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#12 王の御前。

俺たちは森をひたすら歩いた。どんな魔物がいるのか、どんな植物が生えているのか。事細かにクラウドに報告をし、それを紙に書き出す。陽の差す森を、西へ東へ。しばらくして俺たちは少し休憩する事にした。


「案外楽な依頼だったな、思ったより魔物は活性化していないしもうしばらく調査したら帰ろうか」

「そうだな…だが何か変だ」

「変?」

「あぁ、普通魔物の活性化には理由がある。それが急にこんな静かになるなんて有り得ない」

「確かにそれはそうだが…元々理由が明らかになっていない活性化だ。理由なく沈静化されることもあるかもしれんな」

「冗談にしてはタチが悪ぃ、やっぱり妙だ」


突如、森がざわめき始める。地は揺れ、空は叫ぶような感じがする。木々の揺れだけではない、鳥が一斉に飛び出し不穏な気配がする。

慌てて俺とクラウドは立ち上がり、周囲を見渡す。


「来るぞ、警戒!」


クラウドが号令を飛ばして剣を抜く、俺も素早く剣を抜く。刹那、群魔狼(フェロウルフ)が飛び出し、俺たちの間を通り抜けて走り去る。群魔狼は獰猛な魔物だ、集団で狩りをこなす生態な上、人間ごときに背を向けて逃げることは無い。つまり…


「この先にもっとやべぇのがいやがる」

「あの群魔狼が襲ってこなかった。クラウドの言う通りと見て間違いなさそうだ、どうする?」

「報告書に群魔狼が逃げ出したため危険な魔物がいる可能性ありなんて書けるか、せめてどんな魔物がいるかは一目見て置かないといけない」

「分かった、なら進もう」


先程まで差してた陽光は不思議なくらいに落ち着き、暗闇を進む。やかましいくらいに騒いでた木々は落ち着きを取り戻し、妖しい静寂が訪れる。聞こえるのは俺やクラウドの息遣い、小枝を踏み締める音、金属の擦れる音くらいだった。どれくらい歩いただろうか、暗い森の中に佇むそいつを見つける。

そこだけ何故か光が差し込み、スポットライトのように暗闇の中で照らされる。大きな翼を折り畳み、爪を地面に抉りこませて座り込んでいてもなお感じる王者の風格。食物連鎖の頂点、遍く魔の王、蠢く暴力。本の中でしか見たことの無い総ての王。


「…(ドラゴン)

「最悪だ、それ以上喋るな。逃げるぞ」


クラウドが震えている、俺の視界も揺れる。足が上手く動かない、剣を持つ手は震えている。武者震いなどかっこいいものではない、生き物の根幹にある死の恐怖。武の達人ですら克服は困難な生物の本能。

俺の口を手で覆い、踵を返そうとするクラウド。確か竜は賢い生物だ、俺たちから攻撃しなければ無闇矢鱈に暴れるなんてことは無いとどこかで聞いた。このまま行けば大丈夫、俺たちは生きて街に戻りこのことを報告しなければいけない。じゃないと俺にとっての故郷が、思い出が、人々の営みが消えてしまう。

ゆっくりと後退りする、着々と距離は離せてたはずだった。


「クソッタレ!!」


突如クラウドが大声で叫ぶ。クラウドのような賢い人物が竜を前にして狂ったとは思えない。先程まで冷静な判断を下し続けてた男だ、それがなぜ叫ぶ…?その答えはすぐに分かった、俺たちの後方から『水斧』が飛んだからだ。スローモーションでその魔法が飛んでいくのを目で追った、巨大な水の形をした斧が竜に直撃する。水が弾ける音が森に木霊する。当然そんなもので竜の装甲は貫けない。


「構えろ!マグナ!」


クラウドが叫ぶ、今までにない声量。切羽詰まった声、苦虫を噛み潰したような顔。額に脂汗が滲む。誰が魔法を放った?中位水魔法を使えるほどの人物が竜に喧嘩を売るとは思えない、まさか嵌められた?そんな考えが脳を駆け巡る。

