7.黒の言葉は聞きなれなくて難しい
うっかり置き去りにしちゃってたけど大丈夫だろうか?
不安になりつつヘッドライトを装着し、ここからそんなに遠くない温泉までの道だしと思うも手早く貴重品を纏めてバッグに入れる。
「鍵なくした時点で管理棟にすぐ行けば良かったんですよ。あ、けど21時以降は無人か」
バッグを肩にかけ念の為もう1つライトを持ち、チラリと黒を見た。
箸だと食べ辛かったかな?
正座のまま肩の痛みでか震える手で少しずつ食べていた様子の黒は器を横に置くと腰を浮かす。
「あのさ、スプーン使って食べた方が良いよね気付かなくてごめん。で、おかわりあるからどうぞ」
食べ辛いのかとスプーンを差し出し、ついでに少なくなったお椀に勝手に追加を入れた。
「いえ、そうではなく」
多分一緒に行こうとしてるんだろうけど、2人も面倒見れない。
「あ、うん。友達が心配だろうけど、足取り覚束ないから転んだらめ、大変だし。食べてて」
面倒臭いから取り敢えず食べててくれと出掛かった言葉を濁しつつ促し、念のため色々触るなと告げ赤の回収に向かった。
「赤い忍のひとー」
声掛けしながらヘッドライトで周りを照らし暗い道を進む。
他のキャンパーさんが居なくて良かった!
だが他にも居たら今の様な面倒臭い状況にならずに済んだのではないかと思いつつ、温泉までの遊歩道を歩いた。
「やだなぁ暗いの。お化けとか出ないよね…」
さっきまでの明るい月は雲に隠れて暗い真夜中の道。人なら何とか対処出来ると車から持って来たジャッキの棒を握り締め呟いた言葉は白い息と共に暗闇に溶ける。
「忍者さーん。さっさと見つかってよ。すっぱー、らっぱー、くさの人ー。どこですかー?」
暗闇の恐怖を紛らわす様に知っている限りの忍の別名を呼びながら木の根元を照らして歩いた。
後なんか別名あったっけ?
考えながら歩いていると草の道がひらける。顔を上げ、温泉の建物に着いた事に眉を下げた。
「流石に寒くて…気が付いて帰ったのかな?」
男湯の方を見ると、室内は真っ暗。因みに女湯も暗い。
電気が点いていないって事は中に居ないよね?
地面に転がっていた赤を思い出すと、見落とす筈ないんだけどなと振り返り自分のテントを照らした。
「うん。帰ったんだな。そうしよう」
人影は無いと再確認し、足早にテントに戻った。もしかして何かの罠だったのかと不安いっぱいにテントに着くと外から声を掛け中に入った。
「あ、居た。良かった」
ぽそりと呟いた声に首を傾げる黒。窃盗グループとかじゃなくて良かったと黒を見れば、やつれて疲れて見えるが中々のイケメン。
「その、何ぞ」
この顔面があるなら強盗なんてリスクを冒さなくてもやってけそう。
「あ、あなたの友達居なかったんだよね。声掛けながら温泉の建物まで行ったんですけど」
まだ食べていたのかスプーンとお椀を持ったままの黒が問い掛けてきた。
ガン見しちゃってごめん
心の中で謝りつつ居なかったと告げると黒は一瞬眉を顰め、手元に視線を落とした。
「その、馳走になり申した」
「や、ちょっとやめてください、頭上げて」
正座のままの黒は空のお椀を横に置き直して両手をつくと、土下座の姿勢で礼を述べて来た。
え?あんなご飯で土下座レベルの感謝とか、こっちが居た堪れないんですけど!
困惑しつつ、やめて欲しいと告げると黒はゆっくりと頭を上げた。
「霧隠才蔵と。この恩義必ずお返し申す所存に」
顔を上げた黒の突然の自己紹介に困惑した。
え、これってこっちも名乗った方が良いの?てか才蔵。本名だったらほんと失礼だと思うけど、けど。
本名じゃないっぽい名前に困惑する。こちらも何か考えるか?けどあだ名なんて特に無いし、気の利いた名前も直ぐに思い浮かばない。
「え、あのご丁寧にどうも。ええっと、燐です。ここには昨日から滞在して、ます」
結局本名を晒した。ぺこりと軽く頭を下げると再び深々と土下座姿勢をとる黒。
「連れが居らぬとあらば己も是にて」
長時間の正座で痺れたのか、よろよろと膝を立てる姿にこの人大丈夫かと心配になった。
「え?あ、うん。帰るって事?えっと、送りますよ?」
入り口を見る黒の様子に帰ろうとしてるんだろうけど、そんな足であの斜面登ってまた転げ落ちたら大変じゃない?
「いえ、その、連れも不慣れな地なれば」
屈んだままの姿勢で移動が大変なのか、再び膝立ちになった黒はそれでも急ぐように入り口の方へ移動しようとしている。
「ゆっくりで良いですよ?あ、入り口開けますから」
何となく友達を心配しているのかと思った燐は、手を貸し黒をテントの外へ出した。
次は忍視点。重複する内容なので不要な方は9.へ