19・遅れてやってくる落ちこぼれ王子
◇ ◇
(レイラ視点)
「はあっ、はあっ……」
影狼の爪のアジト内。
格闘家──レイラは孤星魔術師ラグナスを前に、追い詰められていた。
「おやおや、こんなものかい?」
傷だらけのレイラの一方、ラグナスの体には傷ひとつなく、その口元には笑みすら浮かんでいた。
──ラグナスは強かった。
レイラが獣化を駆使し、ここでは使う予定のなかった奥義を発動してなお、ラグナスには遥か遠く届かなかった。
ラグナスの使う魔術はすさまじく、種類も豊富だ。正確には数えたわけではないが……四属性の魔術を使いこなしているのではないだろうか。
普通、属性魔術というのは一つ使えれば上等。二つ、三つで歴史に名を残す魔術師となり、四つ以上は化け物だ。
「……あんた、それだけ強いのに、どうして孤星魔術師に留まっているのよ。
双星魔術師にも、届きかけったんだっけ? でも、あんたならもっと上を目指せたはずよ」
そんなこと、どうでもいいはずなのに。
なんとか活路を見出そうと、レイラは質問を紡ぐ。
「ふふふ、時間稼ぎかな? そんなことをしても無駄だけどね。まあ、このままじゃ退屈だから、乗ってあげようか」
ラグナスは彼女の考えに気付きながらも、こう口を動かす。
「孤星魔術師やら、双星魔術師……くだらない。そんなものは、才能がない人が勝手に決めた基準だ。僕には興味がない」
「そう言う割には、宮廷魔導士として真面目に働いていたらしいわね」
「もっと面白い場所だと思っていたんだ。だけど……期待外れだった。あそこには、くだらない魔術師しかいない」
過去を嫌悪しているのだろうか、ラグナスは表情を歪める。
「それに……双星魔術師になりかけたって、いつの情報かな? 最終的には飛び級で、三極星魔術師になる昇格する予定だったんだよ? まあ、寝坊で昇格試験に行けなかったら、最終的に立ち消えたけど」
その話を聞いても、レイラには特に驚かなかった。
彼の実力は、孤星魔術師や双星魔術師の範疇には収まらなかったからだ。
(魔術師にとって、三極星魔術師になることは最高の誉れと聞く。なのに、巫山戯た理由で昇格試験に行かなかったなんて……こいつはどこまで、魔術をバカにすれば気が済むのよ)
彼のことを不気味に感じつつ、レイラは問いを重ねる。
「つまらなかったから、同僚を殺して、こんな盗賊団のリーダーになったってこと?」
「そういうこと。まあ、もう一度言うけど、最初は盗賊団のリーダーになるつもりはなかったんだ。ただ、僕にとって都合がよかっただけ」
「あんたの目的はなに? お金欲しさに、行動しているようにも思えない。それだったら、宮廷魔導士のまま高い給金を貰い続ければいいだけだしね。あんたには、なにが見えているのかしら?」
核心の質問をする。
しかしラグナスはその問いに答えず、後ろに両手を回して、ゆっくりと近寄る。
「……さっきの子ども。なかなか面白い子だね。魔力の底が見えなかった」
「急になに? あの子と友達にでもなりたいわけ?」
「ふふふっ、友達かあ。いいね。彼なら、少しは僕と対等に話せるかもしれないから」
「そう。でも、お生憎様。今頃、リルクなら街に帰ってるわ。素性が知れない子だったけど、もしかしたら貴族かもね。あんたでも、簡単には手を出せないはず」
「今頃、街……か。本当にそう思ってる?」
「はあ?」
今度は急にラグナスから問いが飛んできて、レイラは思わず聞き返してしまう。
「君が使ってた魔導具、任意の対象を転移させるものだよね? それでアジトの出口に、あの子を送った」
「どうかしらね」
「とぼけても無駄だよ。だけど、本当にちゃんと出口に転移出来たのかなあ? まだアジトの中だったら、大変だよね」
「だから、あんたはなにを──」
そこで、レイラも彼の言おうとしていることに気が付く。
「……転移に失敗したって言いたいの?」
「本来なら、失敗するはずがなかったよ。だけど発動直前、あの子が小細工をした。転移先の座標を、自分から狂わせたんだ」
「な……っ! なんで、リルクがそんなことをする必要があるのよ! それにあの一瞬で転移先の座標を変えることなんて、出来ないはず──」
「それが、リルクには出来たんだよ」
興奮しているのか、ラグナスの声は上ずっていた。
「まあ、彼がやらなかったら僕がするつもりだったけどね。君はただ好奇心で生かしているだけだけど、彼はそうじゃない」
そう言って、ラグナスはレイラの真正面で足を止める。
「さっきの質問、答えてあげようか。僕が宮廷魔導士の身分を捨てて、盗賊団のリーダーにもなった理由──それは、あることを試してみたかったからだ」
「あること?」
「僕のしようとしていることは崇高だけど、どうやら宮廷的には禁忌に属するものらしくってね。全く……どうして魔術で新しい生命体を生み出すことが、禁忌になるのだろうか? あいつらは魔物や動物のものとはいえ、命を弄ぶなと言っていたけど……」
まるで玩具を取り上げられた子どものように、ラグナスは唇を尖らせる。
(禁忌……新しい生命体……魔物や動物──まさか……っ!)
レイラはラグナスの言葉を反芻し、恐ろしい事実に突き当たり、こう声を荒らげる。
「あんたもしかして、キメラを作ろうとしてたってわけ!?」
「おや、知ってるのかな?」
「禁忌中の禁忌じゃない! このオークルチアでも第五禁術指定になっているはずだわ! それに、ほとんどの国がキメラの製造を禁術扱いしている! あんた、正気なの!?」
キメラの製造については、理論的には可能だと言われていた。
しかし命を混ぜて、新しい命を生み出す。
そのことにほとんどの人が忌避感を覚え、考えることすら許されない。
(だけどこいつは、全く抵抗がない。まるで子どもが楽しい遊びを思いついたみたいに! どこまで邪悪なのよ!)
