8・封印されし悪魔
その時、迷宮ダンジョンの奥の方から、不思議な声が聞こえてきた。
「もしや、これは……っ!」
逸る気持ちを抑えて、その声に耳を傾ける。
『ツヨキ、マジュツシ、ヨ……ワシヲ、カイホウ……ワシハ、ニセンネンノトキヲ、スゴシ……』
気付けば、俺は駆け出していた。
──来た!
この迷宮ダンジョンにいるのは分かりきっているものの、どこにいるのかまでは把握していなかった。
探すのに時間を要すると思ったが……まさか、あちらから呼び出してくれるとはな。
事が順調に進みすぎていて、自然と口角が吊り上がってしまう。
十一階層に降り、そのまた下の十二階層……声に導かれるまま、途中の魔物も無視して迷宮ダンジョンの地下に潜っていくと、三十階層に到着した。
声はだんだんと大きくなっていき、俺は自分の考えが当たっていたことを確信する。
三十階層も進み、やがて俺が足を止めたのは大きな扉の前だ。
「この中か」
試しに扉を押してみるが、やはりビクともしない。
封印は上手くいっているようだな。
今度は魔力を放ちながら、扉を押してみる。すると先ほどまで固く閉じられていたのが嘘のように、扉がすんなりと開いた。
内部にいたのは──。
「お主か? 膨大な魔力を感知したが……まさか、お主のような子どもじゃったとは」
異質な幼女がいた。
幼女の両手には、鎖が巻かれている。
その鎖によって幼女は身動きが取れない。所々黒ずんでいる肌からは、長年この場に拘束されていることが感じ取れるようであった。
「じゃが、助かった。お主に……いや、二千年もの間、儂をこの時を待ち侘びていたのかもしれぬ。お主のような魔術師に、会いたかった」
「俺も会いたかったよ──ネリス」
そう告げると、ネリスは少し驚いたように目を見開いた。
「どういうことじゃ? お主は儂が何者か、知っておるのか?」
「ああ、もちろんだ。お前のことはよく知っている。悪魔だろ」
答えると、ますますネリスの瞳に好奇の光が宿った。
悪魔個体名──『ネリスノアアビュラスセリア』
通称、ネリス。
この世には、人間や動物、魔物といった生き物以外にも異種族が存在している。
その内の一つが悪魔。
彼・彼女らの生態は謎に包まれている。だが一説によると、こことは別世界の『魔界』からやってきたとも言われている。
はっきりしているのが、悪魔は例外なく途轍もない魔力を保有し、人間に仇なす存在ということだ。
悪魔が降臨した国は、たった三日で滅ぼされたという逸話も残っている。
ネリスノアアビュラスセリア──ネリスはそんな悪魔の一柱で、この迷宮ダンジョンに閉じ込められていた。
「はっ! お主はなかなか面妖な人間じゃのお! 儂の存在は秘匿されているはずじゃが……何故、知っておる? この二千年で、人間側の都合が変わったのかのお?」
「決まっている。二千年前、ここにお前を封印したのが俺だからだ」
俺の言葉に、ネリスは怪訝そうに眉を顰める。
二千年前、このオークルチアの地で、俺は彼女──ネリスと戦った。
まだ魔術師として未熟だった俺は、ネリスと激闘を繰り広げ、苦肉の策でこのダンジョンに封印することにした。
これこそが、俺がこの迷宮ダンジョンに潜りたかった理由。
二千年前の知り合いと話をしてみたかったが、当然のごとくその間にほとんどの生物は死んでいる。
しかし悪魔は別だ。
悪魔の寿命は人間のそれを遥かに凌駕する。
とはいえ、軽率に接触するのは危険ではあるが、ネリスの力なら既に把握している。
危険はほぼないに等しかった。
迷宮ダンジョンのどこに封印したのかは記憶が曖昧だったので、簡単に見つけ出せるとは思っていなかったが……まさか初日で見つけられるとはな。
俺は運がいい。
「お主が儂を封印じゃと……? 面妖も越せば、怒りを覚える。お主のような子どもに崇高な悪魔である儂が封印されるわけもないし、そもそも人間は二千年も生きられぬとて」
「まあ、普通はそう考えるよな」
「儂が生涯で膝を突いた人間は、たった一人のみ。あいつが生きておれば儂もここから出ようとはせぬが、生物は寿命に勝てぬ。儂にとって、好都合じゃ」
ニヤリと口角を吊り上げるネリス。
『あいつ』というのは当然、二千年前の俺のことだろう。
ネリスは一転して、優しく語りかけるような口調で。
「なあ……お主、名をなんという?」
「今はリオだ」
「リオよ──儂をここから解き放ってくれ。儂の声の感知し、ここまで辿り着くことが出来たのじゃ。儂の封印くらいは解けるじゃろう?」
「封印を解いたら、お前はどうするつもりだ? お前は悪魔だ。どうせ、よからぬことでも考えているだろうに」
「なあに、儂もこの二千年で反省した。もう人間を滅ぼそうなど考えておらぬよ。ただ……この場所は窮屈じゃ。これからは、この世界を気ままに旅したい」
なにを出鱈目を──と言いたいところだが、彼女の声には自然と耳を傾けたくなるような魅力があった。
こうして俺に語りかけている間も、裏で精神操作の魔術を発動しているのだ。
俺はそれに気付いた様子を見せず、彼女の話を聞き続ける。
「無論、タダで封印を解けとは言わぬ。お主には、悪魔にしか使えぬ魔術を授けよう。魔術師にとって、新しい魔術は魅力的なはずじゃ。世界の半分に匹敵するほどの──な」
「……ふっ」
こいつがペラペラと喋り続けるものだから、つい笑いが零れてしまった。
「なにをバカなことを……そもそも対価などなくても、俺はお前を解き放つつもりだった。二千年前を知るお前には、利用価値がある」
そう言いながら、俺は右手に炎の剣を錬成する。
ネリスの口元がさらに綻ぶ。
キーーーーーン────。
炎の剣を振るうと、高い金属音を立て、ネリスを縛り付けていた鎖が消滅した。
「よくぞ、やってくれた」
ネリスは現状を把握するように、手を開いては閉じ、魔術を使って浮遊した。
「お主は対価など必要ないと言っていたが……それでは儂の気が収まらぬ。お主にはとっておきのプレゼントを渡そう」
ネリスはゆっくりと手をかざし、
「極上の『死』をな」
──魔術を発動した。
闇の矢が俺を目掛けて殺到。俺に直撃し、ドドドドドオオオンンッ! と爆発音を上げた。
「ひゃっはっはっは! こやつ、バカじゃ!」
ネリスの高笑いが聞こえる。
「なにを企んでおったのかは知らぬが……やはり、相手は子ども。儂の言葉にコロッと騙されおったわ。じゃが、感謝するぞ。これで儂はこの世界を支配し──っ!?」
頭上で気持ちよさそうに喋っていたネリスであるが、俺を包む爆発の粉塵がなくなると同時に、口を閉じる。
何故なら、一撃で葬ったと思っていたのに。
その相手である──俺は傷一つなく、その場に立っていたのだから。
「ま、魔術結界じゃと……? 先ほどの一瞬で張ったのか!? 有り得ぬ! それほどの高密度な結界は、二千年前にも一度しか見たことがなく……!」
驚愕するネリス。
「俺を殺すことは出来なかったが、なかなかの魔術だったぞ。さすがは悪魔だ」
二千年前、まだ若かった俺はネリスに苦戦した。
しかし魔術の神髄に触れかけ、この時代に転生した俺なら彼女など敵ではない。
「さあ……お前はどう、俺を愉しませてくれるかな?」
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