73.酔い止め
カーナビ設定も無事終わると顔を上げた燐は、才蔵を見付けると車を降り手を振る。気付いた才蔵は車の側まで来ると不安気に眉を下げた。
「その、俺は後から参ります故」
「え、駄目ですよ。熊マップ貰ったんですけど結構近くに出没してるし」
燐は才蔵の言葉に先程管理人から貰った地図を才蔵に見せた。それから後部座席のスライドドアを開ける。
「遠慮しないで乗ってください。佐助も乗ってるし」
才蔵は仕方無しと思いながら車に乗り込む。ついでと燐は助手席のドアを開けると、佐助を降ろして才蔵の隣に乗せた。
「そっちの席でも良かったんだけど」
「後の方が安全なの」
もし何かあったら、絶対助手席の佐助を犠牲にハンドルをきる自信があった燐はブツブツ言う佐助を振り向き、安全を強調した。
≪長、今より紐で拘束される。心せよ≫
≪はぁ?≫
出発しようと燐は安全チェックボタンを押し、フットブレーキを外した。その小さな音と振動に才蔵は身構える。
「じゃ、出発するよ」
燐は後部座席に声を掛けた後で、発信準備ボタンを押すとドライブにギアを入れた。
≪絶対に動くな。動かば更にきつく拘束される≫
才蔵は燐の言葉に身を固くするとぎゅっと前で両手を握る。自動シートベルトの作動を確認すると燐はアクセルを踏んだ。
≪だから、さっきから何言って≫「ぅわっ?!」
「あ、ごめん。ここら辺でこぼこしてて」
佐助の短い叫び声に、燐は「ごめん」と謝った。駐車している場所からは、でこぼこ道を通らないと道路に合流出来ない。
以前才蔵を乗せた時と同じ様な反応に、私実は運転荒いのかなと燐は眉を下げた。
「えっと、大丈夫?」
短い悲鳴の後、佐助も才蔵も一言も話さなかった。コンビニに停車した燐は、バックミラー越しに無言の2人を見ると、不安になり問い掛けた。
「あ、うん。ごめん、大丈夫」
エンジンを止めるとシートベルトが解除される。燐は後で誰かに自分の運転技術を確かめた方が良いなと思いつつ、後部席のスライドドアを開けた。
「あ、降りないなら乗ってても良いよ。私地図プリントアウトして来るから」
何故か降りない2人に燐は眉を下げつつコンビニを振り返る。今なら誰もプリンターを使っていないしと燐は提案してみた。
「…乗っていても宜しいでしょうか?」
才蔵が声を絞り出し答えると、燐はじゃあ行ってこようと頷いた。すると佐助が慌てて腰を浮かす。
「俺降りる、良い?こんびに行きたいし」
鎌之助が見た俺と才蔵二人が箱に居たって水鏡。今何かが起きて巻き込まれたら燐ちゃんが大変だと佐助は眩暈に似た感覚を必死に抑え車から降りた。
≪すまぬ≫
佐助の意図が分かったのか、青白い顔の才蔵はじっと両手を前で組んだまま佐助に詫びた。
「あ、うん良いよ、じゃ才蔵さん、待っててくださいね」
燐ちゃんと並んで歩くと少し気分が良くなる。そう思っていると、燐ちゃんは俺を見上げた。
「才蔵さんってさ、車酔いするの?」
くるまよい。酔う。確かに右に左に揺らされて、座ってんのに景色が動く事が酒に酔ってんのと似た感覚なのかもと佐助は思い出した。
「酔う…かも」
「そっか。だから車で来なかったんだ。何か乗せて来ちゃってごめん」
ぽそりと呟く佐助の声に燐はだから2人とも車じゃなかったんだと思うと一度目も具合悪かったのかなと眉を下げた。
「俺が頼んだんだし、謝る事無いだろ?」
「酔い止め…あ、佐助も飲む?」
コンビニに入った燐は棚にある酔い止めドリンクを手に取ると佐助に見せた。飲んだ事が無いのか佐助は怪訝な顔で手元を見て来る。
「飲むとどうなんの?」
「え。どうなるんだろう?酔わないし、飲んだ事無いから分かんないな」
燐ちゃんの世は調合しなくとも色んなものが手に入る。これ見りゃ才蔵の具合の悪さも吹っ飛ぶんじゃないかと佐助は車を振り返った。
「車の揺れで酔わなくなるみたいだよ?」
佐助の問い掛けに裏の説明を読み終えた燐は、才蔵に買って行こうと一つを籠に入れた。
「んー、何かあの拘束感が慣れないんだよね。腹にぐってなるだろ?」
あんな風に身動きを制限され揺さぶられるのなんて拷問以外にあり得ないと思いながらも燐の胸の内を見てしまうと別の理由を話した。
「あー。シートベルトか…けどあれしないと動かないんだよね車」
自分の運転のせいじゃないのかと思うも、シートベルト食い込む程カーブ減速しないで走ってた?と不安になり友達と呼べそうな心当たりを思い出しつつ答えた。
「だよねぇ…」
勝手に動くのが居心地悪いだけ。そう自分に言い聞かせた佐助は籠の中身を見ると才蔵にだろうと優しい人の顔を見た。
≪才蔵、眩暈みてぁなのは、くるま酔いだってさ。薬、飲む?≫
≪薬師が居るのか?≫
≪居ないけど、普通に売ってんの。買ってくから飲めよ≫
佐助の予想通り才蔵は興味があるのかすぐ反応を見せた。佐助は苦笑しつつ燐の籠からさり気なく商品を取ると自分の分もと手に取った。




