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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蛾夢

作者: 新崎R

夕光に焼かれた、黒と橙の梯子。




眩しい、暗い、眩しい、暗い。




帰路に並ぶ木々。




ふと見た、その一本。




ガムで張り付けられた、蛾が一匹。




拘束はまだ新しい、色落ちた粘着からヒョロり出た節足が絶えず手招く。




ただ、それだけ。







「ただいまー」




「おかえり、お姉ちゃん!」




帰るや否や、漂う鉄臭と尻尾を振って来た成人女性の出迎え。



歳の割に、ミテクレでよくモテる。




「だからー、私はアンタの姉じゃないっての」




「お姉ちゃんはお姉ちゃんなの!」




「なんだよ、その自信は……」




頬をプックりと膨らませる、私の母。




「そうだ、ガム食べる?」




「話変えるな」




「食べる?」




「……じゃあ食べる」




聞いているのか、聞いていないのか。



ただ自分の直線上だけを見据え、水平の割り込みなど気付いてもいないのだろう。



ただ、私の言葉に目を輝かせたのは、聞いている証拠だが。




「じゃあ、はい!」




「は?」




モチャモチャと一吹き、まとめた破裂物を乗せた舌。




「え、ソレ食うの?」




母は、頷いて指し示す。




「はぁ……衛生的にどうなんこれ」



「ハムッ」




言い出すと聞かない疾患少女の対処は、一先ず実行。



生暖かいゴムを口へ放り込み、靴を脱ぎ、たまに噛む。




「どう、どう?」




「なんか、アーモンドの皮みたいなの入ってるんだけど……」




「あはは、アーモンドの皮じゃくて蛾だよ♪」




渡り廊下は、最悪な踏み心地だ。



正体を探る為に口内で転がせた数だけ、後悔は止めどない。




「聞きたくなかった……」




「あはは!」




踊る人形のような妹モドキ、苦虫を噛み潰した私へ楽しげに笑う。




(あぁもう、ダルい)




