#11 陽の差す道標。
祭りが終わり、街の喧騒もすっかり落ち着き今までの日常を取り戻しつつあった。俺たちはより結束も強くなり、なんだかんだ依頼を失敗することもなく順調に成功していった。依然等級は黒と鉄のままだがそれでもあと何度か依頼をこなせば昇格は間違いないものだった。沼地での鉄顎鰐の討伐依頼を完了し、かなりの額が入ったため久しぶりにロッドの店に行くことにした。
相変わらず店内は小さく、客は俺たち以外いないように見えた。来客を知らせるベルがなり、作業中のロッドが嬉しそうにこちらを見る。
「お?クラウド!それにマグナも!久しぶりだなぁ!えぇ!?」
「よぉロッド、まだ潰れてなかったんだな」
「うちはこう見えても人気店なんだよ、ほら座んな。マグナも早く来い」
「久しぶりだな、ロッド」
「元気してたかマグナ、ちゃんと美味いもん食ってるか?」
「ここほどじゃないがそこそこ美味しいものは食べれてる」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、酒はどうする?エールか?葡萄酒か?」
杯を用意してロッドが言う。席に座りながら俺とクラウドは否定する。
「酒は…やめたんだよ…」
「なんだよクラウド、珍しいな。ならマグナも飲まないのか?」
「すまん、私たちはしばらく酒は控えることにしたんだ」
「ふぅん、まぁ酒ってのは男女のもつれを起こす起爆剤だからなぁ。そしたら適当に料理出してくから食ってけや」
「わりぃなロッド。あと男女のもつれとかで酒を辞めたわけじゃねぇからな」
「ほんとかぁ?でもまぁ少し見ない間に随分と男前になったなクラウド」
「そうかぁ?対して変わってないように見えるけどなぁ」
「それにその鉢金、お揃いたぁお熱いね」
「そんなんじゃねぇよ馬鹿!」
クラウドがあまりに焦った顔をしていたのでおかしくなってつい笑ってしまう。そこまで否定することでもないだろうに。雑談をいくつか交わし、提供される料理に舌鼓を打つ。
「んー!相変わらずロッドの作るご飯は美味しいな!」
「マグナに褒められるのが一番嬉しいな、やっぱできる料理人ってのは女にも褒められてこそだ」
「いやでも実際マジに美味いぜ、今日のは特に疲れたから余計に沁みるわ」
「そんなに今日の依頼しんどかったのか?」
「しんどいなんてものではなかったぞ、なぁクラウド」
「ありゃもう二度とごめんだね」
「なにとやりあってきたんだ?」
「「鉄顎鰐」」
思い出すだけで嫌な気持ちになる。とにかく疲れたしもう二度とあの依頼はやりたくない。
「てことは沼地か、どうだった?」
「俺ぁとにかくあの泥が嫌いだ、足が掬われるし重たくて動きずらい。なのに鉄顎鰐は素早く動き回るなんざクソすぎてやってらんなかったぜ」
「私はどこからくるか分からないのに神経を使ったな。下や横、少し目を離すと消えてあっという間に目の前に大きな口が現れる。クラウドがいなければ危なかったな」
「なるほどなぁ、てことはガッツリ行きたい気分だろ?」
「動き回ったからな、ガツンとくる系が欲しいね」
「私はロッドの作るものならなんでも食べるぞ」
嬉しいね、と一言呟き背を向けてロッドは調理を始める。待っている間、出された料理を口に運びながらクラウドと次の依頼について話す。
「そういえばマグナ、俺たちに指名の依頼がきたって話したよな」
「あぁ、指名となれば他よりも報酬が高い。受けない理由はないと思う」
「それはそうなんだが、ちょーっと内容がきな臭くてな」
「きな臭い?」
クラウドがフォークで肉を突き刺し、俺の方に向き直す。目は真剣そのもので、なにか鬼気迫るものを感じる。
「ブルザレム森林の未開拓領地域の調査、それ自体は別になんら問題はねぇ」
「大して危険な魔物はいないように思えるし、それ自体に問題がないならどこに違和感を感じる?」
「最近やたら魔物が活性化していると前に話したろ、それ自体中々ないことに加えて依頼主が少し妙だ」
「依頼主?」
「あぁ、普通なら俺らと面会して最終判断を下すと思うんだが面会もなしで俺らを直で指名しやがった」
「確かに妙だ、どうする?やめるか?報酬はかなりいいらしいが」
「そこだ、別に金に困ってるわけじゃねぇがあるにこしたことはない。どうしたもんか…」
俺たちが頭を悩ませ、色々と話し合っているところに料理が割って入ってきた。
「なにを悩んでるかは知らねぇがお前らは冒険者だろ?やりたいことをやるのがお前らだろ?お前らはどうしたい?」
俺とクラウドは顔を見合せ、改めてロッドの方に顔を見やる。
「私は…出来ると思う。クラウドとならなんだってやれる、確かに怪しいところも多々あるけど未知を開拓するのも冒険者だ」
「…俺ぁ見たことないものを見たくて冒険者をしてる。あの日走ったときからそれは変わらない」
