63.自然薯
戻って来た燐は、綺麗な賽の目切りに感心した。佐助は燐から容器を受け取ると、器用にまな板から零さず移す。
「凄いな。なんかベテラン主婦みたい」
「何それ」
顔が良くて料理が出来て人当たりも良い。燐は人生は何気に不公平だよねと思った。
「えー、料理が手慣れてるなって」
「惚れ直したー?」
ヘラリと笑う佐助の様子に燐は顔を顰めた。
「先ず惚れてない」
きっぱり言い放った燐は、そしてチャラいとか将来は有望なヒモだなと若干失礼な事を考えていた。
「で、如何すりゃいーんだっけ?紐、引くんだっけ?」
残念。惚れてくれてたら一緒に連れて行けたのに。問い掛けた燐ちゃんは楽し気に笑う。
「そう!何か楽しそうだよねっ」
本当に楽しそうに笑ってる。もうこの笑みを見れないと思うと心の臓がしくりと痛んだ。
「ここを持ち、引けば宜しいのでしょうか?」
自分の胸元をぎゅっと握る佐助。それを不思議そうに見る燐。才蔵は佐助の手から器を取ると、蓋をぎゅっと閉め紐を燐に見せた。
「そうですね。じゃ思いっきり引っ張って下さい。…おー、続けましょう」
ギューンと音がすると、引っ張っていた才蔵も驚き手を止める。透明な容器の中身が刻まれている事を確認した燐は、才蔵を促した。
「こりゃ凄いね」
便利なもんが沢山ある。こいつも持って行けないもんかねぇ
「そうだね、買った私もびっくりだよ」
思わず漏れた言葉に、同意するように頷く燐ちゃん。才蔵はもう良いと思ったのか手を止め、中身を確認するように蓋を外した。
「凄い!とろろが短時間でとろとろになった!才蔵さんありがとうございます」
礼を述べた燐は、この容器に大きめのスプーンを差し入れテーブルの真ん中に置いた。
「知らないで買ったの?」
「うん、なんか便利そうだなって。じゃ、ご飯好きな位よそってください」
佐助の呆れたような声に、無駄遣いじゃなかったから良いんだと心の中で言い訳し、へらを持ち先に自分の分をよそった。
「んふふ~ とろろごはん、久し振り」
回転寿司にちょっと乗ってる位の山芋。燐は頬を染めながら米の中央にくぼみを作る。
「はい醤油。あ、鰹節と青のりもありますよ?使います?」
それぞれとろろを掛けた器を持って居るのを確認した燐は、調味料を見せながら自分の分をかけた。
「んじゃ、折角だから俺のも掛けて」
かつぶしにあおのり。良く分かんないけど、多分旨いんだろうと器を差し出すと上機嫌な燐ちゃんは頷く。
「この位で良い?才蔵さんは?」
「では、御頼みいたします」
「はいどーぞ。じゃみんなでいただきます」
才蔵の分も振りかけ終えた燐は、いただきますと張り切って声を出して、お椀をしっかりと持ち上げた。
「…美味しい。これ、物凄く美味しい奴だ」
もしかして、自然薯?燐はおかわりする分は醤油控えめにしようと思いながら食べ進めた。
「そんな喜んでもらえて良かったよ」
「暫し」
燐の心の底からの絶賛に佐助は楽し気に笑った。燐の喜びように才蔵は残りも渡そうと席を立つ。
「やっぱ才蔵さん、ちょいちょい難しい言葉使うよね」
何となく慣れて来てくれて、言葉も戻ってるのかと思えば難しい言葉が出て来ると燐は佐助を見た。
「そう?」
「うん。佐助は分かりやすいのに」
頷く燐に、佐助は少し考えるような仕草をした後でチラと自分達のテントの方を見た。
「んー、俺の所は馴染むに重きを置いてるけど、アイツの所は無口だからじゃない?」
もうこれっきり。記憶を消すのか、それとも朝に人の振りを続けたまま別れるか。何方にしても短い間なら、少しでも知って欲しかった。ってのも変だけど
「それ何の説明?」
きょとりと首を傾げる燐ちゃんは気になった様で箸を止めてこっちを見てる。
「ん-、俺は戸隠流。アイツは伊賀?霧隠?なんか無口なとこの出なの」
忍ごっこの話かと燐は佐助の顔を見た。視線を伏せていた佐助は、とろろを啜る。
「ね。忍の里、さっき見せてくれただろ?あれってさ、此処から遠い?」
ここは私も乗って忍ごっこした方が良いのか?と思っていた燐は、次の佐助の言葉に確か山梨だったっけと思い出す。
「遠いかな。高速使って…どの位だろ?後で地図見てみる?」
燐の言葉に佐助は頷く。行く積りなの?大人2人で遊ぶと結構浮くよ?と燐は密かに思った。
「気に入った様でしたので、此方も」
戻って来た才蔵が手にしていた山芋に燐は驚いた。さっきのよりは短いが、流石に貰えないと首を振る。
「そんなに貰えないです。私の食材は家から持って来たのが殆どだし、それ多分、自然薯ですよね?」
さっき食べたのと同じなら、形もごつごつしてるし天然物なのだろう。絶対高いよねと眉を下げる。
「なれば焼いて、一緒に食べるのでしたら良いでしょう」
燐の様子に佐助の言う様に、山芋は価値がある物なのだと確信した才蔵は、一緒に食べるならばと提案した。