元に戻らないとしても、せめて。



あと少し、もう少し見た目に似合う精神年齢へ成長してくれれば。








「ご飯、食べた?」




「食べない!」




軋む木目。



薄暗さの中、過ぎた季節のカレンダー。




「”食べたい か 食べたくないか” じゃあない、”食べた か 食べてないか” を聞いているんだよ」




「……少しだけ、ツマミ食いしました」




「普通の飯は食っていない、と」




漏れる光が近付くにつれ、酸味混じりの金属感は触覚すら伝う。



温かい、冷たい、温かい、冷たい。



時折、柔い。




「……」




捻るL字、内に仰け反る頭一つ違う扉。




「………はぁ」




家具は 捨てていた、だだっ広い長方形の黒ずむ角。



敷き詰めたスチール板、足裏を霜焼けさせる冷たさ。



いつか変わっていれば、陳腐なタラレバ。




「お姉ちゃん?」


「どうしたの」




「ずっと、やってたの?」




「?」




不思議そうに、傾げた小首。



照明が染みる目。



瞳孔が靴擦れを克服した頃、一度見た景色が再び景色として甦る。




「コレだよ」




低脳に理解させるコツは矢印の示し。



彼女の服が明かりで鮮明と、カピカピた瘡蓋のように。



唯一の陰り、違法建築。




「一日、ずっとさ……」




破瓜済より後方の合わさるピント。



赤、黄色、白、ピンク。



マーブルと言えば心地良い、然れど垂れている粘性と微かな痙攣。




文字通りの骨組み、引き剥いで縫い合わせた皮膚の前後翅。



大小あらゆる胴の輪切りの腹部へ、巻いた小腸で服節の再現。



上半身と股を脊髄で結んだ胸部、腕が脚になり、先には下顎がくっ付いている。




肉、骨。




既視感は、5分前。




「ああ!、この子!」



「ようやく完成しちゃうかも?」




老若男女の年月で、飾毛と尾毛纏わせ。




紛いなくそれは。









一体の、大きな蛾。








「一日を浪費してまで、楽しいのかな」




肉塊が切り貼りされ、蛾の姿を形成させられている。




「楽しいよ!」



「お姉ちゃんも楽しい、でしょ?」




「私は作ってねえよ」




使う予定の、あるいは、”はずだった”。



昨日まで居なかった顔ぶれ、集るハエも蛆が勝る数。




「お姉ちゃんは、ワタシの家族?」




「え……まぁ………」




「なら楽しい、お姉ちゃんも楽しいの一人」




呆れをバブルに。



混ざる羽や吸胃、連なる卵巣はまるでボールチェーン。



2~3匹の名も知らない小虫が糊着、視認後 吐き捨てたガム。




「血の繋がりは、道連れの免罪符じゃない」



「アンタが勝手に始めて、私の人生における足枷となっているだけだ」




「むぅ……」




見飽きた顰め。




「だいたいさ、なんで蛾なの?」




無許可で登り出した幼虫を適当にあしらい、震源へ数歩。



あ、潰したわ。




「えー?」




「虫は種類の多い塵芥、創るにしたって候補は沢山あったはず」



「カブトムシにカマキリ、蜘蛛」




ポツリポツリ、未完成頭部の表面から沸いては落ちる朱と白糸。



大きな部位の隙間はミンチや指、解した小腸を敷き詰めている。




「せめてさあ、蝶々とかで良くない?」




解れた筋が暴れるためか、触れずとも脈打つ。




「ダメ」




「どうして」




「夢、小さいころの!」




隣へ並ぶ肩は右上がり、厭悪と死臭に思わず大股一歩横へ。




「夢?」




「そう、夢」




両手を広げ、微か仰ぐ天。



吊られた汚肉、ワイヤーは言葉と共に軋轢を鳴らす。




「おっきーな蛾、それが空を飛んでたら」



「とっても、キレイかもって!」




「勘弁してほしいな、それは……」




想像は豊かに、舞う黒紅は高らかに。



浮かぶ非現実の誘う鳥肌。



優雅や楚々さなど微塵と無い、ただただ気色の悪い景色のみ。




「お姉ちゃん、お母さんみたいなこと、言う」




孤愁を漂わせる一毫の俯瞰、肯定ではなく馳せるあの頃。




「アンタだよ、その ”お母さん” は」




「違うもん!」




一縷の尊厳、押し伏す否定。



冗談に立腹する妹などと、和みのガセ情景は滑稽も甚だしく。




「……あっそ」




雑返事。







どうせ、戻りはしない。



ある日 忽然と、死の香る玄関先。




無邪気に重なる肉。



事実を受け入れるに、十分過ぎた。




予兆もない、理由もない。



抱きつく自称妹は狂っておらず、その母は壊れていた。




幾つと蛾はガムに固定され、腐乱に沸いた蛆が突つく。







「何やってんの、アンタ」




いつもの鼻唄と出迎えが、響くは施錠だけの明くる日。



光を漏らす扉の先。



巨大な完全蛾、その側で横たわる、首の無い粗大ゴミ。




「はぁ……」



「ちゃんと、片付けてよ」




括れのない頭、蝸牛の口吻は脊柱。



肋の触角、広がる羽毛状。



分割した骨盤が下唇鬚となり、非対称の複眼が 全てぶち壊す。




片方は誰かの胎児。



無理に詰めたせいか、骨が一部ひり出てしまっている。




片方は、母。



覚束ぬ足取りで押し込んだ、斬り千切ったソレ。



瞳は曇り空、瞼の裏から蟲。



田畑で伸びる作物のように、生えた白長い蛆が踊り舞う。




「やっと居なくなったのは良いとして……」



「このデカい塊、どうしよう……」




血溜まりを埋めるボウフラ、蜘蛛の巣に捕らわれた小指。



蛾を運ぶ蟻々、挨拶を交わす ”蜚蠊” の大家族。








全てはあの、集肉体が震源地。




生きていようが、死んでしまえど、友呼ぶ類は煩わせるのか。




汚れて汚物を産んで、最後の母は不愉快と滑稽そのものだった。




「あー、面倒くさい」



「………」



「……明日 片付けよ」







『上空を飛来する蛾のような物体は今尚、多くの人々に目撃されています』



『人への直接的な敵対は見受けられませんが、降り注ぐ 蛆 が問題となっているようです』



『次のニュースです___』








後日。



肉塊はポッカりと、消えていた。








壁が大きく吹き抜けて、晨風浴びる眼前に見たモノは、まさしく生物で。



手間が省けた喜びと気色悪い朱虫への嫌悪は、記憶に新しい。




「うわ」




帰路。



夕より暗く紅い死臭が、またも私の頭上をバサバサと。




「あれだけの大きさが飛んでたら、キモくて仕方ないな」








ふと目を向けた木、その一本。



ガムで張り付けられた蛾は相も変わらず、惨めに手招く。














それは、忘れ溢した断片。




「ねえ!見て、お母さん!」




「うん?」




「ちょうちょ!」




手を引く少女に、ミテクレの良い女性。




「あー」


「これは蝶々じゃなくて、蛾だね」




「ガ?」




「そ、蛾」




「ちょうちょ じゃないの?」




「うーん……明確には違わないけど、ちょっとだけ違うみたいな」




「へー……」




樹と合わさるような木目柄。



4つの瞳が、閉じては開く、繰り返し。




「ねえ、お母さん」



「おっきーな この子が空をトんでたら、とってもキレイでステキかも!」




どうして、美しく思えたのかな。




「それはちょっと、お母さん的には勘弁してほしいかなー……」




「えー?」




些細な狂気。



能無しが戯れる、抽象の絵空事。




「さ、そろそろ行こっか」




「うん!」




温かかった、手。




「お夕飯は何食べたい?」




「えっとねー……__」









何処かの断片。



誰と知らぬ間に、腐り消える。

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