10・魔術文明が衰退した理由
その後、ネリスと共に迷宮ダンジョンを出て、俺は自室に戻ってきた。
「──どうしてお主が、生きておるのじゃ?」
ネリスがそう質問してくる。
ちなみに……今のネリスは幼女ではなく、小さな熊のぬいぐるみのような姿になって、ふよふよと漂っている。
これは悪魔や妖精だけが使える『精神体』だ。
悪魔は人と比べものにならないくらい、膨大な魔力を抱えている。
それはさながら、そこにいるだけで魔力爆弾。
周囲への影響が大きすぎる。
そこで、この精神体だ。
魔力を極限にまで抑え、省エネモードで動くための体。
だが、いいところばかりではなく、この姿でいるうちは本来の十分の一程度の魔術しか使えない。
さらに一度なってしまえば、元の姿に戻るのも至難の業だ。
謎の幼女が城内をうろちょろしていたら、無用な混乱を生むからな。
ゆえに俺は、しばらくネリスにこの姿のままでいるように命じた。
「何度もそう言っている」
「人間の寿命は六十〜八十年ほどであったはずじゃろ。まさか不老不死の魔術を……」
「そんな生命を冒涜するような魔術は使えない。実は……」
俺はネリスに真実を伝える。
ネリスを封印して何年か経った後、俺は冤罪をかけられた。
身勝手な人間に絶望していた俺は、『死』を受け入れたわけだが、次の瞬間にこの姿──リオ・オルクチールとして転生した。
どうして二千年もの時を越え、俺がこの時代に転生してきたのかは、よく分かっていない。
しかし──まだこの未熟な体では制限はあるものの──前世の記憶と魔力を引き継いでおり、そのおかげでお前に会うことが出来た。
……というようなことを話すと、ネリスは神妙な顔つきで、
「なるほど……な。信じ難いことではあるが、〈死神〉の口から聞かされると、妙に納得してしまう。神の気まぐれか──もしくはお主がこの時代に転生したことは運命じゃったのか。謎が深まるばかりじゃ」
と何度か頷いた。
「信じてくれたようで、なによりだ」
「お主は二千年前も、出鱈目な魔術師じゃったからな。あの強さを前にして、まだ信じられぬほど儂も愚かではない」
疲れた顔をして言うネリス。
「それ……で、儂の思惑を知ってなお、封印を解いた本当の理由はなんじゃ? 話したいだけなら、封印を解く必要はなかろうに」
「ああ。実はお前を俺の使い魔にしたいと思ってな」
「はあ!? お主を?」
驚愕と怒りが半々に混じった声で、ネリスが詰め寄る。
「お前は邪悪な悪魔ではあるが、二千年前のことを知る貴重な存在であることには変わりない。今のこの状況は人間である俺だけでは、解決も難しい。ゆえにお前に協力してもらいたい」
……無論、悪魔を使い魔にすることには危険もある。
しかし今の俺なら、ネリスを容易く従わせることが出来る。
それは先ほどの戦いで確信した。
ゆえに申し出たことではあるが……。
「巫山戯るな」
ネリスは顔を憤怒に染め、
「使い魔と言ったら、主人に忠誠を誓う必要がある。悪魔が人間の使い魔になるなどと、そんな例も聞いたことはない。じゃから──」
断ろうとしたネリスであるが一転、俺から顔を背け。
「待て……よ? 使い魔になったら、こやつの傍にいることが出来る。服従の契約も、タイミングを見計らって破棄する方法を探せばいいだけじゃ。こやつがいる限り、儂は一生〈死神〉の影に怯えなければならぬ。じゃったら、こやつの寝首を掻っ切ってから、ゆっくりと世界を支配し……」
「おい、なにをぶつぶつと呟いてやがる」
溜め息を吐くと、今度はやけに機嫌のよさそうな顔になって、ネリスはこう答えた。
「なるなる! お主のような強き魔術師の使い魔になれるとは、光栄じゃ。早く、儂に服従の契約を施せ!」
「いきなり心変わりしたのは違和感はあるが……まあいいか。俺だって、無理やり従わせたくなかったしな」
そう言って、俺は手をかざす。
契約魔術を発動。俺とネリスの間に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は赤い糸となり、俺たちを繋いだ。
「終わった。これでお前は俺の使い魔だ」
糸が消滅し、手をパンパンと払いながら告げる。
「見事なものじゃな。くっくっく……二千年前から思っていたが、こやつはやはりバカじゃ。魔術に関しては一流じゃが、その他のことはからっきしで……」
「おい」
低い声で呼びかけ、ネリスの顔をじっと見つめる。
「これからよろしく頼むぞ。俺の期待を裏切るなよ」
「ひゃ……! は、はい……」
ネリスが恐怖に駆られたように、体を縮こませる。
「こ、こやつ……っ、儂の狙いに気付いておるのか!? 少しでも変な真似をすれば『殺すぞ』という殺気を感じた。ま、まあ、儂にも時間がある。ゆっくりと、こやつの殺害計画を進めればいいのじゃ……」
またもや、ネリスはぶつぶつと呟く。
なにを言ってるかまではよく聞こえないが、変なヤツだな。
「よし。一番の目的も終わったところで……話したいことがある。この時代だが、魔術文明が衰退している可能性がある」
「なんじゃと?」
ネリスが怪訝そうな表情を作る。
「二千年も経っているのじゃぞ? 魔術が進歩していると考える方が、自然ではないか」
「お前の言う通りだ」
俺は頷き。
「だが、城内にある魔術に関する書物には、どれも初歩的な内容しか書かれていなかった。二千年前だったら、それこそ俺くらいの年齢の子どもが見るような……な」
最初はそんなものかと思っていた。
誰でも閲覧出来る本には、ありきたりのことしか書かれていない。もっと上級の本は、落ちこぼれの王子である俺には閲覧が許されていない……のだと。
しかし、第五王子のディルクとの魔術対決を通して、疑念は深まった。
自らを天才魔術師と名乗ったくせに、非効率な詠唱魔術を使うディルク。
そしてそれを前にしても、彼を褒める周りの騎士たち。
もちろん、相手は王子。たとえ魔術がしょぼくても、騎士たちがそれを非難することは難しいだろう。
だが、あの時の騎士たちは心の底から、ディルクのことを褒め称えているようだった。
「それに反比例して、発達した魔導具。ダメージを肩代わりしたり、魔術の威力を数値化する魔導具など、二千年前にも存在していなかった。なんというか……この世界は歪なんだ」
せっかく、この時代に転生して、未来の魔術はどのようなものか──と心を弾ませていた俺にとっては、悲報である。
これでは魔術の神髄に近付くどころか、遠ざかることになるのだから。
「確かに……不思議じゃな」
「念のために聞くが、お前はなにか心当たりはないか?」
「ない。そもそも二千年間も、あんな狭いところに閉じ込められておったのじゃぞ? お主が儂を封印しなかったら、ちょっとはなにか分かっていたかもしれぬがな」
非難がましく言うネリスであったが、俺はそれに気付かないふりをして、こう続ける。
「そうか……だったら、調査だな。とはいえ、この城内だけでは限界がある。おい、お前も付いてこい」
「別にいいが、どこに行くつもりじゃ?」
外出の準備をしながら、俺はネリスにこう答えた。
「城下町だ」
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