89.持久力
暗闇を駆ける予定だったが予想外の事が起き、少し進んだ場所で才蔵はこのまま進むと目立つと走る速度を落とした。
止まった才蔵に合わせ車を停めた燐は、運転席の横に立つ才蔵を見ると窓を開けた。
「暗くなってから動くと、必ず点いちゃうんです。明るいと駄目ですか?」
一定の暗さになると走行中は必ずライトが点灯する。自分にとっては当たり前の事だが、暗い森を照らすと拙い事があるのだろう。燐は取り敢えず手動でライトを消した。
「動くと消す事が出来ぬと」
今は消えている車の前の光。これでは闇に紛れる事は不可能かと才蔵は先程から感じる奥の気配を見据えた。
「動くとっていうか、えーっと。なんて説明したら良いんだろエンジン、あ!」
エンジンを切って、完全手動に切り替え更にニュートラルにギアを入れれば?と思い付き、才蔵が見守る中、一通りやってみせた。
「多分これなら、…って下り坂でもないし駄目か」
残念な事に平坦な道。流石に重いし押したり引っ張ったりは無理だろう。燐は違法手段でも消し方を学んどけばと後悔しパーキングにギアを戻す。
「足手纏いですみません」
燐の言葉に才蔵は首を振る。何が駄目なのかと胸の内を読んだ才蔵はそれを踏まえ考えを纏める。
「なれば押して移動する事は可能でしょうか?」
「まあ、けど重いし無理ですよ」
マッチョのチャレンジ企画じゃあるまいしと思案気な才蔵を見上げる。才蔵は何があっても車から出ない様にと告げ窓を閉めた燐を確認し、距離を取った。
「…何するんだろ。何でも良いけど触らせて貰えないかな?」
まさか、置き去り?と車内で不安になっていると才蔵は大きな犬の姿になり、遠吠えするように一声鳴いた。燐は窓に張り付き才蔵をガン見し呟く。
「あ!ケモミミ族の人!いっぱい居る!」
ケモミミ族ではない。勝手に新たな種族名を付けた燐は、巨大な犬型の才蔵の周りに集まって来た獣族に瞳を輝かせる。
≪爪を立てず押すよう≫
才蔵は車の前に移動する。ふわふわした尻尾が揺れる姿に燐は頬を染め見詰めていた。
「え?あ、押すって事、本気だったんだ…どの位重いって言って無かったもんな」
訝し気に燐の車を囲んでいた3人?3匹?は才蔵が移動すると車の後ろに移動する。
獣族達の押す体勢に、燐は一応ギアをニュートラルにいれ様子を伺った。
「動いたのは良いけど、これ物凄く居た堪れない」
ゆっくりと車が動き出した。少しすると前を歩く才蔵の速度に合わせ車も速くなる。
ハンドルを握る燐は、1人だけ楽してて申し訳ないと思わずに居られなかった。
「…車ってこんな早く押せるもんなの?」
結構な速度で流れる車窓から見える景色。昨日のスピードと変わらない。
バックミラーを見て確認したが、押している犬顔の3人は疲れた様子も息を切らす様子もない。
「何話してんだろ?物凄く余裕を感じる…ケモミミ族、凄いな」
道は真っ直ぐ。絶対森の中で木々が密集している筈なのに、真っ直ぐ。
ファンタジーだから考えちゃ駄目だと燐は一応ハンドルを握りつつミラー越しに獣族達の様子を見ていた。
そのままどの位走っただろうか。獣族達と目の前のモフモフのお陰で眠気は無かったが、座り続けていて尻が痛い。
燐は今何時だろうと片手を放し、荷物整理の時に見付けて置いていた卓上デジタル時計に手を伸ばす。
「3時間走ってんのか。…え」
休憩も取らずに3時間も走り続けて大丈夫なのか?燐はペースの落ちない前の揺れる尻尾と、後のケモミミ族を交互に見た。
「あれ?犬の散歩ってそんなする?大きいから疲れないの?え??」
取り敢えず座ったままで一番楽なのに文句言っててごめんなさい。燐は心の中で皆に詫びた。
その後も燐の心配をよそに、車も才蔵も止まることなく午前1時を過ぎた頃まで走り続けた。
車が止まると燐はフットブレーキをかけ通じるか分からなかったが、後ろを振り向いて何度も頭を下げる。
突然の燐の行動に警戒するよう距離を取りながらも車内を見ていた獣族達は、意図が分かったのか戸惑うように顔を見合わせた後で片手を上げ森の中へと消えた。
「あ、行っちゃった…。本当にありがとうございました」
車内で森に消えた後姿にもう一度礼を述べ顔を上げると、運転席の窓の横に困惑気味の人の姿の才蔵が立っていた。
「あ、才蔵さんもお疲れ様でした。もう外、出ても良いですか?」
燐は窓の方へ向かって問い掛けると才蔵は頷く。
「何か飲みましょう。そして休憩…あ、椅子出します」
外へ出た燐は、汗もかいていなければ疲れも見えない才蔵に驚きつつも休憩を促す。才蔵は不要と首を振ると今日はここまでと燐に告げた。
「昼間に移動しますか?今日と同じで夜移動します?」
移動して来た筈なのに相変わらずのジャングル感。全く違いが分からないと思いながら今後の予定を聞く。
才蔵はここで佐助と合流すると告げると、佐助がどの位で戻るかは分からないため移動時間は不明と申し訳なさそうに続けた。