だがそれすら全てかき消すような咆哮が俺たちを貫く。圧倒的な力に逆らう愚か者を処刑する心臓を突き刺すような音。ビリビリと大気が震え、木の葉が舞う。ゆっくりと立ち上がり、王者は俺たちを一瞥する。餌ではなく、たまたま立ち寄ってしまった無礼者でもなく、明確な敵として竜は俺たちに向き合う。全身から汗が吹き出し、思考が一瞬止まる。

命のやり取りをする場面でそれは命取りだ。前から俺を吹き飛ばす衝撃が走る、クラウドだ。俺を抱えるように床に転がり込み、先程まで俺たちが立っていた場所に火炎が通る。ここからでも熱気が伝わる、空気を焦がし、木々を命を燃やし尽くす竜の炎息(ブレス)だ。


「馬鹿野郎!死にてぇのかてめぇは!!!ボサっとすんな!!!」

「…すまない、少し思考が詰まった。どうすればいい?手立てはあるか?」

「ない!俺たちは英雄じゃない!竜を殺す方法なんてない!だがどっかの馬鹿が喧嘩売りやがった!だから殺るしかない、俺たちで!」


覚悟を決めた顔で俺を見下ろすクラウド、炎息の光が鉢金に反射する。やるしかない、相棒が仲間が殺ると言ったなら覚悟を決めるしかない。不思議と震えは止まっていた、クラウドとまた笑って冒険するにはこの困難に立ち向かわなければならない。


「了解だクラウド、先程の失態はもうしない」

「なら結構だ相棒、謝罪は帰ってから死ぬほど聞いてやる。まずは姿を隠すぞ、大した時間稼ぎにはならないがそれでも少しは稼げる」

「分かった」


急いで立ち上がり、森の中を走る。視界の端で黒い霧が移った、胸の辺りになにか紋章のようなものが見えたが今はそんなこと気にしてられない。とにかくクラウドとともに森の中を駆ける。


「俺の眼は未来が見える!隠しててすまん!俺の言うことに従えばお前は死なない!」

「私が使える魔法は火、土、雷だ!中位までなら放てるが使いすぎると私は木偶の坊だ!隠しててすまない!」


クラウドの眼は未来を見れる…?思えば確かにところどころ不自然なほど察しがいいときがあった。竜に魔法が放たれる前に叫んでいたように、時々未来を見ていたのか。


「お互い、隠し事ばっかだな」

「帰ったら身の上話でもしよう、ロッドの店で」

「そりゃ結構だ!二人で帰るぞ!」


後ろから衝撃が迫る。王者のお通りだ、その往く道には俺たちしかいない。探している、俺たちを。


「竜の鱗はクソみてぇに硬い、俺の剣でも斬れるか怪しい!おまけにあいつは群魔狼より速い」

「…なるほど。では私が囮になろう、隙を見て強襲してくれ」

「危険だ、できるか?」

「竜に肉薄するクラウドよりかは安全だ、だからクラウドこそ大丈夫か?」

「なめんな、ぶちかましてやろうぜ相棒」

「いつも通り、な」


拳を合わせ籠手がぶつかる音がする。俺は歩みを止めて後ろを振り返る。先程より離れているはずなのに圧が依然変わらない。クラウドは森の中に隠れたか、なら(マグナ)のやるべきことは一つだ。

暗闇の中で眼光が光る、目を合わせて中指を立てる。


「一度食べてみたかったんだ、竜の肉」


『火矢』『土弾』『雷槍』を同時に展開し、竜目掛けて一斉に発射する。暗闇の中で爆発し、土煙が起き、スパークが走る。全て直撃、大したダメージにはなってないだろうが少しくらい意識をこちらに向けてくれれば上々だ。『四足』『四手』も同時発動して攻撃に備える。

