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(あれは…なんだ?)
進都の上空には、巨大な影がゆっくりと動いていた。アルクの目には、それが進都の防壁を乗り越えた瞬間、巨大な船か何かが姿を現したように見えた。
「くそっ!あれは…」
その飛行船はまっすぐこちらへと向かってくる。その規模と威圧感に、アルクは一瞬足がすくんだ。
「早く報告しないと!」
アルクは慌てて再び端末を取り出し、防衛所に連絡を試みた。しかし、その瞬間、目の前を閃光が走り、端末が手から弾き飛ばされた。
「何だ!?」
周囲を見渡すと、進都から放たれた光の矢が彼の周囲に降り注ぎ始めていた。これはヒューマノイドではない、別の攻撃手段だ。アルクは身を屈め、地面に伏せながら、その場からの退却を考えた。
「逃げるしかない…!」
アルクは意を決し、光の矢を避けながら急いで木々の中に身を潜めた。背後からは進都の飛行船が迫ってくる音が聞こえる。彼は必死に走り、次々と木々や岩を乗り越えていった。
(ここで死ぬわけにはいかない…進都の動きを、防衛所に知らせなきゃまずい…!)
しかし、全速力で走り続けるアルクの視界に、新たな脅威が映った。それは、ヒューマノイド達がすでに森林内に展開している光景だった。逃げ場がどんどん狭まっていく。
「これは…やばいぞ…」
彼は咄嗟に脇道に飛び込み、木陰に隠れた。その直後、ヒューマノイドたちが通り過ぎていくのを、息を殺して見守った。
「一体なんなんだ、今までこんな大規模に起きたなんて聞いた事ないぞ」
(ここで捕まるわけにはいかない…防衛所に戻る方法を見つけなければ…)
その時、彼の耳に微かに響いたのは、誰かの声だった。周囲を見回しても、誰もいない。だが、確かに声は聞こえていた。
「…アルク…」
驚愕するアルクの耳に、その声は再び響いた。まるで頭の中に直接語りかけてくるような、不思議な感覚だった。
「誰だ…?どこにいるんだ?」
アルクが声の方向を探ると、木々の間に薄く光る何かが見えた。警戒しつつも、その光に引き寄せられるように近づいていく。木漏れ日の中に浮かび上がったのは、人の形をしたシルエット。ヒューマノイドかとも思ったが、それは普通の人間のようで異なる何かを感じさせた。
「君は…誰だ…?」
アルクが問いかけると、目の前の存在は一歩前に出た。その姿は、滑らかで美しいボディを持つ女性型ヒューマノイドだった。冷たい造形の中に、どこか人間らしい優しさが宿っているように見える。
「私は、ヒューマノイドa+25型。個体名アリエル。あなたを助けるためにここに来ました」
アルクは目を見開いた。これまで進都から現れたヒューマノイドは、すべて無機質な見た目で冷徹な敵として立ちはだかってきた。だが、このアリエルと名乗るヒューマノイドは、そのどれとも異なっていた。
「助ける…だと?君は進都のヒューマノイドじゃないのか?なぜ俺を助ける?」
アルクは警戒しながらアリエルと名乗るヒューマノイドに質問を投げかけた。
アリエルは静かに頷き、説明を始めた。
「私はあなた達の言う進都で作られ生まれましたが、他のヒューマノイドとは異なります。進都の管理AIとは独立したプログラムによって出来ています。私は、あなたたち人類が完全に滅ぼされることを望んでいないのです」
「…どういうことだ?」
アルクは困惑しながらも、アリエルの話に耳を傾けた。
「進都の目的は、外部の脅威の排除。そのために、私たちヒューマノイドは戦闘を続けています。しかし、進都の管理AIはその過程で人類を全滅させることもいとわないと考えている。私は、それを防ぎたい」
アリエルの言葉は、アルクの心に一筋の希望を灯した。これまで敵としか見なかった存在が、今、自分たちの味方になると言っている。だが、そんなうまい話があるとは思えない。
「それで、君はどうやって助けてくれるつもりなんだ?」
「私には進都の兵器や戦略についての知識があります。あなたたちが効率的に防衛するための情報を提供でき、加えて私自身も戦闘能力を持っています。あなたたちと共に戦い、進都の脅威から守ることができると考えます」
アルクはしばらく黙って考えた。彼女の言うことが本当ならば、人類にとって大きな助けになる。しかし、進都のヒューマノイドであることには変わりない。彼女を信用するのは危険だ。
「俺は君が信用できない。はっきり言って裏切ると考えている」
アリエルは少し寂しそうに目を伏せた。
「それは、あなたが決めることです。私はただ、自分ができることを伝え、あなたに選んでもらいたいと思っています。私を信じられないなら、ここで私を破壊することもできる。でも、それがあなたたちを守ることにはならないと、私は考えています」
アルクはその言葉に深く考え込んだ。彼女の言動には、嘘や偽りが感じられなかった。そして、このまま何もせずに進都の兵器が次々と襲ってくる状況に対して、打つ手がない現実も思い知らされていた。
「…分かった。一旦君を信じよう。でも、これから一緒に動いてもらう。君の知識を借りて、防衛所に戻ってみんなに報告する。それでいいか?」
アリエルは微笑み、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。私も全力で協力します。まずは、飛行船がこちらに向かっていることを防衛所に知らせましょう」
アルクは頷き、アリエルと共に再び森の中を駆け抜けた。彼女の存在が、この絶望的な状況に一筋の光をもたらすのか、それともさらなる混乱を招くのか、アルク自身もまだ分からなかった。しかし、彼はアリエルに賭けることにした。