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#14 孤独な凱旋。

クラウドを埋めたあと死んだ目で竜の解体に向かった。(ドラゴン)に余すところなんかない、それでも俺一人で持ち帰るには大きすぎる。一番鋭い犬歯と、とりわけ大きな爪、鱗を数枚と翼膜を剥ぎ取る。俺の持ち歩いている短剣では竜の解体など不可能だ、ここでも"流星"が役に立った。凄まじい切れ味を誇る"流星"はいとも簡単に解体してくれた。討伐証明である竜の角を背嚢に入れる。確か心臓を食べれば不死になれると聞いたがそんなもの、クラウドのいない今興味も惹かれなかった。

今俺の心にあるのはクラウドを失った深い悲しみと、竜に対する敬意のみだった。こいつは確かにクラウドを殺した、だが敵と認識した以上攻撃するのは生き物の性だ。こいつを恨むのは違うだろう。そういえばクラウドが竜の肉はとにかく美味しいと言っていたな。三切れ切り取り、全てローブに包んであとは燃やした。クラウドの墓まで歩いていき、座り込んで肉を二切れ焼く。香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐった。

あんなことがあったのにお腹は空くらしい。焼けたことを確認してクラウドの墓にひとつ置いて肉を噛んだ。食べた途端不思議と笑みと涙が零れる。もう十分泣き腫らしたあとだというのにまだ涙は止まらなかった。


「はは…美味しいよクラウド…すごく…」


美味いなと言って肩を叩き、嬉しそうに頭を撫でる男はもういない。願いが叶うならこの味をクラウドと二人で分かち合いたかった。シガレットを二本取り出し、火をつける。

紫煙が肺いっぱいに充満する。涙はとうに止まり、代わりに冷静になった脳にやるべきことが溢れ出た。あのとき『水斧』を放ったクソ野郎に復讐しなければ。そのあとでクラウドの代わりに世界を見て回ろう。黒い霧、認識阻害と謎の紋章。思い出せ、逆三角形の中心に腕、埋め込まれた瞳。あんな奇妙な紋章を飾り付けて服に装飾するやつは普通じゃない。知り合いに水属性を使うやつは…いやそもそもクラウド以外と深く関わったことなんてなかったな。

とにかく、あいつらを仮称で腕男(ハンズマン)と名付けて探して回ろう。誰にもこの復讐は渡さない。この俺とクラウドの日常をぶっ壊したやつには苦しみ抜いた末の死がお似合いだ。気付けば墓に刺したシガレットと俺の吸っていたシガレットの火が同時に消えて、肉を焼くのに使った焚き火の光のみになった。


「クラウド、お前を殺したやつは絶対に私が許さない。少し窮屈になるかもしれないが近くに竜を埋葬してもいいだろうか?」

「…お前は優しいからきっといいって言うだろうな。じゃあなクラウド、また来るよ。今度来る時はいい知らせと一緒に」


近くに竜の肉を埋め、墓を掘る。こいつは危険な魔物だ。賢いとはいえ人間とは根本的に考え方が違う。それでも死ぬ寸前まで王たろうとしたこいつに俺は敬意を払いたかった。

殺したやつが隣にいるのは嫌だろうか…いやクラウドはどんなやつとも仲良くなれる。天国でレボルに自慢してるかもな、竜と一緒に飲んでてくれ。

墓を後にして森を出る、急に一人になってしまったためかやけに周りの音に敏感になってしまう。例えば森を飛び回る鳥の囀りや、木々の擦れる音。世界の音はよく聞こえるのに、あいつの声は聞こえない。

いけないな、引きずりすぎるのは良くない。帰ってからまたうんと泣こう、ロッドと二人で朝まで。

いつの間にか門の前に辿り着いていた。いつも挨拶する門番にお辞儀をする。一瞬顔が強ばったが、少しして何かを察したような顔をする。


「おかえり、いつも一緒のあいつは…いや、言わなくていい。大変だったな」

「すまん、ありがとう。通ってもいいか?」

「あぁ、それと火傷してるみたいたが大丈夫か?」

「治したはずなのに消えなくてな、それじゃあ」

「あぁ、なんかあったら医療院に行けよー!」


そうか、一人だったから気付けなかった。火傷の痕は酷く人の目を引く。それがいいものとは限らない。額に付けていた鉢金を少しずらし、眼帯のように右側を覆う。途中何度が躓いてしまった、これからは片目で生活しなくてはならないから慣れなくてはな。慣れた道を歩き、ギルドに向かう。多くの人が一瞬俺の顔を見たあと、心配したように駆け寄る。


