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#13 黒い撃鉄。

思考が止まる、絶望が脳を支配する。まだ微かに息がある、全力で『微癒(ヒール)』をクラウドにかけ、薄水薬(ポーション)を無理やり飲ませる。幸い(ドラゴン)は沈黙を貫いていた。


「大丈夫か!クラウド!俺のせいで…俺が無能なばっかりに…」

「…マ…グナ…」

「喋るな!今治してやる!二人で…二人で帰るんだろ…!!」

「…もうた…からねぇ…よ…」

「黙れ!こんなところで絶対に死なせない!世界を旅するんだろ!お前は!」

「はは…なに…いってる…か…わからねぇよ…」


咳と共に血を吐き出す、魔力はもう空だ、心臓はバクバクうるさく視界の節々が暗く染まっている。抑えてる手には血がべっとり張り付き、鼓動は徐々に静かになる。


「…もう未来なんて見えねぇけど…大した人生でもなかったけど…きっと俺の眼はお前を見つけるためにあったんだなぁ…」


もうなぜ生きてるのか分からないほど傷は深く、それでもなお俺の胸を力強くクラウドは叩く。上半身をなんとか上げ、暗くなり始めてる瞳で俺を深く見つめる。

俺の手から出る淡い光はもうとっくに赤い血に変わっており、温かいクラウドの体温も徐々に冷たくなる。


「俺の剣…やるからよ…いつか竜なんてぶっ殺して、このクソッタレの綺麗な世界を…見てこいよ…」

「それはお前の剣だ!お前の夢だ!嫌だ!お前で叶えろ!」

「ぁあ…もう大して見えねぇけど…相変わらず綺麗だな…お前はなんでもできる…なんだってな…」


それだけを言い残して、クラウドは俺の中で力なくパタリと倒れた。先程まで沈黙を貫いていた竜が俺を一瞥し、興味を失ったように森の中に戻ろうとした。

俺の中で、黒いなにかが全てを塗りつぶしていく。この世界は綺麗だ、美しい。そしてそんな綺麗な世界を汚さんとする無礼者が余りにも多い。

俺に世界を教えてくれた人、俺と肩を並べて笑いあってくれた人はもういない。それだというのに俺から全て奪っていったやつがまだ生きてやがる。

もう魔力なんてないはずだ、それでも使い慣れた魔法が、まるで意志を持ったように勝手に発現する。巨大な『火矢』、それを竜目掛けて放つ。もう何度もぶつけた。結果なんて分かり切ってる、それでも一発ぶち込まなければ腹の虫が収まらない。『火矢』はあっけなく鱗によって弾かれ、忌々しそうに竜が再びこちらを向く。目が合った瞬間、自然と憎悪が口から零れる。剣を拾って竜を指さす。


「ぶっ殺してやる」


脳の中で撃鉄が起こる音がした。クラウドのくれた"流星"の柄を握り潰すように掴み、竜に飛びかかる。俺の思考は黒く、深い憎悪に塗り潰される。竜が腕を伸ばし、俺にその鋭い爪を伸ばす。爪の隙間を縫うように通り抜けて渾身の力を込めて剣を目に投げ飛ばす。目に突き刺さり、竜が怒りの咆哮をあげる。まだ修復しきれてないだろ、お前の目。


「怒ってんのは俺の方だよ、それと"流星(そいつ)"もな」


今なら"流星"の力が手に取るようにわかる、こいつは空から堕ちてきた哀れな星から出来た剣だ。持ち手が望むなら、こいつが望むなら、何度でも宇宙(ソラ)に戻り、再び大地に衝撃をもたらす。つまり、こいつは持ち手の思うがままに動く。突き刺さった剣が俺の手元に戻る。悔しいだろ、相棒を失って。分かるよ"流星"、だからさ、あいつを一緒に殺してやろう。俺の気持ちに呼応するように妖しく光る"流星"。

今俺たちは自分に何ができるか全て分かる。いや、正確には


「なんでもできる」


クラウドの声が耳に響く、あいつは最後まで恨み言なんて言わなかった。ただ俺のことを信じてた、あいつの未来を潰したこいつに未来なんてない。怒りのままに腕を振り下ろし、再び流れ星は大地を穿つ。竜の腕が宙に浮かび、赤い鮮血が弾け飛ぶ。


「汚れるだろうが、クラウドから貰った全部が」


ローブのフードを被り、体内の回路が新しく開くような感覚に神経を研ぎ澄ませる。今まで沈黙を貫いていた闇属性の回路だ。だから今、闇属性(こいつ)に何ができるか全て分かる。


「『流渦(リュウカ)』」


人差し指を折り曲げ、激昂する竜を俺の方に引き寄せて黒い粒子を纏った拳でぶん殴る。鱗が砕け、激しく吹き飛ぶ。大木をへし折り、先程竜がいた陽光のスポットライトの元へと引きずり出す。

竜が、震えている。初めて覚えるであろう死の感覚に打ちひしがれている。

今更何を恐怖している、お前がいつもやっていたことだろ。今なら呼吸をするように魔法が使える。

試したい、この力を。新しい力を。全力で回路を開き、とっくに空のはずの魔力を注ぎ込む。黒い粒子の様なものが俺の周りを漂い始める。


「耐えろよ、王様」


雷属性と闇属性を混ぜる、巨大な黒い雷が竜目掛けてスパークを迸らせる。電光石火の雷鳴が鳴り響き、竜の体を貫く。使ったことない魔法でも自然と脳に木霊する、全身を駆け巡る魔力が、属性が喜んでいる。再び今の魔法を唱える。あの一撃で竜は死なない。


