86.ジャングル感
朝。目覚めた燐は真っ先に枕元を確かめた。そして落胆した。
「…夢?」
自分が異世界に求めていた物が、実際異世界に無かったっていう行き所の無い願望が見せた幻か。
燐は溜息交じりに起き上がると、寝袋から出て顔を洗おうとダウンジャケットを着て靴を履き外へ出た。
「おはようございます」
「おはようございます」
やっぱり夢か。人の姿の才蔵の姿を確認した燐は、朝の挨拶をするとテントの前に出していた水タンクで顔を洗い歯を磨く。
上下黒スウェットの頭だけ忍感満載な才蔵。こうしてると若干変な忍ごっこの若者に見える。嗽をし終え、異世界感無いなと思いながら周りを見た。
「あったわ異世界感、っていうかジャングル感?」
ここが日本だったとしても異世界だと思うかもしれない。亜熱帯地方で見るような密林っぽい感じに燐は眉を下げた。
「何か?」
「あ、寒いけどここの植物って皆緑で枯れてないなって思って」
「此処の植物は死なば枯れ茶色になりますが、気温で変化はしませぬ故」
「…へぇそうなんだ」
植物って光合成と気温じゃないのかと燐は新しい異世界知識に困惑しつつ、何で栄養取ってるんだろうと再び周りを見回した。
「えいよう…」
「あ、栄養って言葉、無いのか。えっと何かを食べて生きていくのに必要な、人だとご飯みたいな」
知ってる言葉も説明すると難しいもんだと思いながら、燐は才蔵に答え朝ご飯何にしようかなとテントに戻った。
「ん?」
テントに戻り、サンドウィッチを手に取りながら燐は違和感に短く声を上げた。
「あれ?」
栄養なんて話したっけ?燐はまた独り言を呟いていたのかと顔を顰めつつ才蔵の分も手に取るとテントを出た。
ローテーブルにカセットコンロを置き、少し考えた燐はケリーケトルを車から取って来た。
「才蔵さん、えっと燃えやすい木?とか実?を探したいんですけど」
折角だから散策しよう。燐は車に掛けたシートを珍しそうに触っていた才蔵に声を掛けた。
「燃やす物を探しておられるのですか?」
「あ、はい。けどこれに入る位の小さめの枝とか」
布から取り出したケリーケトルを見せ、松ぼっくりや小枝でお湯を沸かす物だと使い方を説明すると才蔵は興味深そうに見詰める。
どうぞと差し出すと100均で見せた観察ぶりを発揮し出した。
そうだよねぇ。なんか、変な人だと思ってたけど異世界出身って考えたら当然の動作なのかも
ここには無い物が沢山溢れていたら自分も興味津々になるだろうと燐は才蔵の行動を思い出していた。
「この中に入る様な、燃えやすい物」
才蔵はそう呟くとチラと上を見て燐にケトルを渡す。
「あ…自分で行きたかったんだけどな」
自分でという前に消えた才蔵。燐は仕方なく車と隣接したテントの周りなら良いかなと散策する事にした。
「動物の鳴き声はするけど。あ、きのこ発見」
見た事ある形に嬉しくなった燐は、警戒する事無く茸に手を伸ばした。
「な?!」
茸を取ろうとした燐は、茸があった場所に黒い棒が瞬時に刺さった事に驚き声を上げた。そしてよく見れば、茸と思っていた物からは緑色の液体が出ている。
「此れは生き物を襲う魔物、不用意に手を伸ばしては危険に」
「え…きのこ、魔物なんですか?」
声に振り向くと枝を抱えた才蔵が居た。才蔵は枝を地面に置くと燐の前に屈んで茸の根元をグッと掴み引き抜く。
「う、わぁ…」
茸と思っていた物。それは大きいナメクジの様な物の頭の先の部分だった。自分の腕の長さ程ある様な目の前のナメクジ。燐は気持ち悪さに蒼褪めながら身震いした。
「もう絶対、手を出しません」
燐の呟きに才蔵は頷くと、ぽいっと遠くに投げた。燐は急いでウエットティッシュを車から取って来ると才蔵に何枚か差し出した。
「なんか、緑だし…先に洗った方が良いかな?」
自分が離れたわずかな間に寄って来た魔物が他に居ないかと気配を探っていたると、何故か自分の手を見て困惑気に視線を彷徨わせる燐の姿に、才蔵も困惑する。
「魔物の血はこの様な色ならば毒はありませぬ故」
「え?!血なの?ってか血に毒とかあるんですか?怖っ」
とにかく一旦洗って欲しいと燐は屈んだままの才蔵の手にケリーケトルに汲んだ水をかけた。
「はい、一応消毒要素も含まれてるので拭いてください」
血。そう言いながら平然としていた才蔵の手を確認した燐は、ちゃんと拭いてねと抗菌と書かれた文字が頼もしく見えるパッケージからウエットティッシュを引き抜き渡した。
「で、この枝とか使って良いやつですか?」
しっかりと手を拭いた事を確認した燐は枝を指す。
「なるべく乾いている物を持って来ました」
「ありがとうございます」
頷く才蔵の言葉に礼を述べた燐は、再びケリーケトルに水を注ぐと枝を折りながら調整し一緒に置かれた実も入れ火を点けた。
「おおぅ…びっくりした」
ゴウと音がすると、勢いよく火が燃える。燐は今度から異世界の物は触ったり使ったりする前に必ず確認しようと肝に銘じ才蔵を振り返った。




