着替えを済ませる。俺とクラウドの良き友人であるロッドに会いに行こう、あいつの最後の勇姿を語らねばならない。
もう見慣れた街を一人で歩く、思えばいつぶりだろうか。少し心細いな、右側の視界は暗く、隣に立つ者の姿も見えない。今までは当たり前だったソレを今ではとても寂しいと感じる。どれだけ後悔してもクラウドは帰ってこない、だからせめてもっと強くなろう。クラウドに心配されないように、またあいつと再会した時にクソガキだなんて言われないように。雑踏を踏み抜き、路地に入る。慣れた道だ、でもこの路地がこんなに広かったなんて思わなかった。店に入り、相変わらず誰もいない店内で一人ロッドは作業していた。
「おぉ!マグナ…?どうしたその傷、誰にやられた!クラウドはどこにいる?あの野郎女の子を放っておくなってあれほど…」
「…クラウドなら死んだよ」
「…は?」
「命を懸けて竜に挑んで、最後まで戦い抜いて死んだ」
「…そうか、かっこよかったか?」
「世界一」
「男前だったか?」
「誰よりもな」
「なら言うことは何もねぇ、ほら座れ。あいつの最後、聞かせてくれよ」
「あぁ、それとエールを頼む。一緒に献杯しよう」
「分かったぜ、天国にいる男前の生意気野郎に!」
「天国にいる最高の仲間に…!」
ロッドと杯をぶつけ、エールを一気に飲み干す。苦い、あまり美味しくないがそれでもクラウドの飲んでたものを飲むのは足跡を辿っているみたいで少し心が満たされた。俺の隣、いつもクラウドが乗っていた席にもエールが出され、それとも杯をぶつける。
「そうかぁ、先に逝っちまったか。あのぼんくら」
「あいつは、クラウドは最後まで立派に戦ったよ。竜を前にしても覚悟を決めて立ち向かった。あと少し、ほんの少しでも早く首に刃が届いていれば勝っていたんだ…」
「そうか、流石だな。お前の仲間は」
「私にもう少し力があれば…もう少しいい剣を買っていればこんなことにはならなかった…」
「お前のせいなんかじゃねぇさ、クラウドもきっとこう言ってるぜ。気にすんなってな」
「だといいんだがな…エールおかわりくれ…今日は潰れたい気分なんだ…」
「クラウドに怒られるぞ、程々にしておけよ」
「怒りに戻ってきてくれるかもしれないな、ならもっと飲んでしまうが」
「どうせ向こうで潰れるまで飲めるさ、クラウドに会うまでその機会は取っとけよ」
ロッドが料理を出す、俺が初めてこの世界で食べたトラウトの塩焼きだ。確かこれを注文している時にあいつが話しかけてきて、そこから仲良くなったんだったな。
「お前らの馴れ初め、聞かせてくれよ。そういえば聞いてなかっただろ?」
「長くなるぞ、私たちの冒険の話は」
「今日はもう貸切だ、存分に聞かせてくれ」
そこから俺はロッドに今までの事を全部話した。最初にナンパしてきたこと、あいつの履歴を見て過去を知ったこと、毎日嘘か本当か分からない冗談を言ってきたこと、初めての依頼で冒険者としての心構えを教えてくれたこと。上手くやった時は褒めてくれた、頭を乱暴に撫で回して嬉しそうにしてた、戦闘で汚れた体を洗おうとしたときにあいつが間違って俺の裸を見た事。
「そりゃ最低だな!」
「最初から変なやつだったよ、あいつはそれに」
「それに?」
「私が誘拐された時は一人で助けに来てくれたんだ」
「はぁ???」
「いや本当だって、私がもうダメだってときにあいつは颯爽と現れて私を救い出したんだ」
「そいつぁすげぇな、一人で人攫い共をぶっ倒したのか?」
「分からない、クラウドが来た安心感で倒れてしまったからな。それでも目が覚めたらもう外にいた。クラウドはボロボロだったけど、そんなになってまで私を地獄から救い出してくれたんだ」
「やっぱいい男だろ、あいつは」
「間違いなく世界一のいい男だ」
そこから更にクラウドの話は盛り上がり、酒はその分進んだ。心地よい聞き手役のロッドが会話の節々で相槌を入れてくれ、俺はクラウドとの思い出を淀みなく伝えることが出来た。
俺にシガレットを教えてくれたこと、祭りで二人で歪なステップを踏んだこと、それがたまらなく楽しかったこと、プレゼントをくれたこと。全部かけがえのない思い出だった。
