9.そんな体張らなくて良いから
さっきより格段にしっかりと立っている黒を見て疑問が浮かんだ。
まさか本当にお腹減って動けなかったの?
自分に一礼し、暗がりを見回している黒。まさかね?と若干顔色の良くなった黒を見上げた。
「数分だし、一緒に行きますから。はいこれライト使って下さい」
もう既に寒い。途中でまた蹲られて翌日死体発見とか無理!
困惑顔でこちらを見る黒に強引にライトを持たせた。するとライトを何故か自分の方に向けてスイッチを入れようとする。
うん。こんな時にも全力なんだね。けどそれは体張り過ぎだと思う。目、やられちゃうよ?
黒の手からライトを取り、眩しいからと注意し足元を照らして見せてから再び黒に握らせる。
「これ結構眩しい奴なんでふざけないで持ってください。はい」
暫く自分の掌を確認する様に照らしていた黒は静かに歩き出した。そして何故か木の上の方を照らす黒。
まさか下に居ないって言ったから上見てんの?
「いやいや、流石に木の上とか無理でっ?!」
苦笑しつつ追い付いた刹那、耳元を風の音と何かが掠めた感覚に言葉を切った。
「ヒッ何!?虫?!」
出てしまった悲鳴。ほんと、他にキャンパーさん居なくて良かった!
黒が目の前の木を見上げる様に顔を上げている。何?と前に出ようとすると黒の腕がそれを遮った。
何かいたのかな?
そういえば昔祖父さんとカブトムシ探しに暗い山に来た事あったなと思い出す。
「何かいました?」
幹に珍しい虫でもいたのかとその場で声を掛け、黒が見上げている幹を一緒に見た。と、その瞬間目の前で鈍い音がした。
「ヒッ!!」
居た。居ないと思っていた赤が何故か今目の前の地面に倒れていた。落ちて来たの?
「え...嘘でしょ?」
信じられずに木を見上げていると、屈んで赤を担ぎ上げようとしてよろけている黒が目の端に入る。
「ちょっ、頭打って無いかとか確認してから動かした方が良くないですか?」
無遠慮に落ちて来た赤を動かす黒。不安になり問い掛けると黒に抱えられた赤がゆっくりと顔を擡げた。
「頭打つようなヘマな、んて…し、ない、っての」
苦々し気に掠れた声を出した赤はそれだけ言うと少し寝るわと呟きぐったりと黒の腕に抱えられる。
は?ヘマとかそういう事じゃないよね?
本当に寝たのか、あの高さから落ちて気を失ったのか、微動だにしない赤の腹の音に顔を顰めた。
え。嘘でしょ?腹鳴ってるけど。まさかこっちも空腹で目回したとかじゃないよね?
「ねぇあのさ。他人の趣味にとやかく言うつもりはなかったんだけど、やり過ぎじゃない?先ず怪我してて木に登るとかって馬鹿なの?!」
結局、よろける黒を押しのけて赤を背に乗せ、黒のサポートの元、赤を引き摺り気味にテントまで戻った。
この状況、聞いているか聞いていないか分からないけど文句の一つ位言っても良いよね?
テントに引き入れた赤の身体検査兼、傷の手当をした黒から鍵は無いと言われ、白む空に溜息を吐いた。
「取り敢えず、ここ使って良いですから。もうすぐ朝だし一旦寝て起きたら管理棟行ったり荷物探したり色々するってどうですか」
苛立ちと混乱で頭痛がする。寝不足だから考えも纏まらないと、自分が寝たい一心で黒にそう告げた。
木から人落ちるとか怖いんだけど!何かもう、一旦寝よう
テントを明け渡すべく荷物を車に詰め込み、前室に敷いていたボアマットを寝室の方へ敷き直すと、寒さに震えて寝ているっぽい赤を毛布で包み転がし入れた。
「此の様な物まで拝借するわけに」
「いやもう、なんか色々良いから寝てください。私そこの車で寝ますんで。あ、寒いと思うんですが掛けるのそれしかなくて」
戸惑い気味の黒の言葉を遮り2人で寝てくれと予備の毛布を押し付けた。
テント3人用だけど一緒に寝るのは流石に無理、てか嫌。自分のテントで具合悪くなられて救急車とかもっと嫌だし!
暫く無言で困っていた黒は諦めた様に「拝借申す」と受け取ってくれた。
「私車で寝てますから、毛布とかはそのまま置いてってくれれば良いんで」
「忝い」
頭を下げる黒に後は2人で何とかしてくれと思いつつ、コップも何も無いんだろうとペットボトルを差し出した。
「後これ。1人1本ずつ返さなくて良いですから」
水分補給にと差し出すと、訝し気にペットボトルを見る黒。
「いえこれ以上の御配慮は無用に」
え?緑茶飲めないとか?メーカーに拘りとかあった?てか財布も無いしコップ無いなら水汲めないじゃんね。
「これ6本買うと景品貰えるって衝動買いしちゃったお茶なんで遠慮しないで貰って下さい」
「重ね重ね有り難く」
ただ遠慮していた様で、黒はおずおず手を伸ばして緑茶を受け取ると深々と頭を下げた。
「あ、うん。いえいえ。えーっと、じゃおやすみなさい」
これも後で笑い話になるのか。まさかテント持って来てるのに車中泊になるとはと寒さに小さく身震いした。
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