「あんたマグナだろ…?いつも一緒のヤツはどうした?」

「…死んだ」

「…そうか、悪かったな」


俺が一言そう告げると悲しんだような顔をして全員下がっていく。分かったようなフリをするなよ、悔しいだろ、悲しいだろ。

カウンターまで進み、諸々の手続きを進める。


「お疲れ様でした、マグナさん。まずは依頼について教えてください」

「未開拓地域の調査の依頼をしてきた。大抵の事はクラウドが纏めてくれた。詳しくは調査書を見てくれ」

「クラウドさんは死亡したと言うことですが、識別票はございますか?」

「ある、それとクラウドの所持品のうち剣は私が受け継ぐことになった」

「かしこまりました、それでは他になにかございますか?なければこのまま報酬をお支払い致します」

「竜が出た」


俺がそう一言呟くとギルド中が騒然とした。絶望した顔を浮べる者もいれば覚悟を決めたような顔をする者、忙しなくカウンター内を走り回り始める受付嬢。

俺の対応をしていた受付が真剣な表情で向き直す。


「本当ですか?数は?サイズは?」

「私たちが見たのは一体のみだ、それにそこそこ大きかった」

「かしこまりました、ではすぐに国に報告させていただきます。ありがとうございました」

「あぁ待て、竜は既に討伐した」


俺がそれを言うと更にギルド内は大きくどよめき始める。うるさいな、頭に響くからいちいち騒ぎ立てないでくれ。


「討伐証明の竜の角だ。死体は燃やした、クラウドが死の間際討伐した」

「…確認します。えぇ、本物の竜の角です。本物を見たのは研修のとき参考に見た以来ですが確かに本物ですね」

「それは良かった、報酬は両方頂く。すぐに貰えるだろうか」

「え、えぇ。すぐにお持ちしますがそれに合わせて新たな識別票をお渡ししなければなりません。竜を二人で倒したのですから金等級に一気に昇格出来ると思います。国にも報告せねばなりませんのでこの後お時間頂けますか?」

「そのことなんだが…」

「えぇ、なんでしょうか」

「昇格は待って欲しい、今は国とかに仕えてる場合では無いんだ。倒したのはクラウドだし私は何もしていない」

「ですが…本当によろしいのですか…?名声も富も地位も全て手に入りますが…」

「そんなものは全部クラウドのものだ。それと、私が竜を討伐したことに関してもどうか内密にしてくれないか」

「それはなぜでしょうか?」

「亡き友が果たした英雄的所業を私がかすめとるわけにはいかない」

「…では最後にお聞きしますが本当によろしいのですね?」

「構わない」

「かしこまりました、報酬は直ぐにお渡ししますが額が額ですので少々お時間かかります。ぜひお座りになってお待ちください」

「分かった」


受付嬢と分かれ、食堂に向かう。様々な者たちが俺を凝視する。その中には見ない顔もいくつかあった。その見ない顔の者共が俺の座っている席を訪ねてきた。


「よぉ姉ちゃん、竜を殺したってのは本当か?」

「私では無い、クラウドというパーティメンバーが討ち倒した」

「へぇ、そりゃすげぇ。でもなんだって昇格を断ったんだ?」

「やりたいことが制限されるし私は何もしていないからだ」

「はっ、そうかい。じゃあ俺らはここらでいくからよ、気ぃつけて帰んな」


チクチクと突き刺すような視線が俺を舐め回すように上下する。なるほどな、ボロボロの小娘ひとりが大金を持ってたら格好の餌食か。懐かしいな、ここにきたばっかりの頃、今と同じくらいボロボロでクラウドに話しかけられたんだったな。しばらくして受付嬢に呼ばれ、報酬を受け取る。大きな皮袋を六個、その全てが金貨だった。本当は竜の素材があればもっと報酬が多かったらしいがそんなもの金のために使ってやるものか。次に行くべきは"永遠の炉心"だな。ロッドの店は時間的にまだやっていない。先にこの素材を有効利用してもらおう。注目を浴びながらもギルドを出る。同じタイミングでギルドを出たものは六人、そのうち俺の後ろを着いてきてるのは三人だった。ペースや足音的に確実に俺のあとをついてきている。面倒だが両手が塞がっている今やり合うのは得策じゃない、"永遠の炉心"に行って素材を使ってもらったあとだな。

丘の上まで歩き、なんとか目的の場所に辿り着く。相変わらず金属を叩く小気味いい音が鳴り響いてるその建物の中に入り、中にいる若者に挨拶する。


「もし、店主はいるかな」

「親方なら今裏手にいますけど呼んできましょうか?」

「頼む」

「それよりその傷、大丈夫すか?」

「もう治っているよ、早く呼んできてくれ」

「了解す」


俺のグローブを作った若い弟子が裏手に入っていき代わりに鉱人族(ドワーフ)の店主が入れ替わりでカウンターに向かい合わせる。ゴーグルを付け、厚い革手袋をつけている様子などを見るにやはり作業中だったのだろう。悪いことをしてしまった。


