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#10 琥珀の中で踊る。

あれからしばらく経ち、俺は黒等級に、クラウドは鉄等級に昇格した。あの一件があって以降俺とクラウドは真の意味で互いを信頼し合えるようになり、依頼も着々とこなしていった。最近は依頼がとにかく多い、魔物が活性化しているらしいがなぜそうなっているのかは誰も把握できていない。

さて、休みなく働いていた俺とクラウドだが今日は久しぶりに休みを取った。なぜかというと今日はお祭りの日だからだ。年に一度の大きなお祭り、いつも以上に露店が立ち並び、喧騒が町を覆う。

俺はいつも着ているシャツやズボンでは味気ないと思い、せっかくの祭りならと以前事件の時になくした服を買い直した。前世なら祭りなどの行事があっても参加することはなく、まして行事に合わせて服を変えるなんてことはなかったのだが今世はできる限り楽しみたいと思っている。黒のスキニーに白のクロップドトップス、黒いカーディガンを羽織り、待ち合わせ場所に向かう。剣を持つとコーデが崩れると言われたが俺はあの日以来剣を手放すことができなくなった。なにをするにしても剣がないと落ち着かず、どこか上の空になってしまう。

約束の時間を少し過ぎてしまった、小走りで待ち合わせ場所である噴水に向かうと既にクラウドは待っていた。いつもと違い鎧の類はつけていない。剣を腰に刺し、小綺麗な白いシャツにワイドパンツを履き、俺が来るのを分かったように手を振って向かってくる。


「よぉ、心配したぜ」

「待たせてすまない、準備に少し手こずった」

「そっか、寒くねぇか?」


俺のへそを指差し、そう言ってくるクラウド。


「寒くないぞ、少し恥ずかしいと感じるがそれくらいだな」

「ははは!少し恥ずかしいくらいか!」

「笑うところか?そこ」

「いや恥ずかしいなんてお前の口から聞くのが予想外でな、まぁ行こうぜ。腹減ってるだろ」

「空いているぞ、エスコートを頼もうか」

「はいよ、お嬢様?」


俺が冗談めかして手を差し出すと片膝立ちで俺の手を取るクラウド。それが妙に様になっており、冒険者というより良いところの貴族のような印象を与える。

二人で通りを歩き、気になった露店にひたすら寄る。肉や魚、様々なものを口にする。そのどれもが美味しく、信頼のおける仲間と食べ歩くことに幸福を感じる。途中であの鉢金を売っていた露店を見かけて寄る。クラウドに少しだけ待っててくれと頼み、藍色の綺麗な鉢金を二つ買う。


「すまんクラウド、待たせたな」

「気にすんな、なんか買ったのか?」

「あぁ、それなんだが…」


気まずい沈黙が流れる。そういえば前世では人にプレゼントなど買ったことがなかった。渡そうとするがなかなか言い出せない。意を決してクラウドに鉢金を渡す、彼は優しいから必ず受け取ってくれるだろうが、それでもやはり緊張してしまう。


「なぁクラウド」

「なんだ」

「これ、やる」


そう言って俺は鉢金を渡す。あの日渡せなかったあの鉢金、お揃いで俺たちがパーティである、ある種の証みたいなものだ。受け取ったクラウドは大袈裟に感じるように喜んだ。物凄い笑顔で、とても嬉しそうに、照れ臭そうに。


「これもらってもいいのか?」

「あぁ。今までのお礼も兼ねてだ…その、色々とありがとう」

「俺はそんな大層なことしてねぇよ!ていうかこれつけてもいいか?」

「もちろんだ、つけてやる。屈め」


少し屈み、頭を差し出すクラウドの額に鉢金を付ける。俺も自分用に買った鉢金を額につけ、笑ってクラウドの方を向き、「お揃いだ、これからも頑張ろうな」と言う。

それを聞いたクラウドの頬に一瞬涙が流れたような気がしたがすぐに顔を横にし隠してしまう。シャツの袖で顔を拭き、改めて向き直してくる。


「あぁ、頑張ろう。プレゼントありがとうな」

「クラウドにしてもらったことに比べたらこんなものでは収まらないんだがな」

「そんなことねぇよ…」


少し休憩しようということで河川敷に座り、流れる川を眺めながらしばらく二人で話した。少し大変だった小鬼(ゴブリン)の群れの討伐依頼や、俺が返り血を落とそうと水浴びをしている最中にクラウドが誤って川に来てしまったこと、エスト村に久しぶりに顔を出しケイトやリンと遊んだこと。本当に様々なことをしばらく話した。