暗闇から竜が顔を出す、中位魔法全て食らったはずなのに相変わらずの顔で炎息を俺に向かって吐き出す。それはもう見た、横に飛び込み回避し、ついでに『火矢』をぶち込む。


「王者もそんなものか!私はここにいるぞ!」


思考を止めるな、舌を回せ。相棒(クラウド)が竜にその牙を差し込むまで、竜の意識をこちらに向けろ。俺の攻撃は効かない、だがそれでも戦場では一という数だ。


「炎息では殺せない上等な獲物だ!かかってこいよ!!」


俺の中の回路をフル稼働させる。魔力が体に巡り、今までにない高揚感と痛みが走る。人間の許容範囲を超えて魔力を巡らせているのかもしれない、だがそんなものお構い無しだ。俺の手札はこれしかない。

竜が俺に向かって走り出す、大地が震え、心臓は飛び跳ねる、弱者を踏み潰す王の凱旋だ。巨大な爪が眼前に迫る、剣で受けたら丸ごと裂かれる。後ろに倒れ込む要領で膝を折り曲げ、姿勢を低くする。右から左に撫でるように振られた爪は木々をへし折り、大気に隙間を作るように空間を裂く。全力で強化魔法を注いだ俺の全身全霊を持って鱗に剣を突き刺す。だが当然刃が通るわけなどなく呆気なくひしゃげてへし折れる刀身。まだやれることはある、腕の内側に入り込めたのは好機だ。巨大な『火矢』を作り上げて全力で放つ、速度は皆無、至近距離でないと当たらない火力重視の馬鹿げた魔法。


「これでも喰らえだ、馬鹿野郎」


竜の体で爆発が起きる。この距離では俺ごと巻き込まれるが俺には火鼠のローブがある、多少なら火炎耐性が着いてる。それでもローブは焼き切れ、所々に焦げの穴が出来る。それでも爆発の土煙が晴れる頃、尚のこと竜は無傷で立ち続ける。翼を広げて、俺を見下ろす。口を大きく開け、鋭い牙が立ち並ぶその口内で大きな火炎が出来上がる。炎息だ、先程と違い溜め、上から吐き下ろすソレは俺から回避の選択肢を奪う。

なぜなら回避する必要がないからだ、翼を広げて俺を見下ろす空の王者に、一人の男が飛びかかる。黒い剣を振り下ろし、捕食者の眼で竜を捉える。


「よくやった相棒!あとは任せろ!」

「あぁ!ぶちかませクラウド!!」


竜の翼を十字に切り裂きながら背中を駆け抜ける。空気を受け止める翼をなくした空の王者は、その寵愛を受けることなく地面に倒れ伏す。血が森の中に弾ける。竜の叫び声が聞こえ、尚もクラウドは剣を振り下ろす。俺とは違い確かに鱗を貫くその魔剣は、土壇場でクラウドに呼応するかのように切れ味を増す。俺の目に負えない速度で竜を撫で斬る、両目を突き刺し、背中を斬り開く。この鉄等級の俺の相棒の剣はとうとう竜まで届いている。

魔力の大量消費で立ちくらみがするがそれでもなんとか立ち続けてクラウドの、竜殺しの英雄の誕生を目に焼きつける。勝ちを確信した時、竜が一瞬その場で回転した。斬られた翼は折り畳み、片翼で体を捻る。斬られた傷をよく見ると煙が立ち込め、見る見るうちに回復して言った。俺の真横に、なにかの塊が勢いよく落ちる。血まみれで、体の所々が折れ曲げ、つい先程まで仲良く笑いあってたモノだとは思えなかった。


「あぁ…ああああああああああ…!!!!!!」


塊を直視した瞬間、絶叫が俺の口から漏れ出る。

それはここで得られた初めての仲間で、信頼できる友で、共に狭い店で夢を語った金髪の青年だった。

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