「それがそのネックレスってわけかい」
「そうだ、綺麗だろ?私の瞳みたいだっていって渡してきたんだよ」
「口説き文句にしては上等だな」
「それがたまらなく嬉しかった、私は人になにか貰ったことがない、渡したこともない。そういう色んな初めてをあいつは教えてくれたんだ。嬉しかったなぁ…本当に…」
「へぇ、あのクラウドがねぇ…」
机に突っ伏して杯をカラカラと揺らす、確か初めてここに来た時からロッドとクラウドは知り合いだったはずだ。ならロッドは俺の知らないクラウドを知っているかもしれない。
「そういえばロッドはどこでクラウドと知り合ったんだ?」
「最初にあいつがここに来た時、そりゃあもう酷いくらいやさぐれてたな」
「クラウドが??」
おそらくレボルが死んでしまった時だろう、あのときのクラウドは酷いくらい精神がすり減っていたと以前魔法師の女に伝えられたことがあったな。
「そう!髪はボサボサで目は泣き腫らしたあとみたいなのがあって、ボロボロだった」
「その時であったのか」
「入ってきて先ず一言、今にも潰れそうな店だって言いやがった」
「あはは!失礼だなぁクラウドは」
「だろ!?んであまりに生意気だったからぶん殴ってやったんだよ」
「お、喧嘩になったのか!」
「当然、あいつも反撃してきたけどなんていうか芯が通ってなかった。大して飯も食ってなかったみたいだったし取り敢えず作って突き出したんだよ」
「ボコボコにした後に?」
「ボコボコにした後に、んでそれ食ったクラウドがあまりにも美味そうに食うから話を聞いたんだよ」
「うんうん」
「そしたらあの野郎泣き出してさ、ずっと俺のせいで仲間を失ったみたいなことを言い出し始めやがった」
その気持ち、今なら痛いほど分かる。楽しいばかりが冒険者じゃないのは分かってる。それでも自由を求めて走り出して、ようやく仲間に出会えたと思った途端失う。クラウドがそのときどんな気持ちだったか、どれほど自分を責めただろうか。
「で、一頻り泣いたあと帰ってったんだよ、相場より多めの金を支払って」
「やはり辛かったのだな、クラウドは」
「多分な、それでも吐き出せる場所をちゃんと見つけれたのかそれから結構顔を見せるようになってよ。しばらく顔を見せないなと思ったらマグナと来たってわけよ」
「そうだったのか、クラウドはここを私に紹介する時に言っていたぞ。これから行くところはとにかく美味いから頬っぺた落とさないように気をつけろよってな」
「はは、なんじゃそりゃ」
嬉しそうに静かに笑うロッドの目尻には涙が浮かんでいた。
「クラウドはこの店を愛していた、ロッドを愛していた。それは私も同じだ、ロッドもこの店も大好きだ」
「そりゃ良かった、料理人冥利に尽きるね」
「思えばクラウドはロッドの喋り方を真似していたように思える」
「そうか?」
「なんというか会話の節々が似ていると思ったんだ、私の直感だがな」
「はは、そうかい。こんな老いぼれの喋り方を真似してどうなるってんだか」
「憧れてたんじゃないか?絶望から救いあげてくれたロッドに」
「んな大層なもんじゃねぇよ、死にそうなやつに飯作って食わせるのが料理人の基本だ」
「ロッドからクラウドに受け継がれたその想いは、私も当然魂に刻んでる」
「そうかい」
「だから、どうかこの店はなくならないでくれよ。私の大切な居場所だ」
「当たり前だ、常連の居場所を守るってのも料理人の基本だな」
「まだ飲むぞ、潰れたらあいつに悪いから丁度いい所まで」
「あいよ、好きに頼め」
そこから俺は浴びるほどに飲んだ、天国にいるあいつにも届くくらい大きな声でロッドと思い出を語らった。ふと、隣の杯が少し動いたような気がした。やめろお前らとでも言いたげな顔をしたクラウドがなんとなくだが見える気がする。文句があるなら直接言いに来い、それか俺が天国に行った時に文句言いやがれ。
眠気が少し来た、申し訳ないと思うがそれでも床に突っ伏して寝てしまう。さらりと頭を撫でるような風が流れた。それが懐かしくて、心地よくて、つい眠ってしまった。