#0 神は死んでいる。
男の名前は玄野と言った。
大した取り柄も特技もなく、これといった才能もない。横を通り過ぎても印象に残らなく、そして誰からも忘れられてしまうような男だった。生涯誰とも共にすることがなく、全てがプラマイゼロ。利益も損害も出さないただの生命だった。
しかしなんの因果が巡ったのか、彼は死んでしまう。ほんの少しかけ外れたボタン、偶然に偶然が重なった結果の不運の魂だった。
そしてその不運の魂の対応を押し付けられたのが1人の新米天使であった。神も悪魔も、それほど暇じゃない。故に部下で手足である天使にアクシデントの対応をさせるのだ。
「えー、玄野さん。あなたは心臓麻痺によって死んでしまいました」
「はぁ…」
「まぁ普通はもっと驚くものかと思うのですが」
「人間って死ぬ時は死ぬだろ、それに俺にはやりたいこともやり残したこともない」
「それは…そうかもしれないですけど…あー、まぁとにかく貴方の死があまりに突発的すぎて我々も対処に困ってるんです」
「そうか、すまなかった」
玄野は恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに頭を下げた。
「死んでからも迷惑かけるんだな、俺は」
「いや迷惑なんてそんな、我々の対応不足です。むしろそこまで落ち着いてくださって助かってます」
「はぁ、そりゃどうも」
「ですがそれはそれとして受け入れ先がまだどこも空いてなくて、天国も地獄も今はいっぱいいっぱいで魂の受け入れ先がないんですよ」
「なるほど、じゃあ俺はどうなる?幽霊にでもなるか?」
「まぁ確かにそういう事象もあるんですが、あれらはいわゆるバグのようなものですので」
「そうなのか?じゃあこのなんもない空間で空きが出るまで待機とかか?」
「流石にそれは酷なので空きが出るまで百年、もしかしたら数千年近く他の惑星で生を謳歌していただくことになります」
「つまり転生ってことか?」
「そういうことです。つきましてはなにかご入用のものや、質問などございますか?」
玄野は親指と人差し指を顎に当て少し考えた素振りを見せた。少しして口を開いていくつか質問をした。
「他の惑星はどういう星でどういう生物がいるのか」
「文明はどこまで発展しているか」
「最低限生活できる下地は用意できるか」と言ったものだった。
それに対しての天使の返答は端的かつ適切だった。
「基本的に地球と変わらないが人間の他にも知能がある種族もある、また地球にはいない異形かつ凶暴な生物が多い、またそれに伴って治安が平均的が悪い。魔法と呼称されるその惑星独特の技術がある」
「言語、国家、通貨を用いるくらいには文明が発達しているが地球ほど発展していない」
「最低限と言わず基本的に要求を飲む、上は不自由ない生活を与えろと命令している」
玄野はそれに対して好奇と期待に満ち溢れた表情を見せ、さらに質問を重ねる。
「魔法とは何か、どのように用いられ、どれほどの種類がある?」
「魔法とは魔力と言われる特殊なエネルギーを用いて使用されます。またこの魔力はありとあらゆるものに大小差異はあれど宿っています。魔法の使用方法は様々です。一般的には生活、攻撃、防御、強化などがあり、下位、中位、上位、王位とレベルがあります。上に上がるほど用いるのに技術と知識を用し、また高度なものになっていきます。専門的なものは魔術と呼ばれこちらは魔法よりも多岐にわたります。農業、錬金、鍛治、付与、召喚、隷属、医療です。また魔法には属性があり、基本属性として火、水、風、土、雷があります。希少属性もありましてこちらは光、闇があります。希少属性は名前の通りほんの一部の適正のある人物しか使えません」
「なるほど、例として一般的な専門知識を持っていない男性が用いる魔法を教えてくれ。」
「かしこまりました、下位生活魔法『洗浄』『灯火』、下位攻撃魔法『火球』です」
「そんなに少ないのか?」
「一般的人は魔法をあまり使いません、魔力が少ないためです。また生活魔法と最低限の攻撃魔法を覚えるだけでほとんどは攻撃魔法をあまり使いません。剣や弓を用いた方が手っ取り早いからです」
「なるほど、属性は一人一つが基本か?」
「基本的にそうです、一般属性も発現しやすいという理由なだけで人によって向き不向きがございます」
そうしてあまりある時間を使い、玄野は新しい世界の常識と知識を身につけていく。
「あぁ、それと要求なんだが」
「えぇ、どうされますか?」
「基本属性から火、土、雷をくれ。希少属性は光と闇の両方だ」
「水と風は不要ですか?」
「いらん、たくさん手段があっても俺にはそれを使いこなせる頭脳がない。それに人からもらった力を誇示することがどれほど虚しいか、想像するだけで悲しくなる」
「わかりました魔力量はどうされますか?」
「平均より少し上くらいでいい。与えられた手札を存分に使い切れるくらいは」
「かしこまりました」
「それに、転生とはいったができれば死んだばっかりのやつの肉体が欲しい。俺と同じくらい周りとの関わりがなくて、いなくなっても誰も悲しまない悲しいやつだ」
「いくつか候補はありますが、なぜ死者の肉体を?」
「赤ん坊からなんて耐えられん、それに子供は自由がないだろ。すぐにでも動けるようになりたいからな」
「かしこまりました、候補の中から選ばれますか?」
「あー、そこら辺は任せることにする。あんたの方が人を見る目があるだろ」
「分かりました、では新しい肉体についての説明をさせていただきます。名をマグナ、黒髪赤眼の成人女性。冒険者登録はなし、死因は遭難による餓死。家族関係は両親が死亡、歳の離れた行方不明の弟が一人」
「待った、女性しか空いてないのか?」
「残念ながら玄野さんの求める基準に達しているのが女性しかおりません」
「あ〜、男で成人してる奴は大概冒険者になってるから身分とかあるのか」
「はい、冒険者は力さえあれば仕事には困りませんから。魔物駆除や遺跡調査、犯罪組織の壊滅など多岐にわたりますからね」
「それで、力も寄る辺もないから孤独に餓死するやつに多いのが女ってわけか」
「はい、どうされますか?」
「贅沢は言わない、そいつでいい」
「ありがとうございます、つきましては当分の生活に困らないための資金として1ヶ月分の生活費、金貨15枚と一般的な武器である鉄の長剣を支給させていただきます」
「あー、悪いな。本当に助かる」
「いえいえ、当然のことでございます。また大変心苦しいのですが、ここでの記憶を一部削除させていただきます」
「え?一部ってどのくらいだ?」
「ここで私と話したことのほぼ全部がなくなります」
「そりゃ困るぜ」
「申し訳ないのですが決まりですので…保持する記憶は玄野様本人としての記憶や意識、百〜千年ほど経ったら地球での管轄に戻ること、新しい世界での基礎知識や魔法の使い方等々」
「あんたのような上位存在と話したこととかを忘れさせるってことか。まぁ確かにそういうのを知ってる人間がいるってのはそれだけでリスキーか」
「ご理解いただき誠にありがとうございます。さて玄野様、本日は我々の不手際によって大変ご不便とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。貴方様の新しい道にどうか溢れんばかりの幸福がありますように」
そういって天使は頭を下げ、玄野は期待と不安に押しつぶされそうになりながら意識を手放す。
こうして玄野は死に、次に目が覚めるたときにはマグナになっている。この世界のシステムのバグによって死んでしまった玄野が新しい世界で何を為すのか、神は興味ないし天使も業務を終えた今次の仕事に脳を使っている。誰も見向きもしない中、玄野は強かに生きる決意を確かにしたのだ。