「誰かと思ったらいつかの新米じゃねぇか。何の用だ」

「店主の鍛治の腕を見込んで頼みたいことがある」

「ンだよ、くだらねぇ話なら追い返すからな」

「竜の素材を用いて剣と防具を打ってくれ」


驚愕と疑念を目に浮かべながら店主は続ける。


「お前のような新米がどうして急に竜の素材なんか手に入ったんだ。それにその剣、あの金髪の兄ちゃんはどこにいった」

「クラウドなら死んでしまったよ、この剣は私が受け継いだ。竜の素材はクラウドが命を賭して掴んでくれた形見だ」

「ふぅん…?」


俺の目をしばらく見つめ、やがて全て理解したかのような顔で言葉を告げる。


「その傷、てめぇも随分こっぴどくやられたみてぇだな。クラウド…だっけか、あいつのことも残念だった。あいつはいい戦士だったろ」

「世界一の戦士だった」

「そうかい、まぁ竜の素材を使って打てるってんなら鍛冶師にとっちゃあ夢みたいな話だ。素材と、欲しいもんをいいな。値段はその後だ」


俺は牙と爪、鱗を数枚と翼膜を並べる。素材を少し眺めて改めて店主は言った。


「こりゃ本物だな、それに相当強ぇ竜だ」

「分かるのか?」

「何年鍛冶師やってきたと思ってる。竜ってのは年をとればとるほど強くなる。こりゃあ相当な年長者だぞ」

「そうか、確かにあいつは王だった」

「竜ってのはそもそもが生まれながらの王だ。そこから経験を重ね、生き死にの修羅場を潜り抜けたらもう覇王よ」

「覇王…」

「話が逸れて悪かったな、何が欲しい?」

「長剣と短剣、それと胸当てとグローブ。ローブも欲しい」

「ハッ、それ聞いたらそのための素材厳選にしか見えねぇな」

「可能か?」

「なめんなよ、俺ぁ鉱人族一の鍛治職人よ」

「それに大酒飲み?」

「ハッ、分かってんじゃねぇか。それにその剣も見せてみろ」


鼻息を鳴らしながら少し笑う店主、俺は言われるままに"流星"を渡す。誰にも触らせたくないが不思議とこの店主には触らせてもいいと思えた。鍛治職人だからか、それとも別の何かがあるのかは分からないが。


「お前さん…いやクラウドかもしれんが相当無茶させたな」

「…」

「黙ってたって分かる、こいつはあと少しで死ぬ」

「ちょっと待て!"流星"は死なない!なぜそんなことを言う!」


クラウドの形見が死んでしまう…そんなことを言われ店主の言葉が脳で反芻する。しかしそんなようには思えない、こいつは持ち手の願いを叶えようとしてくれる良い魔剣だ。名刀だ。


「こいつはもう少しで死ぬ。それは変わらねぇ」

「…そうか」

「そう悲観すんな、だがこいつの魂は死ぬ気がねぇんだよ」

「魂?」

「あぁ。こいつから流れる魔力がな、まだ終わりたくねぇって言ってんだよ」

「まだ終わりたくない…」

「そうだ、だからこいつの願いを聞いて生まれ変わらせてやる。どうだ?お前はそれを認めれるか?」

「少し触らせてくれ」


店主から再び"流星"を受け取り、目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。"流星"から流れる魔力、クラウドの想い、その全てが通じて俺の中に入ってくる。

すまんクラウド、お前の力まだ借りるぞ。受け取った流れ星の光はもう消えさせない。


「頼む、こいつを死なせたくない」

「そうか、じゃあこいつも生き返らせてやる。値段はまぁこんくらいだ」


提示された額は金貨三百枚、当然だ。専門的な知識や技術には途方もない時間と努力が関わっている。むしろ安いくらいだった。金貨袋の中から細かに三百枚数えて渡す。一気に体が軽くなってしまった。だがまだ余裕がある。


「いつくらいに出来るだろうか」

「俺はこいつを早く仕上げてお前さんが装備しているところを見たい、三日だけくれ」

「そんなに早くできるのか?」

「他の依頼もあるがこれに勝るモンはねぇ。三日後またここに来い」

「分かった」


鍛冶屋を出て、丘を下る。体は軽くなったし両手はようやく開いた。天を仰ぎ大きな声で周囲に告げる。


「もう気付いてるぞコソ泥ども、早く出てこい」


俺がそう告げると周囲から三人、先程ギルドで話しかけてきたやつとその周りにいたチンピラが出てきた。ロッドの店にこいつらを呼ぶ訳にはいかない、さっさと倒して向かわなくてはな。

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