96.異世界初、異世界の食事は意外と普通だった
目の前に置かれた膳を見て戸惑う燐。此方では上等な部類に入る宿の食事。
それが野宿のような場所で、燐から提供された物より劣る事実を目の当たりにした燐の心情を思うと、連れて来た事を喜んでいた自分を恥じた。
初めて興味を持った人物。一緒に来れた時はただ嬉しかった。だが、困惑し続ける姿を見るとあわで埋まっていた筈の胸の内には何も無い。
それどころか燐が此方の世との違いを感じ顔を曇らせる度に胸の内が暗く冷たくなっていくような感覚に襲われる。
今まで感じた事の無い胸の内の変化に対応出来ずにいた佐助は、自分の知る世に来ても変わらずに目まぐるしく変わる胸の内に溜息を洩らした。
「まぁ燐ちゃんの世みたいな食いもんは、滅多にないかな」
気軽に入れる雰囲気だった、しょくどう。あれでさえ俺等にとっちゃ物凄い豪華な飯だったと佐助は眉を下げ燐の言葉に返した。
「あ、そうじゃなくてさ。才蔵さんがお米とかあんまり普通の人は食べないって言ってたから…もしかして、ここ高級旅館な感じ?」
確かそんな事言ってたよねと思い出した燐は、支払い大丈夫かと佐助を見た。
「…さっき話してなかったけど、燐ちゃんが普通だと思ってる寝床とか、湯とか、食い物も此処だと豪勢、高級な方に入んの。ほら、こっちに来たばっかでさ?色々分からないのに普通の暮らしってのは無理だろ?だから」
アンタの言う普通の暮らしはアンタにとっちゃ酷い暮らしって事になると思うんだよね。宿だって町人はアンタが藁のふとんって言うやつの上に雑魚寝で、勿論飯も湯もないしさ
佐助の言葉に眉を下げた燐を見ていた佐助は、思いを呑み込みにっこりと微笑んだ。
「今はどの道、個室の方が都合が良いだろ?此処と、あっちの違いなんて雑魚寝みたいな場所じゃ話せないからさ」
佐助の笑顔に燐は申し訳ないと思うも、自分が気にしていたら色々面倒臭いんだろうと思うと大きく頷いた。
「稼げるようになったら必ず返すから。取り敢えず貸しって事にしといてください」
「そんなら俺等だって随分とアンタに世話になったんだから」
気にするなという様な佐助の様子に、でも私が提供したのってと再び490円と猫まんまを思い出す。
「実はそんな、貸してないよ?着物買って貰ったりここの宿代とかさ。全然佐助の方が負担多いと思う」
「んな事ないよ」
律儀でお人好しな燐ちゃんは何を言っても納得しないんだろうと肩を竦めた佐助は燐を見る。
「俺等はさ、戦の後始末でしくじった。で、聞いた話だと才蔵も俺も止めを刺されて谷底に捨てられたんだって」
アンタがどれだけ俺達に貸しがあるのか。これを言えば優しいアンタはそんな顔をするって分かってけど
淡々と話す佐助。自分が死んだ、しかも殺されたような話を何でもないような口調で話す佐助に燐は何も言えず口を引き結んだ。
「燐ちゃんが見付けてくれた時、俺はもう意識が無くてさ。才蔵も俺もくたばる寸前だったみたい。でもアンタのお陰で、今も生きてる」
だから、そんな顔しないで。貸しがあるなんて言わないで良いから傍で笑ってて。そう言いたいのに言葉が続かない。
「じゃ、命の恩人って事で厚かましくお世話になります。宜しくお願いします」
もう図々しく行こう。こんな重い話聞いた後で何が正解のリアクションか分からない燐は、正座すると畳に両手を付き深々と礼をした。
「こちらこそ。末永く宜しくお願いします」
自然と出た言葉に自分で動揺するって、ほんと如何しちまったんだろう。そう思っていると顔を上げた燐ちゃんは可笑しそうに笑った。
「えー、何それ。そういうのって結婚の挨拶とかに言う奴だよね?末永くって」
流石チャラ男だけあって重い空気が一転したわと燐は佐助を見た。佐助は燐の笑みにつられ微笑む。
「んー、じゃ先ず俺の分んない言葉のけっこんって何?」
折角の個室。アンタの事をもっと知りたいと佐助が問えば、燐も同じく思ったのか再びペンを握った。
「結婚。祝言?で分かる?」
これで分からなかったらどうしようと思うも佐助は思い当たったのか一瞬目を見開きそれから再び微笑む。
「俺と夫婦になってくれるって事?」
もう空気は重くないし妙齢の女に対して軽過ぎるとちょっとイラッとした燐は顔を顰めた。
「チャラ男め。なんないでしょ?私帰れる時に帰るし」
「あっそ、残念」
残念と全く残念そうに見えない、肩を竦める佐助。燐は水戸黄門の助さんポジションだなとチャラ男を再認定した。
「冷めないうちに食っちまおう?」
佐助は自分達の目の前に置かれている膳を見た後で燐を見た。
それもそうかと燐は箸を取りいただきますと異世界初の異世界っぽくない和風な料理を見詰めた。
「あ、あんまり変わらない味だ」
「そ?そりゃ良かった」
里芋の様な物。食べたら里芋だった。燐は感想を述べながら食べ進める。佐助はその度に相槌を打ち食事を共にした。