「そういえばクラウドは冒険者になる前はなにをしていたんだ?」

「ひたすらに特訓だな、剣を振り回したり走り回ったりまぁ色々やったよ」

「最初から冒険者になるために特訓を?」

「最初は国に仕えて騎士でもやろうと思ってたんだがな」

「クラウドが騎士か、似合うな。でもなんで騎士の道ではなく冒険者に?」

「俺ぁ騎士なんて柄じゃねぇよ。そうだな、自由になりたかった」

「自由か、窮屈は嫌だもんな」

「俺が前いたところはまるで鳥籠だった、自由もなくひたすらに剣を振り、ぶっ倒れるまで走ってあとは疲れて寝るだけ」

「それは大変だな、強くはなるだろうが全く楽しくない」

「そうだ、まぁおかげで俺は強くはなったがふと思ったんだよ。ここを抜け出していつも見てる夕焼けの向こうに行ってみたいってな、気付いたらなにもかも投げ捨てて走り出してた」

「それでカトデラルに?」

「最初は王都で少しだけ冒険者をやっていた。だが変なパーティに目をつけられちまってな、逃げ出すようにカトデラルに流れ着いたんだよ」


食べ終えた串を川に投げ捨て、砂埃を払って立ち上がる。座っている俺に手を伸ばし、オレンジ色の灯りを背に笑う。


「あとはお前の知っている通りだ、ほら立て。向こうの広場で踊ろうぜ」

「踊ったことなんかないぞ、私にできるだろうか」

「んなもん俺もしたこたぁないぜ、だけどお前となら馬鹿みたいな踊りでもしてみたい。お前はどうだ?」

「…私はクラウドとならどんなことでも怖くない」


手を握り返し、広場まで走る。そこでは吟遊詩人が楽器を弾き、様々な人々が踊りを楽しんでいた。雑踏を踏み抜く力強いステップや、戯れるように踊る子供達、それらに混ざる俺とクラウド。

身長差がある俺たちは他と違ってやや歪なステップを踏む。それでも俺たちはこの瞬間を噛み締めるように踊った。互いの藍色の鉢金が淡いオレンジの光を反射して、まるで琥珀の中で踊っているかのようか感覚に陥る。


「難しいな、踊るというのは」

「案外様になってるぜ?誰も見ちゃいねぇよ、ほら跳べ、ステップを刻んで音を脳に染み込ませろ」


クラウドに言われるがままに跳ぶ、俺を受け止めて一回転。足が少し宙に浮かびながらもクラウドは俺の腰に手を当てて少し重心を傾ける、音に乗り俺たちはさらに踊った。


「クラウド、私は今楽しいぞ」

「そうかい」

「君と会えて良かったぞ」

「…そうかい」


夜も更け、祭りは佳境を迎える。人々は各々帰路に着き、露店も片付けを始める。俺たちは少し踊り疲れて飲み物を買って二人で歩いた。そういえばあの事件以来二人で飲むことはなくなった。互いが口に出すわけではないが、酔っ払っている隙に襲撃されましたでは話にならない。あれ以来音沙汰はないがクラウドが組織犯罪と言っていた以上警戒するに越したことはないだろう。


「祭り、楽しかったな」

「そりゃ良かった、俺も楽しかったぜ。そうだ、少し目を瞑ってくれるか?」

「なんだ?別にいいが」


目を瞑り、耳を澄ませる。カチャカチャと小さな金属音がなり、俺の首元に冷たい感覚が走る。「いいぞ」とクラウドが言うので目を開けると、俺の首には綺麗な赤色の宝石が嵌め込まれたネックレスがかけられていた。まるで炎を閉じ込めたようなその赤い宝石を彩るような金属の装飾が小さくまとまっており、吸い込まれるように魅入られてしまう。


「すごく綺麗だな…このネックレス…」

「俺からのプレゼントだ、少し前に宝石店で見かけてな。マグナの綺麗な瞳にそっくりだったからつい買っちまった」

「こんな高価そうなもの本当にもらってもいいのか?」

「あぁ、値段なんか気にすんな。鉢金のお礼だと思ってくれ」

「あれは私からのお礼だから気にしなくてもいいのに…ありがとうクラウド。これは生涯をかけて大事にしよう、本当にありがとう」

「どういたしまして、これからも頑張ろうぜ」


くしゃっと笑い、礼を言って下げた俺の頭を乱暴に撫でる。


「そろそろ帰るか、宿まで送ってくぜ」

「いつもすまないな、疲れてはいないか?」

「全く?ほら行こうぜ」


クラウドは事件の日から少し経ったあと、宿まで送っていくことを毎度提案してくる。断っても断っても引き下がらないし、俺もクラウドと長く話せて嬉しいので負担にならない程度に送ってもらっている。まぁその日以来から二人で毎日宿に帰っているのだが。

その日も二人で帰路に着いた、祭りの喧騒がまだ耳に残っている。振り返ってみても祭りはすでに終わっており寂しさやもの悲しさを少しだけ感じさせるがそれでもどんなものでも終わりは来るのだ。楽しかった祭りの思い出は心の中で終わることなく噛み締められ続けるだろう。

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