目の前の男がさらにおぞましいなにかに見え、レイラは恐怖で震えることしか出来ない。
「ここまで言ったら、分かるよね? このアジト内には、僕の作ったキメラがいる。だけどそのキメラは、ちょっと食いしん坊なんだ」
語りたくて仕方がなかったのだろうか。
ラグナスは目を輝かせて、楽しそうに続ける。
「魔力を持った人間を、たくさん食べさせないといけないんだけど……到底追いつかない。だからあの子には、キメラの食糧になってもらおうと思ったんだ」
「だ、だから、私たちがここに潜入していることに気付いているのに、なかなか出てこなかった……ってわけ」
「そうだよ。今頃、リルクはキメラの腹の中じゃないかな? さっき、キメラが歓喜の雄叫びを上げるのが聞こえたしね」
──なんということだ。
自分はリルクを逃したはずなのに、もっと恐ろしいものの前に向かわせてしまった。
転移の座標を狂わせたのはリルク自身とはいえ、そうでなかったらラグナスがやっていただけ。
これなら、ここで一緒に戦いつつ、リルクを他の方法で逃すべきではなかったのか。
「そろそろ、お喋りも終わりだね」
ラグナスがレイラにさっと手をかざす。
「悪いけど、死んでもらうね。リルクと一緒のところに、すぐに送ってあげるよ」
ラグナスから魔力の高まりを感じる。
「燃え盛る矢よ、我が敵を貫け──」
「さ、させないわ!」
「遅い。ファイアボルト」
レイラが魔術展開の妨害をするよりも早く、ラグナスから炎魔術が発射される。
直撃こそ免れたものの、その衝撃によってレイラは地面に倒れ、頭を強く打ち付けてしまう。
(ごめんなさい……リルク。私もすぐに、そっちに向かうわ。恨み節ならあの世でいくらでも聞いてあげるから……)
気が遠くなってきた。
意識を失う前に、聞いた言葉は──。
「ん? なんか呼んだか?」
◆ ◆
あれからすぐに元の場所に戻ってくると、地面に倒れ目を閉じているレイラの前で、ラグナスが立っていた。
「レイラ」
すかさずレイラの元に駆け寄り、彼女の身を案じる。
遊びすぎたか? ──と、一瞬焦ってしまったが、命に別状なさそうだ。今は気を失っているだけだろう。
「あれ? おかしいな。キメラと会わなかったのかい? さっき聞こえた気がするキメラの雄叫びも、空耳だったのかな?」
その間、ラグナスは俺を止めたりもせず、不可解そうに声を零していた。
「なんかぶつぶつ言ってるが……キメラってあいつか?」
そう言って、俺は彼の後ろを指し示す。
「ワンワン!」
すると、白くてもふもふとした犬がこちらに駆け寄ってきて、元気に鳴き声を上げた。
「は?」
ラグナスから呆けた声が出る。
「犬……? どうして、こんなところに? ここらへんにいる野犬なら、全部実験のために使ったはずなのに……」
「おいおい、俺の話を理解出来ないのか? こいつはキメラだって言ってるだろうが」
呆れて、溜め息も出るものだ。
──キメラとの戦い。
俺はこいつを殺すのではなく、光魔術でキメラ化を解いた。
とはいえ、合成されていた魔物や動物が、全て元に戻るわけではないけどな。キメラはキメラのままだ。
こんなことをしても、キメラは報われないとは分かっているが……あのまま殺すのはさすがに忍びなかったのである。
そして、浄化の裁きを受けたキメラは、今となってはこんなに可愛い犬になっている。
「ふ……はーはっはっは!」
ようやく理解が追いついたのか。
ラグナスは目元を手で覆い、高笑いを上げる。
「驚いた! 本当にキメラ化を解いたっていのかい!? 信じたがたいけど、その犬から感じるオーラはまさしくあのキメラだ! それを作るのに、結構苦労したんだけどなあ!」
「怒っているのか?」
「違うよ。喜んでいるんだ。キメラなんて、また作ればいいだけだからね。だから今は──僕に肩を並べる魔術師の登場に、喜んでいるだけさ!」
と、ラグナスが歓喜する。
「今まで、僕には敵がいなかった。ちょっと遊んであげたら、みんなすぐに死んじゃうからね。だけど……君なら壊れるまで、ちょっとは保ってくれるよね?」
「そんな時なんて、未来永劫来やしない。壊れるのはお前の方だ、ラグナス。命を弄んだ罪、償ってもらうとするか」
「君もつまらないことを言うんだね? まあ……いっか。どっちが正しいか決めよう。──焔の天より降り注げ。灼熱の隕石が、この地を焦土へと変えよ!」
間髪入れずにラグナスが詠唱し、炎魔術を放とうとする。
「さあ、これ──インフェルノ・ブレイズを受け止め切れるかな? 僕を楽しませてくれよ!」
頭上には高熱の隕石が現れる。
あとはこれが落下すれば、俺は消し炭になるだろう。
当の本人のラグナスは魔術結界を張り、無事という算段だ。
しかし。
「インフェルノ・ブレイズ? そんなもの、どこにあるんだ?」
俺がさっと頭上に手をかざすと、炎の隕石は消滅した。
「え?」
再び、ラグナスが目を丸くする。
「発動に失敗した……? いや、この程度の魔術で失敗なんて有り得ない。それなのにどうして……」
「否定魔術だ」
そう言うと、ラグナスは呆然と立ち尽くしていた。
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