頭を少し掻きながら再び俺の方を見るクラウド。その瞳は真剣そのもので、いつものヘラヘラした様子は一切ない。
「マグナ、俺はやりたい。未開拓地域の調査、不明な依頼人、上等じゃねぇか。俺とお前なら切り開ける」
「なら決まりだな、私は誰よりもクラウドを信用している、信頼している」
クラウドと拳をカツンと合わせ、籠手同士がぶつかる小気味いい音がなる。
「なら食ってけ、どんな依頼をこなすにしてもまずは腹を満たすところからだ」
「違ぇねぇ、明日速攻で依頼を受領して向かう。腹が減ってはなんとやらだ」
「ロッドの作るご飯なら私はいくらでも食べれる気がするぞ」
相変わらずロッドの作る料理はどれも美味しく、常に隣にいるクラウドは頼もしい。出てくる料理をひたすら食べて腹に詰め込んだ。
しばらくして俺たちの腹は満たされて、明日も早いということで解散の運びになった。会計をしてロッドの店を出る。
「またこい、次はとびきりいいのを仕入れてやる」
「そいつは楽しみだ、また来るぜ」
「またなロッド、楽しみにしてるぞ」
店先までロッドは来てくれ、俺たちは通りに戻る。
何回も見た夜中の静かなカトデラル、少し冷たい空気の中を俺とクラウドは歩く。二人の歩く音だけが路地に鳴り、まるで俺たちしかいないかのような錯覚をする。
「明日依頼は受けておく。先に門の前で待っててくれ」
「了解だ、何か必要なものはあるか?」
「特にない、未開拓地域の調査とは言うが森の中を歩いてどんな魔物や植物がいるかの確認だ。どうせギルドから紙とかペンの類は支給されるだろ」
「分かった、明日も頑張ろうな」
「もちろんだ、宿まで送ってく。今日は早く寝ろよ」
「夜更かししたことなんかあんまないぞ」
「じゃねぇと身長伸びねぇもんな」
「うるさい」
冗談を言い合いながら静かなカトデラルの路地を踏み歩く。大きな金色の月が二人の鉢金を照らして、街灯の光を纏う。こんな日々がいつまでも続けばいいと思った。
宿に戻り、装備を外してベッドに飛び込む。ふと前見た悪夢を思い出した。あの日以来一度も見ていないクラウドが闇の奥深くまで入っていき、戻って来れなくなる夢。なんとなく不吉な予感はしていたが特にこれといったことも起こっていない、嫌なことを思い出してしまったなと思い枕に顔を埋める。明日は早い、もう寝てしまわないと。
その日、悪夢は結局見なかった。見たのは一面の綺麗な黄金の小麦畑。綺麗なこの女の人は俺…いやマグナだ。生きていた頃のマグナを空から見下ろす。楽しそうに麦畑で作業に勤しんでいる。傍にはマグナによく似た小さい子供、確か弟がいたような記憶が朧気だがある。躓いて膝を擦りむいたようだ、光魔術『微癒』を使って傷を治すマグナ。どうやら元から使えたようだ、専門的な知識は下位くらいならば必要ないのだろう、俺がすぐに使えたように。
気がつくと朝になっていた。小鳥の囀りと朝を告げる鐘で目が覚める、一粒の涙が頬に流れた。あの記憶を垣間見て俺が感動した訳では無い、忘れてしまっていたことをこの体が反射で悲しんでいるような感覚。
いつか探しに行かなくては、今は無理でもいつか。きっとクラウドも手伝ってくれる。だがとにかく今は依頼をこなさなくてはならない、慣れた手つきで装備を付ける。どこにも不備はない、鎖帷子に大きな穴もなく、レギンスや胸当てもへこみは無い。鉢金をつけ、防具の中にネックレスと識別票をしまう。剣は錆びていないし欠けてもない。
背嚢に予備の薄水薬が入ってることを確認、準備は万端だ。宿を出て門に向かう。相変わらずこの街の朝は騒がしい、店の準備をする者や仕入れをする業者。それらを脇見で視界に入れながら門に向かう。門のそばの露店でサンドウィッチを買って壁に寄りかかりながら食べる。焼きたての肉とパンがとても美味しい。食べ終わり、シガレットに火をつけクラウドを待つ。
「待たせて悪いな」
「ちょうど朝ごはんを食べ終わってひと休憩挟んでいたところだ。そろそろ行くか?」
「あぁ待て、俺も吸ってからだ」
「魔力がもったいない。火ならやるからこっちこい」
「悪ぃな」
クラウドがシガレットを咥え、俺の顔の傍に来る。俺の火が移り、一瞬顔がオレンジ色に照らされる。
「クソうめぇな」
「朝はこれ吸わないとやる気が起きないな」
煙を吐き出し、クラウドが俺の目を見る。
「装備の不備は?」
「ない、万全だ」
「魔力は?」
「満タン」
「元気か?」
「すこぶるね」
「なら良し、行くか」
前からするようにしている点検を済ませ、門を出る。
ブルザレム森林に入り、使い潰された獣道から逸れ道無き道を進む。木々や葉の隙間から陽光が差し込み、俺たちを照らす。群生されている植物や、様々な魔物を記録する。今のところ脅威は見えない、案外楽な依頼だったかもしれない。