「『奈落雷(ナルカミ)』」


再び黒い雷鳴が竜に走る。断末魔が否が応でも耳に入る。俺は剣を構え、空間を圧縮する。距離を詰めるならばそれに適応した形で、最適と無駄を削ぎ落とした形態に。

纏っていた黒い粒子が変形し、ひとつの大きな翼が左肩に発現する。片翼でもなお雄々しく羽ばたく竜の威厳に影響されたか…?たが今はそんなことはどうでもいい、片翼をはためかせて剣を握り、ひとつの墜落する黒い凶星と化す。


「こんなんじゃ死なねぇだろ!なぁ!虐殺の王よ!」


自然と口角が上がる、口端が歪む。お前もまだ怒ってるだろ、"流星"。人間には到底不可能な竜の速度で星の墜落を叩き込む。漆黒の衝撃が走り、竜の体を穿つ。確かに貫く威力だったはずだがギリギリで貫通を免れ、俺を左腕で掴む。王者の眼光が目前に迫る。

どうやら竜はまだ死んでいないようだ、肉体がいくら損壊しようとも未だに尊厳を保とうとしている。俺の墜落を尚も受け止め、口内に溜めていた炎息(ブレス)を俺にぶつける。俺の目の前で閃光が弾ける。刹那、大きな爆発音が鳴り響き衝撃が体に走る。慌てて防御の姿勢をとったが翼で覆えない範囲は焼け爛れる。なぜか痛みは感じない。左目でなんとか捉えた竜の姿は既に満身創痍だった。腹は俺に貫かれ、翼と右腕はクラウドと俺が斬り裂いた。瞳は"流星"が穿ち、おまけに自爆上等の炎息まで俺にぶち込んだせいで、息は絶え絶え。俺の方も右目は既に使い物にならない、医療魔術に回す脳のリソースなんてものは今の俺には無い。ただ目の前にいる王者を殺すために脳みそをフル回転させる。竜は未だ王として君臨し、俺という敵が倒れるまで死ぬ気は無いように見えた。焼けた喉で精一杯息を吸い込み、"流星"を握り締める。

竜は俺を以前睨みつけ、ゆっくりと立ち上がる。俺が大地を踏みしめて駆け出した瞬間竜も鏡合わせのようにこちらに向かって飛びかかり爪を振り下ろす。竜の爪は俺の腹を抉り、俺は竜の首を叩き落とした。

声も挙げず、その巨体を地面に打ち付けて倒れた。最後まで、生物の頂点として、王として君臨し続けた。なんとかして倒れないように"流星"を地面に立ててそれに体重を乗せる。

先程まで俺の体を纏っていた黒い粒子は空に向かって消えていき、今まで感じていなかった激痛が一気に体に襲いかかる。意識が朦朧とし、今にも倒れそうだったが最後に大きく叫ぶ。


「…仇はとったぞ!相棒!」


分かりきっていた、返事なんか帰ってこないと。それでも叫ばざるを得なかった。朦朧とした意識の中で生存本能のままなんとか竜の元へ向かう。昔聞いた気がする、竜の血はあらゆる傷を治すと。疲労困憊になりながらも首の切り傷に顔を突っ込む。血生臭いが、お構い無しで血を啜る。見る見るうちに傷は塞がり、えぐれた俺の脇腹は歪ながらも修復される。だが竜の炎息によって焼け爛れた俺の右目は、治ることはなかった。

勝利の愉悦なんてものは一瞬で消え失せて、ぽっかりと空いた心の穴だけが残った。魔物に勝っても、依頼を完了しても、よくやったと言って頭を乱暴に撫で回す仲間はもういない。涙が、溢れて止まらなかった。

クラウドのところまで歩いて向かう、体が治った今とりあえず竜はどうでもいい。竜との戦闘で荒れ果てた森を一人で歩く、ようやく辿り着いたそこで俺は現実に直面する。腕が折れ曲げ、内臓が飛び出し、血溜まりの上にクラウドは倒れていた。俺はそこで張り詰めていたなにかが千切れ、その場に倒れ込み、再び嗚咽を漏らした。


「私は…竜を殺したぞ…クラウド…だから二人でロッドの所へ行こう…?なぁ、返事してくれよ…」


返事は帰ってこない、ひと通り泣いたあとクラウドの教えを思い出す。魔物は倒した後焼かねばならない。

そうだ、やらなくてはならないことがまだある。それにクラウドをこんな所に野ざらしにしてはいけない。認識票と鉢金を回収し、土に埋める。そこらに転がっていた石に短剣でクラウドの名前を刻む。石に鉢金をかけて、手を合わせる。雑な墓でごめんな、許してくれ。

じゃあな相棒、天国があるかは分からないが向こうでレボルと先に一杯やっててくれ。俺もいつか行くからその時に三人で話そう。

本当に今までありがとう。俺も最後までお前が大好きだったよ、"流星"と夢は俺が受け継ぐから、上から見守っててくれ。ゆっくり休めよ、相棒(クラウド)

空を見上げると昼だと言うのに流れ星が流れた、"流星"が呼応し、少し震える。そうだな、進もう。やらなくちゃいけないことが山ほどある。

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