92.忍は万能
才蔵とアンタが二人で居た時に感じた息苦しさ。今、目の前に居る燐ちゃんを見ても息苦しい。けど何かが違う
「佐助さーん?」
じっと自分を見る佐助。自分を見てると見せかけて後ろに何か居るのかと素早く振り返った燐は、何も起きない事を確認し佐助の方へ向き直って名を呼んだ。
高い所が苦手なわけでは無いが、不安定な枝に何時までも登っていたくないし、背中に回された手も気になる。てか離して欲しい。
「ごめん、えっと、一先ず町に行くのに着て欲しいんだけど、着れる?」
佐助は主の書状を越後の国主に渡す手続きの間に燐へと購入していた物を見せる。
「…着物だよね?んー、着れるかなぁ」
器用に木の枝に座りながら、片手で背中の風呂敷を外し中身を広げる佐助。形は着物。燐は浴衣なら何とかと思いつつ呟く。
「そんじゃ俺が手伝っても良い?」
「え?佐助着付け出来んの?」
きもの。燐ちゃんはそう呟く。これを知ってんなら話は早いと思ったが、一人で着るのは難しそうな顔。
手伝っても良いかと聞けば、驚いたような声を出す。
「そりゃ、まぁ…忍だからねぇ」
忍び万能かよ。燐は佐助の呟きに心の中で突っ込みを入れた。
「取り敢えずさ、地面に足付けたいんですがおろして貰えませんかね」
自分が座っているのは木の幹側とはいえ不安定には変わりない。そして、距離が近い。
佐助は頷くと着物を素早く畳んで風呂敷に包み背負う様に前で風呂敷の端を結わえた。
手際の良さに、忍になる基準に器用さとかもあるのかなと見ていると、佐助が燐に手を伸ばす。
「ほら、下りたいんだろ?」
再び抱えられるのかと思うと、申し訳ない思いで手が取れない。眉を下げた燐を見た佐助は燐の胸の内に、嫌だと思っているわけでは無いと分かると燐の背を抱き寄せた。
「ちょっ、ヒッ!」
引っ張られた燐は前のめりになり、何とかしようと無駄に動いて体勢を崩す。ズルと尻が枝からずれると、体が傾いた。
抵抗されると思っておらず、胸に抱き留める積りだった佐助は一瞬目を見開くも直ぐ様燐の体の下に滑り込んだ。
「さすっ」
「ちゃんと掴っといてよ?」
地面と自分の間に佐助の顔が割り込んで来た。燐は落ちながらも普段通りの口調の佐助に言われるまましがみ付いた。
「ほい、大丈夫?」
あの高さから落ちたのに。トン、と軽い着地で佐助は地面に下りる。
忍凄いなと思っていた燐は近い佐助の声に顔を上げられず黙って頷き距離を取る。
「あ、りがと…凄いね佐助」
「そ?んじゃ着替えて行こうか」
燐は胸の内同様に凄いと佐助を見上げる。真っ直ぐな思いを映した瞳に佐助は戸惑った様に目を逸らした。
胸の内があわだらけで、息苦しい。こっちに戻って来ても戻らない体調。こんなんで今からやってけんのか物凄く不安
佐助に着付けてもらった燐は履き慣れない草履に苦戦しながら歩いていた。
小さな歩幅で俯き歩く燐。すれ違う男から送られる視線に佐助は顔を顰める。
「あ、のさ。ちょっと」
不安気に見上げる燐を見ていると、攫って閉じ込めたいと思いが浮かぶ。
何故そんな事がしたいのだろうと佐助は燐を見ながら首を傾げた。
首を傾げる佐助。このままでは絶対転ぶと確信した燐は、恥を忍んで佐助を見た。
「えっとね、ほんと申し訳ないんだけど。ちょっとだけ掴ませてもらえませんかね?」
仄かに染まった頬。下がり眉に、上目遣い。んな顔したら駄目だってば!
キョドる佐助に、ちょっと着物掴ませてくれても良くない?と燐は顔を顰めた。
「えっと、じゃ…手、繋ぐ?」
「え?いやいや、そんな図々しいお願いはしてない。草編んだやつじゃ私真っ直ぐ歩けないからさ?ちょっと掴ませて貰いたいだけ」
変な噂が立ったりしたら嫌なんだろうと燐は佐助の様子に、首を振りながら答えた。
「その、俺と手…繋ぐの、嫌?」
嫌かと聞けば燐ちゃんの胸の内にはそんな感情は一切なくて。俺に迷惑にならない様にって読み取れる。
忍がいない世から来た燐ちゃんが、忍の事を知れば二度と繋げないだろう、手。そう思うとあわは小さく萎む。
才蔵だったら繋いだだろうか。佐助は次々と浮かぶ不安に伸ばした掌を戻すと、緩く拳を握りへラリと笑った。
「手が嫌なら、抱えてもいーんだけど」
「え。それは絶対嫌」
嫌。はっきりそう言った燐ちゃんは思い切り顔を顰めた。
「そりゃ残念」
さして残念でもなさそうにヘラヘラしながら佐助は燐を見る。自力で歩くしかないと燐は溜息を吐くと、ゆっくり歩き出した。
「何処行くか分かんの?」
よろよろと、それでも先を歩く姿に声を掛け隣に追い付く。
「分かんないけど、道まっすぐしかないしさ。遅いからちょっとでも歩かないと」
歩幅を合わせ暫くすると、よろけた燐ちゃんは咄嗟にか、袖を掴んだ。
「っ、ごめん。ごめんついでに、ちょっとこのまま掴んでて良い?」
申し訳ないと思ったが、少し歩いて無理なものは無理だと悟った燐は、佐助の返事がないのを良い事に図々しく掴み続けた。




